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その他の裁判例

秘密録音の証拠能力が肯定された事例(東京地裁令和5年3月15日判決)

本件は、主に就労中のマタハラ・パワハラが争点になった事案ですが、ここでは、録音の証拠能力に係る判示を取り上げます。

被告は、録音の不当性を理由に当該録音の証拠を排除すべきである旨主張しましたが、裁判所は以下のとおり述べ、証拠能力を肯定しました。

ウ 民事訴訟法が証拠能力(ある文書や人物等が判決のための証拠となり得るか否か)に関して何ら規定していない以上、原則として証拠能力に制限はなく、当該証拠が著しく反社会的な手段を用いて採集されたものである場合に限り、その証拠能力を否定すべきである。
 これを本件についてみると、①証拠(甲11、19の6、19の7、23の1、25の1、34の2、35の1~7、48、49、55、57~71、76~82、98、110~117)は、許可なく診療録を写真撮影したもの、②証拠(甲2の1及び2、4の1~5、13の2、16の1~3、21の1~4、23の2、24、25の2、26の1及び2、27の1及び2、28の1及び2、29、30の2及び3、31の1及び2、32、33の1~3、36~39、42、44、46、52、54、83の1~3、84の1及び2、85)は、許可なく予約画面等を写真撮影したものであるが、これらを前提としても、著しく反社会的な手段を用いて採集されたとはいえないから、証拠能力を肯定すべきである。③証拠(甲97、99~106、108、109)は、控室の会話に関する秘密録音の反訳書面で、控室における原告と被告Y1との会話、原告が不在時の控室内における本件歯科医院のスタッフの会話を、原告以外の発言者の知らないところでその発言を録音されたというものであって、これを前提としても、当該録音が著しく反社会的な手段を用いて採集されたとはいえないから、証拠能力を肯定すべきである。
 また、甲第107号証は、診察ブースにおける原告と患者との会話の秘密録音の反訳書面である。当該患者は、守秘義務を負っている歯科医師の原告が許可なく、会話を録音し、それを外部に提出することは全く想定していないのが通常であり、当該患者の人格権に関する侵害の度合いは高いことは否定できないが、これを前提としても、録音された当該患者が証拠の排除を求める場合はさておき、少なくとも被告らとの関係においては、著しく反社会的な手段を用いて採集されたものとまではいえないので、証拠能力を肯定すべきである。

※本件では、結論として証拠能力は肯定されていますが、証拠能力が認められることと、録音行為が適法であることとは同義ではありませんので、この点には留意が必要だと思います。

顧客の引き抜き等が不法行為にあたるとして、損害賠償請求が認容された事例(東京地裁令和4年4月19日判決)

本件は、学習塾を経営する原告が、元従業員であった被告に対し、生徒の引き抜き、教材の持ち出し、データの削除等を理由に、不法行為に基づく損害賠償請求等を求めた事案です。

裁判所は、以下のとおり述べ、原告の請求の一部につき、不法行為該当性を認めました。

[生徒の引き抜きについて]

ア 内部生の引抜行為
(ア)被告Y1が原告所属の講師をCに勧誘した行為自体は、これらの講師の原告における授業時間を減らす、あるいは原告特有の講師育成等、原告の営業に対する侵害行為と認められる事情はうかがえない。
 他方、被告Y1が、平成30年10月中旬頃、原告市ヶ谷本部校に在籍していた内部生をCに勧誘したこと、これにより、原告の内部生がCで、原告における講師と同じ講師から授業を受けていることは認められる(認定事実(8))。
 被告Y1は、原告の市ヶ谷本部校の校長で、教務企画局の副部長職という立場におり、医学部受験において知名度を有していたこと、また原告の生徒の維持もその職務であったことは、当事者間に実質的に争いがない。被告Y1は、原告における上記立場から、Cに入塾した上記内部生に対し、自らの地位や影響力を利用し、勧誘を行ったものと評価せざるを得ない。また、被告Y1は、同居していた被告Y2に対してCの設立のために必要な契約の当事者となる等して協力し、原告所属の講師を紹介していること(被告Y1が講師に同行していることは争いがない。認定事実(8))、Cのホームページで被告Y1が実施するガイダンスを掲載していること等に鑑みると、原告退職後にCに勤務ないし協力して受験指導等の業務を行う意思があり、そのために原告の内部生にCを勧めていたことも推認される。この点、被告Y1は、内部生に対し、C以外の受験予備校も紹介していた旨主張するが、原告の内部生が同時期にC以外に通い始めた事実はうかがえないこと、Cが平成30年10月当時、設立されたばかりであり(認定事実(8))、また原告所属の講師と共に内部生がCに通うようになっていることに鑑みると、原告の内部生をCに紹介する必要性があったとはいえないことから、同主張はにわかに採用し難い。加えて、被告Y1が、平成30年6月頃に原告の悪評をインターネット上に掲載していること(認定事実(2))、後記判断のとおり、被告Y1が原告の費用で購入した赤本を持ち出していること、交通費を詐取しているといえること、認定事実(10)のとおり出勤禁止後に貸与パソコンのデータを抹消していること等の一連の行為に鑑みると、原告の営業を侵害する意思をもっていたことが推認される。
 被告Y1の内部生の引抜行為は、これらの事情を踏まえると、社会的相当性を逸脱した誠実義務違反と評価せざるを得ず、不法行為が成立するとの原告の主張は理由がある。

[教材の持ち出しについて]

ウ 赤本等の持ち出し
(ア)被告Y1が、平成30年9月頃、赤本や一般教材をまとめて発注している(認定事実(6))のに対し、原告が、通常、赤本について主要な大学を各1冊購入していること(証人S)、一般教材の従前の発注状況(甲49、50)に比較すると、被告Y1の上記発注の数量が多いことが認められる。
 同事実に加え、アで述べた被告Y1の原告に対する害意やCとの関係、購入時期、また被告Y1がCに生徒ファイルを持ち込み、時計等を購入していること(甲67)に鑑みると、被告Y1が原告の費用で購入した教材等をCで使用するために持ち出したことが推認される。
 よって、被告Y1の同行為は、横領に該当し不法行為が成立するとの原告の主張は理由がある。

[データの消去について]

エ 貸与パソコンのデータ消去
(ア)被告Y1が、Sと面談し自宅待機を命じられた翌日早朝に、原告市ヶ谷本部校で資料を処分していたこと、被告Y2から平成30年11月13日に「PCのデータ消去も忘れずに」と指示されていること(認定事実(10))、被告Y1に貸与されていたパソコンを同人以外が操作してデータを消去することは考えがたいことから、同人がデータを消去したことが推認される。また、被告Y1の貸与パソコン中には、原告の業務上必要なデータがある他、原告としては、被告Y1が原告から隠ぺいしようとしたデータがあると考え、同パソコンにあったデータを費用をかけて復元せざるを得なくなることは、被告Y1も容易に想定できたはずである。これらの事情を踏まえると、被告Y1による貸与パソコンのデータ消去行為は、原告に対する不法行為を構成するといえる。

労働者派遣事業を営む会社に在職する従業員が、在職中に新会社を設立して従業員を引き抜いた行為について、違法と判断された事例(宮崎地裁都城支部令和3年4月16日判決)

本件は、要旨、「派遣会社(原告)の従業員(被告Y1)が、在職中に別の派遣会社(被告会社)を設立し、原告の従業員を被告会社に引き抜いたこと」の適法性が問題となった事案です。

裁判所は、以下の判断枠組みを示したうえ、本件事案を検討し、引き抜き行為が違法であると判断しました。

【判断枠組みについて】

(1)判断の枠組み
ア 雇用契約が締結されると,会社の従業員は,使用者に対し,雇用契約に付随する信義則上の義務として,原告が主張するとおりの誠実義務を負い,従業員が誠実義務に違反した場合は,それによって生じた損害を賠償すべき責任を負う。そして,従業員が行った引き抜きが単なる転職の勧誘を超え,社会的相当性を逸脱して極めて背信的な方法で行われた場合には,誠実義務違反となり,債務不履行又は不法行為責任を負う。社会的相当性を逸脱した引き抜き行為であるか否かは,引き抜かれた従業員の当該会社における地位や引き抜かれた人数,従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響,転職の勧誘に用いた方法,態様等の諸般の事情を総合して判断することとなる。
イ また,企業が同業他社の従業員に対して自社へ転職するよう勧誘するに当たって,単なる転職の勧誘の範囲を超えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合,当該企業は,同業他社の雇用契約上の債権を侵害したものとして,不法行為責任を負うことになる。

【本件事案の検討】

イ(ア)本件で問題となっている引き抜き行為は,いずれも派遣先企業を変えずに,派遣元企業だけを変えたというものである(登録状態スタッフはそもそも引き抜きの対象とならない。)。
 このような場合,原告は,まずは,当該派遣スタッフの派遣料相当額の売上げを失うことになる。これに加え,当該派遣先企業のスタッフ受け入れ可能人数には上限があると考えられることから,原告が,当該派遣先企業へ代わりの派遣スタッフを派遣することが不可能になる可能性が高くなる。
 そのため,原告から移籍してきた派遣スタッフを原告在籍時と同じ派遣先企業へ派遣する行為は,原告に対する影響が大きい。
(イ)被告会社は,被告Y1が原告に在職中の平成30年8月1日から4名の雇用スタッフをA株式会社に派遣し,収益を上げている(甲12の1)。被用者は,会社に在職中は雇用契約上,職務専念義務を当該会社に対して負っているので,当該会社が副業を認める等の特段の事情がない限り,実際に収益を上げることは許されない。
 そうすると,被告Y1が,原告在職中に,被告会社を設立し,実際に収益を上げていた事情は,行為の悪質性を基礎づける。
(ウ)被告Y1は,勧誘の際,派遣スタッフに対し,原告とは話がついているかのような話をし,他方で,原告には内密にするよう依頼し,派遣先企業に対しても,派遣スタッフの移籍は,原告も了承済みであるかのような言動を行っている。
 勧誘を受けた派遣スタッフにとっては,自身に対する待遇が最も大きな関心事であることは否定できないが,派遣先企業を変えることなく派遣元企業が変わることについては,従前雇用契約を締結していた原告との関係を気にして,原告による了承があるかは相当程度関心を持つのが通常であると考えられる。現に,Lも,原告と被告らとの間で,派遣スタッフの移籍について話がついていたと聞いたことが,移籍の決断をする理由となった旨供述している(甲42)。
 また,派遣先企業にとっても,派遣スタッフを従前派遣してくれていた原告との信頼関係の問題から,原告による了承があるかは大きな関心事であると考えられる。
 そうすると,派遣スタッフ及び派遣先企業に対する被告Y1の言動には,問題があるといわざるをえない。
(エ)宮崎営業所の雇用スタッフ及び粗利は,平成30年6月は163人,648万0065円であったのに対し,同年9月は133人,331万4543円であり(甲8,32),被告らによる引き抜き行為の前後でそれぞれ減少していることに照らすと,被告らによる引き抜き行為が原告に与えた影響は軽視することができない。
(オ)以上の(ア)ないし(エ)の諸事情に照らすと,被告らが原告に対する負の印象を喧伝し派遣スタッフを移籍させたものではないこと,被告Y1がスタッフナビゲーターの情報を持ち出して引き抜き行為を行っていたわけではないこと,原告よりも良い待遇をうたって派遣スタッフを勧誘すること自体は問題がないこと,平成30年6月から8月は,宮崎営業所の粗利率は,宮崎営業所の従業員の中ではNが担当する企業が一番高く(甲7,30,31,原告代表者),被告Y1が粗利率の高いところを狙って引き抜き行為を行ったとは認められないことなどといった事情を考慮しても,本件の引き抜き行為は社会的相当性を逸脱しているといわざるを得ない。
ウ よって,被告Y1は,引き抜き行為について債務不履行又は不法行為責任を負う。

一般職から総合職への転換制度の運用が、違法な男女差別に当たると評価された事例(横浜地裁令和3年3月23日判決)

本件は、総合職と一般職との「コース別人事制度」が導入されている会社において、一般職の原告両名(女性)が「総合職への転換を希望しているにもかかわらずこれが認められないのは、性別のみを理由とするもので、労働基準法4条又は男女雇用機会均等法に違反する」旨主張した事案です。

裁判所は、要旨、以下のとおり述べ、各原告に対し慰謝料100万円の支払を命じました。

(5)ア 前記(3)及び(4)で認定説示のとおり,本件コース別人事制度の下での採用段階において,女性であることを理由とした差別的取扱いがなされたとは認められないものの,被告においては,給与規定上は職種転換制度が規定され,一般職から総合職への転換が制度上可能とされている(前提となる事実(5))にもかかわらず,これまでに被告において一般職から総合職への職種の転換がなされた実績が存在せず(前提となる事実(6)エ),前記(2)で認定説示のとおり,被告における本件コース別人事制度の現状が,男性を総合職,女性を一般職として男女で賃金や昇格等につき異なる取扱いをしているとの疑念を抱かせる状況が継続していることからすれば,一般職から総合職への転換がないことについて,合理的理由が認められない場合には,総合職を男性,一般職を女性とする現状を固定化するものとして,職種の変更について性別を理由とした差別的取扱いを禁止する雇用機会均等法6条3号に違反するか,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図ることを目的とした同法1条の趣旨に鑑み,違法な男女差別に当たるというべきであるので,以下検討する。

 

(中略)

 

ウ 原告両名以外の一般職の女性が,一般職から総合職への転換を希望したか否かは証拠上明らかではないものの,以上のとおり,少なくとも原告両名は,それぞれ総合職への転換を希望する意思を明確に伝えているものと評価できるのに(前記イ(ア),(イ)),総合職への転換ができてないことはもとより,被告が原告両名に,総合職への転換を勧めたり,転換に必要となる具体的基準や手続等を示したりしたことすらなく,かえって原告X1は,I社長から,女性に総合職はない旨の回答を受けている(前記イ(ウ))ことからすれば,被告は,原告両名について,女性であることを理由として一般職から総合職への転換の機会を与えていないものと強く推認される。
エ この点,被告は,これまでに職種転換制度を運用しなかった理由として,適切な人材が現れなかったことを主張し,証人Gは,これに沿う陳述・供述をするが(乙7,証人G),その内容は抽象的にとどまっていてにわかに信用しがたい上,少なくとも,原告両名について,総合職としての適格性を真摯に検討したことをうかがわせるに足りる的確な証拠はない。また,仮に被告が原告両名の経験や資格,能力等に疑問を持つのであれば,具体的かつ適切な基準を設けて職種転換制度を整備し,当該制度を適用する中で,総合職への転換の可否を判断すれば足りるのであり,制度自体を整備ないし運用しないことについての合理的な理由は,何ら見当たらないから,前記被告の主張を考慮しても,前記推認を覆すには至らない。。
オ そうすると,遅くとも,原告両名が総合職への転換を希望する意向を表明した時期(原告X1については遅くとも平成29年10月ころ,原告X2については遅くとも平成27年4月ころ)以降,被告は,原告両名に対し,総合職への転換の機会を提供せず,これによって総合職を男性,一般職を女性とする現状を固定化するものであるところ,この点について,合理的な理由が認められないのであるから,職種の変更について性別を理由とした差別的取扱いを禁止する雇用機会均等法6条3号に違反し,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図ることを目的とした同法1条の趣旨に鑑み,被告が,原告両名に対し,本件コース別人事制度の運用において,総合職への転換の機会を提供しなかったことは,違法な男女差別に当たるというべきである。

(3)慰謝料について
 もっとも,差額賃金相当損害金の発生を認めることができないとしても,原告両名は,長年にわたって被告に勤務し,相応の功労をしたものと認められる。そして,被告は,本件コース別人事制度の運用において,男性を総合職,女性を一般職として扱い続け,原告両名が男女に賃金格差が生じている旨の指摘や,かかる賃金格差を解消するため,総合職へ転換したい旨の意向を繰り返し示しているにもかかわらず,被告が真摯な対応をしなかったことにより,比較的長期間にわたって違法な差別を受けており,その精神的苦痛は相応に大きいものと認められる。また,被告の当時の社長は,総合職への転換を希望する原告X1に対し,女性に総合職はない旨を発言した事実が認められる(前記第3の1(5)イ(ウ))ことに加え,被告においては,いわゆる電話番やお茶汲みを女性が行うものとされ(甲10,原告X2本人〔11頁〕),かかる扱いに原告両名が異を唱えた際にも,真摯に改善が検討された様子はないなど,男女について差別的な取扱いをする風潮が見受けられるから,これらの事情も,原告両名の精神的苦痛を増大させる事情として考慮すべきである。
 以上に加え,本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると,被告が本件コース別人事制度の運用上において違法な男女差別をしたことにより,原告両名が被った精神的苦痛に対する慰謝料は,少なくとも,原告両名の請求額である各100万円を下らないものと認められる。

会社費用で留学後すぐに退職した社員に対する、費用の返還請求が認められた事例(東京地裁令和3年2月10日判決)

本件は、会社の公募留学制度により留学し、留学後5年以内に自己都合で退職した従業員に対し、会社側が、労働者との消費貸借契約に基づき、支出した留学費用約3000万の支払を請求した事案です。労働者側は、労基法16条(賠償予定の禁止)違反等を主張して争いましたが、裁判所は以下のとおり述べ、会社側の請求を認めました。

3 争点2(返還合意の性質と労働基準法16条違反の有無)について

(1)被告は,仮に,原告被告間に留学費用の支給について消費貸借契約が成立していたとしても,同契約は労働基準法16条に違反し無効である旨主張する。
 この点,労働基準法16条が,使用者が労働契約の不履行について違約金を定め又は損害賠償額を予定する契約をすることを禁止している趣旨は,労働者の自由意思を不当に拘束して労働関係の継続を強要することを禁止することにある。そうすると,会社が負担した留学費用について労働者が一定期間内に退社した場合に返還を求める旨の合意が労働基準法16条に違反するか否かは,その前提となる会社の留学制度の実態等を踏まえた上で,当該合意が労働者の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものか否かによって判断するのが相当である。
(2)前記前提事実及び認定事実によれば,本件留学制度の選考に応募するか否かは,原告の業務命令によるものではなく労働者の自由な意思に委ねられており,その留学先や履修科目の選択も労働者が自由に選択できるところ,被告は,国際的に活躍するバンカーになるために必要なスキル,経験,人脈等を身に付けることなどを目的として自ら本件留学制度の選考に応募し,自ら志望した大学への進学を決めて留学している。また,被告は,留学先の大学での履修科目や課外活動については自らの意思で決めており,基本的に,留学期間中の生活については被告の自由に任せられていたものと認められる。被告は,留学期間中,履修科目の成果等についての報告,宿泊に伴い大学所在地を離れる場合や休暇の際の一定の届出の提出,公募留学候補生に対するバックアップなどを原告から求められているが,これらは,原告の業務に直接関係するものではなく,被告が原告の従業員であることから原告の人事管理等に必要な範囲で求められているものにすぎない。被告は,留学期間中,原告から原告の採用イベントに関する協力を求められているものの,被告が同イベントへの参加をキャンセルする旨連絡した際には,原告は,被告に対し,あくまでお願いなので学業を優先するよう返答していることからすれば,これは原告の業務命令によるものではなく,あくまで原告が被告に協力を依頼したものにすぎないといえる。このような本件留学制度の実態に加え,公募留学生の留学終了後の配属先は,必ずしも留学先大学において取得した資格や履修科目を前提とした配属になっていないことからすれば,本件留学制度を利用した留学は,原告の業務と直接関連するものではなく,また,原告での担当業務に直接役立つという性質のものでもないといえる。むしろ,被告を含む公募留学生は,本件留学制度を利用した留学によって原告での勤務以外でも通用する有益な経験や資格等を得ている。そうすると,本件留学制度を利用した留学は,業務性を有するものではなく,その大部分は労働者の自由な意思に委ねられたものであり,労働者個人の利益となる部分が相当程度大きいものであるといえ,その費用は,本来的には,使用者である原告が負担しなければならないものではない。
 したがって,留学費用についての原告被告間の返還合意は,その債務免除までの期間が不当に長いとまではいえないことも踏まえると,被告の自由意思を不当に拘束し,労働関係の継続を強要するものではないから,労働基準法16条に反するとはいえない。
 よって,被告の主張は採用することができない。

性同一障害者が化粧をしたこと等を理由とする就労拒否の正当性が否定された事例(大阪地裁令和2年7月20日決定)

本件は、タクシーの乗務員として勤務していた、性同一性障害(生物学的な性は男性、性自認が女性)を有する労働者が、客からの苦情や執務に際して化粧をしていることを理由にタクシーへの乗車を禁じられたことについて、会社側の措置の正当性の有無が問題となった事案です。ここでは、化粧の点に関する判断を取り上げます。

裁判所は、要旨以下のとおり述べ、タクシーへの乗車拒否に正当性はないと判断しました。

イ 債権者の化粧が濃いとの点について
(ア)債務者の主張内容
 債務者は,債権者が極めて濃い化粧をして乗務に従事しており,かかる行為が乗客に違和感や不快感を与えるものであるから,債権者の就労を拒否する正当な理由があるものと主張する。
(イ)本件身だしなみ規定について
 本件身だしなみ規定は,サービス業であるタクシー業を営む債務者が,その従業員に対し,乗客に不快感を与えないよう求めるものであると解され,その規定目的自体は正当性を是認することができる。それゆえ,従業員が,債務者から本件身だしなみ規定に従うよう業務上の指示命令を受けたにもかかわらず,当該従業員がこれに従わない場合などには,就業規則54条1項2号等の懲戒事由に該当する可能性があり,この場合,債務者は,従業員に対し,懲戒処分を行うことができる(なお,本件で,債務者は,債権者に対し,濃い化粧をして乗務に従事したことをもって,懲戒処分としての出勤停止処分を行ってはいない。)。
 しかしながら,本件身だしなみ規定に基づく,業務中の従業員の身だしなみに対する制約は,無制限に許容されるものではなく,業務上の必要性に基づく,合理的な内容の限度に止めなければならない。
(ウ)乗務員の化粧について
 本件身だしなみ規定は,化粧の取扱いについて,明示的に触れていないものの,男性乗務員が化粧をして乗務したことをもって,本件身だしなみ規定に違反したものと取扱うことは,債務者が,女性乗務員に対して化粧を施した上で乗務することを許容している(認定事実(3))以上,乗務員の性別に基づいて異なる取扱いをするものであるから,その必要性や合理性は慎重に検討する必要がある。他方,男性乗務員の化粧が濃いことをもって,本件身だしなみ規定に違反したものと取扱うことは,女性乗務員に対しても男性乗務員と同一の取扱いを行うものである限り,性別に基づいて異なる取扱いをするものと評価することはできない。
(エ)債務者における乗務員の化粧に対する取扱い
 A渉外担当らは,本件面談において,債権者の化粧の濃さに言及している(認定事実(2)ア(イ))ものの,化粧が濃いと判断した根拠について,A渉外担当は化粧が「分かる」こと,C所長は「眉毛バッチリ描いて」いることという,化粧として突飛なものとは思われない点を指摘している(同上)。また,A渉外担当は,債権者が男性である以上,化粧をすることはできない旨を述べ(認定事実(2)ア(ア)),さらに,A渉外担当らは,ファンデーションの濃さ,口紅の光沢,アイライナーの濃さなどといった許容される化粧の限度に言及し,改善を求めたことはなく,むしろ,債権者が今後化粧をしなければよいという問題ではないなどと述べている(認定事実(2)イ(イ))。
 以上の事実によれば,A渉外担当らは,本件面談において,債権者が乗務中に化粧をすることができることを前提としつつ,その濃さが,本件身だしなみ規定に違反するものと捉えていたのではなく,債権者が化粧をしているのが外見上判別できること,すなわち,債権者が化粧をして乗務すること自体を,本件身だしなみ規定に違反するものと捉えており,そのことをもって,債権者に対する就労拒否の理由としていたと認めることができる。債権者の化粧が極めて濃いことを就労拒否の理由とした旨の債務者の主張は採用することができない。
 そうすると,債権者に対する化粧を施した上での乗務の禁止及び禁止に対する違反を理由とする就労拒否については,それらの必要性や合理性が慎重に検討されなければならない。
(オ)債権者に対する化粧の禁止及び禁止違反を理由とする就労拒否の必要性及び合理性
 社会の現状として,眉を描き,口紅を塗るなどといった化粧を施すのは,大多数が女性であるのに対し,こうした化粧を施す男性は少数にとどまっているものと考えられ,その背景には,化粧は,主に女性が行う行為であるとの観念が存在しているということができる。そのため,一般論として,サービス業において,客に不快感を与えないとの観点から,男性のみに対し,業務中に化粧を禁止すること自体,直ちに必要性や合理性が否定されるものとはいえない。
 しかしながら,債権者は,医師から性同一性障害であるとの診断を受け,生物学的な性別は男性であるが,性自認が女性という人格である(前提事実(1)イ(イ))ところ,そうした人格にとっては,性同一性障害を抱える者の臨床的特徴(前提事実(2))に表れているように,外見を可能な限り性自認上の性別である女性に近づけ,女性として社会生活を送ることは,自然かつ当然の欲求であるというべきである。このことは,生物学的性別も性自認も女性である人格が,化粧を施すことが認められていること,あるいは,生物学的性別が男性である人格が,性自認も男性であるにもかかわらず,業務上,その意に反して女性的な外見を強いられるものではないこととの対比からも,明らかである。外見を性自認上の性別に一致させようとすることは,その結果として,A渉外担当が「気持ち悪い」などと述べた(認定事実(2)ア(ウ))ように,一部の者をして,当該外見に対する違和感や嫌悪感を覚えさせる可能性を否定することはできないものの,そうであるからといって,上記のとおり,自然かつ当然の欲求であることが否定されるものではなく,個性や価値観を過度に押し通そうとするものであると評価すべきものではない。そうすると,性同一性障害者である債権者に対しても,女性乗務員と同等に化粧を施すことを認める必要性があるといえる。
 加えて,債務者が,債権者に対し性同一性障害を理由に化粧することを認めた場合,上記のとおり,今日の社会において,乗客の多くが,性同一性障害を抱える者に対して不寛容であるとは限らず,債務者が性の多様性を尊重しようとする姿勢を取った場合に,その結果として,乗客から苦情が多く寄せられ,乗客が減少し,経済的損失などの不利益を被るとも限らない。
 なお,A渉外担当らは,債権者に化粧を施した上での乗務を認めることによって,債権者が同性愛者などから「ひょっとしたら自分らと同じような感覚持ってる人間がおるよ,と思われていること自体が問題」であると述べている(認定事実(2)ア(オ))ところ,その趣旨は必ずしも明らかでないが,いずれにしろ,業務上の支障が生じると認めるに足りる根拠もない。
 以上によれば,債務者が,債権者に対し,化粧の程度が女性乗務員と同等程度であるか否かといった点を問題とすることなく,化粧を施した上での乗務を禁止したこと及び禁止に対する違反を理由として就労を拒否したことについては,必要性も合理性も認めることはできない。
(カ)したがって,債務者は,債権者の化粧を理由として,正当に債権者の就労を拒否することができるとの主張を採用することはできない。

近隣諸国に対する批判的内容等を含む記事を社内で継続的に配布した行為が違法と評価された事例(大阪地裁堺支部令和2年7月2日判決)

本件は、外国籍を有する労働者が勤務する会社の代表者が、当該国を含む近隣諸国に対する批判的な内容を含む記事を就業時間中に配布した行為等について、労働者が損害賠償請求を行った事案です。

ここでは、こうした配布行為が違法に当たるか否かについての裁判所の判断を取り上げます。裁判所は、以下のとおり述べ、違法性を認めました。

ア 原告は,本件配布①が,人種差別撤廃条約及び差別的言動解消法等が定める人種差別や民族差別を内容とする差別的言動であり,若しくは人種差別や民族差別を助長する言動であることから,原告の権利又は法益を侵害するものとして違法である旨主張するので,まずこの点を検討する。
(ア)人種差別撤廃条約は,国法の一形式として国内法的効力を有するとしても,その規定内容に照らしてみれば,国家の国際責任を規定するとともに,憲法13条,14条1項と同様,公権力と個人との関係を規律するものである。すなわち,本件における原告と被告らとの間のような私人相互の関係を直接規律するものではなく,私人相互の関係に適用又は類推適用されるものでもないから,その趣旨は,民法709条等の個別の規定の解釈適用を通じて,他の憲法原理や私的自治の原則との調和を図りながら実現されるべきものであると解される。
 また,差別的言動解消法は,専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命,身体,自由,名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど,本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として,本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動を,「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」として定義した上で(2条),国及び地方公共団体による基本的施策として相談体制の整備,教育の充実等及び啓発活動等に取り組むことなどを定めるものの(3条から7条),本邦外出身者に対する不当な差別的言動を禁止する規定や,当該差別的言動に該当する場合の法律上の効果についての規定がない。
 そうすると,人種差別撤廃条約が定める差別や,差別的言動解消法が定める差別的言動に該当することを理由とする民事上の損害賠償請求は,同条約や同法を直接の根拠とすることはできず,民法709条等の個別の規定の解釈適用を通じて,当該表現の内容が個人の権利又は法律上保護された利益を侵害すると認められることが必要と解される。
(イ)これを本件についてみると,前提事実(3)及び認定事実によれば,本件文書①は,被告A以外の者が著述した公刊物やインターネット上で配信された記事等,そして,それに対する従業員の感想文等から構成されているものであり,その内容は,中韓北朝鮮の国家や政府関係者を強く批判したり,在日を含む中韓北朝鮮の国籍や民族的出自を有する者に対して激しい人格攻撃の文言を用いて侮辱したり,日教組などに対して「反日」「売国奴」などの文言で同様に侮辱したり,我が国の国籍や民族的出自を有する者を賛美して中韓北朝鮮に対する優越性を述べたりするなどの政治的な意見や論評の表明を主とするものではあるものの,韓国籍を有する原告を具体的に念頭において記述されたものではないことは明らかであり,本件文書①が配布された被告会社の従業員の普通の注意と読み方を基準としても,原告個人をも侮蔑し,被告会社において疎外することを内容とするものと読み取ることはできない。また,被告Aが述べる本件配布①の趣旨・目的(前記(1)カ)や,本件配布①の配布態様(前記(1)キ)からしても,本件配布①が,原告個人を対象とする行為とは認められず,その結果についても,原告が本件文書①を閲読しなかったことにより被告らから何らかの不利益を受けたことがなく,本件配布②を除けば,本件配布①により被告らや他の従業員から在日韓国人であることを理由とする差別的な言動を受けたこともなかったのである。
 そうすると,本件配布①は,その内容,趣旨・目的,態様に照らして,原告個人に向けられた差別的言動と認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠もない。
(ウ)したがって,本件文書①の中に,仮に人種差別撤廃条約及び差別的言動解消法等が定める人種差別や民族差別を内容とする差別的言動若しくは人種差別や民族差別を助長する表現と評価することができる表現が含まれているとしても,それを配布した行為をもって,直ちに原告に対する差別的言動として違法であると評価することはできないというべきである。
(エ)なお,原告は,人種差別撤廃条約1条1項によれば,差別の目的を有していなくともその効果があれば足り,本件配布①の効果により,原告個人の権利又は法益に侵害が生じている旨主張する。
 しかしながら,前記(イ)で説示したとおり,原告は,本件配布①を閲読しなかったことにより被告らから何らかの不利益を受けたことがなく,本件配布②を除けば,本件配布①により被告らや他の従業員から在日韓国人であることを理由とする差別的な言動を受けたこともなかったのであるから,その効果の点を考慮しても,それをもって,本件配布①を故意に基づく原告に対する差別的言動としての違法性を有すると評価することはできない。
(オ)また,原告は,最高裁平成15年10月16日判決・民集57巻9号1075頁を根拠に,差別的言動が特定の個人に向けられたものではなく,集団に属する不特定の者に向けられたものであっても,職場において直接労働者に浴びせるものであることから,違法である旨主張する。
 しかし,上記判決の事案は,テレビジョン放送において,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準とすれば,当該放送は,「所沢産の葉物野菜が全般的にダイオキシン類による高濃度の汚染状態にある」という事実を摘示していると判断した上で,名誉毀損の成立の可能性を指摘したものであり,所沢産の葉物野菜を生産している全農家に向けられた不法行為であると評価できるのに対し,本件配布①の内容や態様は,前記(イ)で説示したとおりであり,被告会社の従業員の普通の注意と読み方とを基準とすれば,一般の読者において,中韓北朝鮮の国家や国民性,民族性といった一般的,抽象的な集団について侮蔑,嫌悪などの悪感情を抱かせるものではあるものの,原告との結び付きが明確ではなく,原告個人に対する被告会社の従業員が抱く客観的な社会的評価を具体的に低下させる効果があるとは認めるに足りないというべきである。したがって,上記判決は本件と事案を異にするから,原告の主張は採用することができない。
イ 次に,原告は,本件配布①が,労働契約上保護されるべき原告の権利又は法益を侵害するものとして違法であるとも主張するので,以下検討する。
(ア) 使用者は,労働契約に基づいて,労働者に対して教育を実施する権利を有しており,その時期,内容及び方法は,その性質上原則として使用者の裁量的判断に委ねられているものと解される。しかしながら,労働者は,労働契約を締結して企業に雇用されても,企業の一般的な支配に服するものということはできず(最高裁昭和52年12月13日判決・民集31巻7号1037頁参照),使用者が有する上記裁量権は,労働契約上予定された範囲でのみ行使し得るものというべきである。
 したがって,使用者において,公序良俗に反する内容の教育を行うなど法令に反することができないことはもちろん,たとえ,法令に反するとはいえない場合であっても,業務遂行と明らかに関連性のない教育の受講を強制することは労働契約上許されないというべきである。
 また,たとえ本件配布①のように使用者の実施する教育が強制を伴わないものであっても,様々な思想・信条及び主義・主張を有する労働者が存在することが当然に予定されている企業では,企業内における労働者の思想・信条等の精神的自由が十分尊重されるべきであることは,論を待たない(最高裁昭和63年2月5日判決・労働判例512号12頁(以下「最高裁昭和63年判決」という。)参照)。それに加えて,憲法14条1項が「すべての国民は,法の下に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない」と定めていることを受けて,労働基準法3条が「使用者は,労働者の国籍,信条又は社会的身分を理由として,賃金,労働時間その他の労働条件について,差別的取扱をしてはならない」と均等待遇の原則を規定し,使用者に対し,国籍に基づく差別的取扱いを禁止しており,労働者は,就業場所において国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を有している。
 にもかかわらず,たとえ労働条件に関する差別的取扱いそのものには該当しないとしても,使用者が,特定の国民に対する顕著な嫌悪感情に基づき,それらを批判・中傷する内容の文献や自己が強く支持する特定の歴史観・政治的見解が記載された文献等を就業場所において反覆継続して労働者に教育目的で大量に配布することは,それ自体労働者の思想・信条に大きく介入するおそれがあるのみならず,たとえ前記国籍を有する当該労働者に対して差別意思を有していない場合であっても,前記嫌悪感情が強ければ強いほど,前記国籍を有する労働者の名誉感情を害するのみならず,当該労働者に使用者から前記嫌悪感情に基づく差別的取扱いを受けるのではないかという危惧感を抱かせるのであるから,厳に慎まねばならないというべきである。
 したがって,私的支配関係である労働契約において,使用者の実施する文書配布による教育が,その配布の目的や必要性(当該企業の設立目的や業務遂行との関連性),配布物の内容や量,配布方法等の配布態様,そして,受講の任意性(労働者における受領拒絶の可否やその容易性)やそれに対する自由な意見表明が企業内で許容されていたかなどの労働者がそれによって受けた負担や不利益等の諸般の事情から総合的に判断して,労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を具体的に侵害するおそれがあり,その態様,程度がもはや社会的に許容できる限度を超える場合には違法になるというべきである(最高裁昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁(以下「最高裁昭和48年判決」という。)参照)。
(イ)これを本件についてみると,被告会社は,特定の思想・信条を雇用条件としたいわゆる傾向企業ではなく,様々な国籍,民族的出自や,思想・信条及び主義・主張を有する労働者が存在することが当然に予定されている企業であり,その主たる事業は住宅販売であって,外国籍の顧客であっても取引を行う必要があるのであるから,事業上,従業員において,前述したような被告らが支持する歴史観や政治的見解を共有しておかねばならない現実的必要性は認め難い。
 そして,認定事実のとおり,本件文書①の内容は,中韓北朝鮮の国家や政府関係者を強く批判したり,在日を含む中韓北朝鮮の国籍や民族的出自を有する者に対して「死ねよ」「嘘つき」「卑劣」「野生動物」などと激しい人格攻撃の文言を用いて侮辱したり,我が国の国籍や民族的出自を有する者を賛美して中韓北朝鮮に対する優越性を述べたりするなどの強固な政治的な意見や論評の表明を主とするものであるから,韓国の国籍や民族的出自を有する者にとっては著しい侮辱と感じ,その名誉感情を害するものであるとともに,そのような顕著な嫌悪感情を抱いている被告らから差別的取扱いを受けるのではないかとの現実的な危惧感を抱いてしかるべきものであることが認められる。
 この点について,被告らは,原告自身の主義・主張に相容れない表現に対する主観的な不快感にすぎないと主張するが,そもそも,人は自己の欲しない他者の言動によって心の静穏を乱されないという利益を有し,この利益は社会生活の上において尊重されるべきものである上(最高裁平成11年3月25日判決・裁判集民事192号499頁(以下「最高裁平成11年判決」という。)参照),前述したとおり,労働基準法3条は,使用者に対して,国籍を理由とする差別的取扱いを禁止し,労働者に就業場所において国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を保障していることからすると,就業場所において,国籍によって差別的取扱いを受けるおそれがないという労働者の内心の静穏は,前記一般的な内心の静穏以上に保護されるべきである。
 そうすると,使用者の前記言動により,労働者が前記内心の静穏な感情を害され,それが一般人からみても,国籍による差別的取扱いを受けるのではないかとの現実的な危惧感を抱いてしかるべき程度に達している場合は,差別的取扱いそのものを行ってはいないとしても,労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を侵害するおそれが現実に発生しているというべきであり,それによる精神的苦痛を労働者において甘受すべきいわれはないから,その侵害の態様,程度が内心の静穏な感情に対する介入として社会的に許容できる限度を超えているとして不法行為が成立するというべきである(最高裁平成11年判決参照)。
 また,認定事実のとおり,本件配布①の目的は,被告らが支持する一定の歴史観や政治的見解を全従業員に広めようとするもので,配布物の前記内容や,それを別紙2の1~5のとおり反覆継続して就業時間中に大量に配布している上,その際,被告Aが発出者であり宛先が全従業員であることが明記され,随所に被告Aがアンダーライン等で強調した修飾がされているという配布態様も併せ考慮すると,広い意味での思想教育にあたるといえるものであり,原告をはじめとする様々な思想・信条及び主義・主張を有する労働者の思想・信条に大きく介入するおそれがある。加えて,管理職であるBは,従業員が作成した感想文について当該従業員のみならず家族にも必ず読んでもらうよう呼びかけており,黙示的に同調するよう働きかけていると評価できるのであり,その結果,従業員が記載した本件配布①を主題とする感想文等は,いずれも被告らが配布した本件文書①の内容についての賛同・同調を述べるものや,被告らに対する感謝を述べるもの,被告会社に対する否定的な見解を本件文書①にほとんど目を通していないからなどとして批判したりするものである。そして,後述するように,原告が本件配布①を違法であると主張して本件訴えを提起したことに対して,被告Aは批判する文書を反覆継続して配布している上(本件配布②),本件訴えの尋問期日に従業員に働きかけて多数の傍聴希望者を参集させている。それらによれば,本件配布①について,配布物の内容はもちろん,配布行為に対しても,原告が就業場所において口頭で自由に意見を述べることは困難な状況にあり,その状況を受忍しなければならない立場に立たされていたことが推認される。
 以上の事実を総合すれば,本件配布①は,たとえ前述したとおり,従業員間の在日韓国人に対する差別的言動を誘発していないとはいっても,労働契約に基づき労働者に実施する教育としては,労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を具体的に侵害するおそれがあり,その態様,程度がもはや社会的に許容できる限度を超えるものといわざるを得ず,原告の人格的利益を侵害して違法というべきである。

期間の定めのある労働契約に関する地位確認訴訟において,期間満了により労働契約が終了するか否かを判断しなかった原判決が破棄された事例(最高裁第1小法廷令和元年11月7日判決)

本件は,期間の定めのある労働契約の解雇の有効性が争われた裁判で,原審が「本件解雇には労働契約法17条1項にいう「やむを得ない事由がある」とはいえず,本件解雇は無効であるとし,最後の更新後の本件労働契約の契約期間が平成27年3月31日に満了したことにより本件労働契約の終了の効果が発生するか否かを判断することなく,被上告人(※労働者)の労働契約上の地位の確認請求及び本件解雇の日から判決確定の日までの賃金の支払請求を全部認容すべき旨の判断をした」ことにつき,原審の判断が否定された事案です。

即ち,最高裁は「前記事実関係等によれば,最後の更新後の本件労働契約の契約期間は,被上告人の主張する平成26年4月1日から同27年3月31日までであるところ,第1審口頭弁論終結時において,上記契約期間が満了していたことは明らかであるから,第1審は,被上告人の請求の当否を判断するに当たり,この事実をしんしゃくする必要があった。

 そして,原審は,本件労働契約が契約期間の満了により終了した旨の原審における上告人(※会社側)の主張につき,時機に後れたものとして却下した上,これに対する判断をすることなく被上告人の請求を全部認容するべきものとしているが,第1審がしんしゃくすべきであった事実を上告人が原審において指摘することが時機に後れた攻撃防御方法の提出に当たるということはできず,また,これを時機に後れた攻撃防御方法に当たるとして却下したからといって上記事実をしんしゃくせずに被上告人の請求の当否を判断できることができることとなるものでもない。

 ところが,原審は,最後の更新後の本件労働契約の契約期間が満了した事実をしんしゃくせず,上記契約期間の満了により本件労働契約の終了の効果が発生するか否かを判断することなく,原審口頭弁論終結時における被上告人の労働契約上の地位の確認請求及び上記契約期間の満了後の賃金の支払請求を認容しており,上記の点について判断を遺脱したものである。」として,この点につき更に審理を尽くさせるべく,原判決を破棄して差し戻しました。

ひげを生やしたことをを理由とする人事考課が違法と評価された事例(大阪地裁平成31年1月16日判決)

本件は,大阪市交通局で地下鉄運転の業務に従事する職員らがひげを生やした状態で執務を行っていることについて,「髭を伸ばさず綺麗に剃ること。(整えられた髭も不可)」という身だしなみ基準に違反するとして人事考課上低い評価を付けたことの逃避が争点となった事案です。

裁判所は,要旨以下のとおり述べ,ひげを生やしていることを理由とした人事考課が国家賠償法上も違法であると判断しました。

「地方公共団体は,その地方の事務を当該地域の住民の意思と責任の下に実施し,その職員である地方公務員は,全体の奉仕者として住民全体の公共の利益のために勤務するものであって(地公法30条),その職務を行うに当たっては公務に対する住民の信頼を損なわないように遂行することが要請されるから(同法33条),住民の意見や住民の代表である議会での議論を踏まえつつ,公務に対する住民の信頼を損なわないように職員の服務を規律することは地方公共団体の責務である。

 被告(※大阪市)及び交通局において,ひげを含む見だしなみに関する諸規程が設けられていること(中略)も,かかる要請に基づくものであると認められる。

 他方において,ひげを生やすか否か,ひげを生やすとしてどのような形状のものとするかは,服装や髪形等と同様に,個人が自己の外観をいかに表現するかという個人的自由に属する事柄であるという面も存在する。特に,ひげは,服装とは異なり,着脱が不能であり,労働者のひげに関する服務上の規律は,勤務関係又は労働契約の拘束を離れた私生活にも及び得るものであることに鑑みると,労働者のひげに関する服務規律は,事業遂行上の必要性が認められ,かつ,その具体的な制限の内容が,労働者の利益や自由を過度に侵害しない合理的な内容の限度で拘束力があると認めるのが相当である。

 以上を踏まえて本件についてみると,(中略)交通局において,従前から乗務員に対し,服装の整正や容姿の端正を求めていることには正当な理由があると認められ,ひげについても,清潔感を欠くとか,威圧的印象を与えるなどの理由から,社会において,広く肯定的に受け容れられているとまではいえないのが我が国における現状であること(書証略)に鑑みると,窓口において市民や利用者と対応する職員はもとより,業務中に利用者に対応する機会のある運転士を含む地下鉄乗務員に対しても,本件身だしなみ基準のように,「整えられた髭も不可」として,ひげが剃られた状態を理想的な身だしなみとする服務上の基準を設けることそれ自体には一応の必要性ないし合理性があると認められる。

 もっとも,①地下鉄運転士がひげを生やしていることが,直接的に,その本来的な業務である地下鉄の安全かつ的確な運航に支障を生じさせるものであるとはいえないこと,②ひげを生やすことが,上記のように社会において広く肯定的に受け容れられているとまではいえないとしても,市民や乗客においてひげを嫌悪することも,また個人の嗜好に基づくものであるという面も否定できないこと,以上の点に鑑みると,地下鉄運転士に対して,職務上の命令として,その形状を問わず一切のひげを禁止するとか,単にひげを生やしていることをもって,人事上の不利益処分の対象とすることは,服務規律として合理的な限度を超えるものであると言わざるを得ない。」

正規職員との間での基本給の相違が,労働契約法20条に違反するとされた事例(福岡高裁平成30年11月29日判決)

 本件は,臨時職員として採用された労働者が,会社に対し,正規社員との賃金の相違が不合理であり労働契約法20条に違反するとして,損害賠償を請求した事案です。

 第1審は,労働者の請求を棄却しましたが,本判決は,以下のとおり述べ,第1審判決を取消し,労働者の請求を認容しました。

「被控訴人(※会社のこと)は,正規社員に対し,俸給,賞与のほか,退職時には退職手当を支給しているが,臨時職員に対しては,給与,賞与(支給月数は正規社員と同じ。)を支給するが,原則として時間外勤務等をさせず,宿日直勤務をさせないこととなっている。また,退職手当も支給しない。臨時職員は,人事考課制度の対象ではなく,その給与月額は,「臨時職員の取扱いに関する件」により雇用期間や職種に関わりなく,毎年一律に定められており,その金額は,毎年人事院勧告に従い引き下げや引き上げが行われていた(なお,平成21年以降は,臨時職員について引き下げは実施されていない。)。基本給は,従業員に対して固定的に支給される賃金であるところ,控訴人(昭和558月採用)の基本給の額は,平成254月に182100円であったのに対し,控訴人と同じ頃(昭和564月)採用されたH氏は,平成253月当時376976円であり,その額は約2倍となっている。

 たしかに,臨時職員と正規職員との間においては,前判示のとおり,職務の内容はもとより,職務内容及び配置の各変更の範囲に違いがあるが,(中略)専門的,技術的業務に携わってきたO氏,E氏を除くと,いずれも当初は,教務職員を含む一般職研究補助員として控訴人と類似した業務に携わり,業務に対する習熟度を上げるなどし,採用から6年ないし10年で主任として管理業務に携わるないし携わることができる地位に昇格したものということができる。

 なお,(中略)控訴人は,正規職員の採用試験を1度受験したものの,被控訴人において合格の取扱いはしておらず,控訴人は,受験に伴い学長秘書室での勤務の打診があったが,歯科口腔外科での継続勤務を希望して,その後,受験することはなかった。

 また,(中略)被控訴人においては,短大卒で正規職員として新規採用された場合の賃金モデルを平成24年度の俸給表をもとに作成すると,概ね採用から8年ないし9年で主任に昇格し,その時点での俸給は222000円(221号)となり,主任昇格前は約211600円(153号)となる。

 これらの事情を総合考慮すると,臨時職員と対照職員との比較対象期間及びその直近の職務の内容並びに職務の内容及び配置の各変更の範囲に違いがあり,控訴人が大学病院内での同一の科での勤務継続を希望したといった事情を踏まえても,30年以上の長期にわたり雇用を続け,業務に対する習熟度を上げた控訴人に対し,臨時職員であるとして人事院勧告に従った賃金の引き上げのみであって,控訴人と学歴が同じ短大卒の正規職員が管理業務に携わるないし携わることができる地位である主任に昇格する前の賃金水準すら満たさず,現在では,同じ頃採用された正規職員との基本給の額に約2倍の格差が生じているという労働条件の相違は,同学歴の正規職員の主任昇格前の賃金水準を下回る3万円の限度において不合理であると評価することができるものであり,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。」

一部の手当について,労働契約法20条違反が認められた事例(東京高裁平成30年12月13日判決)

本件は,時給制契約社員として勤務する労働者が,正社員との労働条件の相違(各種手当,休暇の有無)について,労働契約法20条等への違反を主張した事案です。詳細は割愛しますが,裁判所は,第1審では,年末年始勤務手当,住居手当,夏期冬期休暇手当,病気休暇について,労働条件の相違が労働契約法20条に違反すると判断していましたが,夏期冬期休暇及び病気休暇については,損害の主張がないとして賠償を認めませんでした。そのため,控訴審(本件)で労働者側は,これらの相違に関する不法行為に基づく損害賠償請求を追加したものです。

裁判所は,以下のとおり述べ,夏期冬期休暇については損害を認めませんでしたが,病気休暇については損害賠償を認容しました。

1 夏期冬期休暇の相違による損害

「第1審原告らが現実に夏期冬期休暇が付与されなかったことにより,賃金相当額の損害を被った事実,すなわち,第1審原告らが無給の休暇を取得したが,夏期冬期休暇が付与されていれば同休暇により有給の休暇を取得し賃金が支給されたであろう事実の主張立証はない。第1審原告らに夏期冬期休暇が付与されていなかったことにより,損害が発生したとは認められない。」

2 病気休暇の相違による損害

「第1審原告Cは,平成27年12月29日に発熱し,平成28年1月4日及び同月5日に無給の承認欠勤を取り,内科クリニックを受診したことが認められる。上記事実によれば,第1審原告Cは,病気休暇が無給のため,両日の賃金相当額である1万4000円(書証略)の損害を被ったことが認められる。

 証拠(書証略)によれば,第1審原告Cは,平成27年9月5日,発熱したが,病気休暇は無給のため,年次有給休暇を取得して緊急外来を受診したこと,平成29年12月25日に感染性胃腸炎により,年次有給休暇を取得してクリニックを受診したことが認められる。上記事実によれば,第1審原告Cは,病気休暇が無給のため,平成27年及び平成29年に各1日年次有給休暇を使用し,その使用権が消滅する損害を被ったことが認められる。上記損害の損害額は年次有給休暇を使用した日に支払いを受けることができる賃金相当額とみるのが相当である。

※なお,労働者側は,「病気休暇が無給であるがゆえに,病気にかかった場合にも生活のことを考えて休むことを躊躇し,無理をしてでも出勤せざるを得ない状況であり,病気になった場合に備え,年次有給休暇を使わずに確保しておかねばならないなど,多大な苦痛を強いられてきた」として慰謝料の請求もしていましたが,裁判所は,そのような事実を認める証拠がないとして,慰謝料の請求は退けました。

定年により退職する年度に夏季賞与が支給されないことが不合理な差別には当たらないと判断された事例(東京地裁平成30年3月16日判決)

本件は,満60歳に達した日の属する月の末日をもって定年退職という定めのある会社において,誕生月が4月であり4月末日をもって定年退職した労働者が原告です。

なお,この会社では,夏季賞与の支給基準日が6月1日であり,「基準日に在籍していた者及び基準日前1か月以内に退職・死亡した社員に支給される」旨の条項がありました。

本件で,原告は「夏季賞与の支払基準日以前に定年で退職を強いられ,夏季賞与が支給されないことにつき,不合理な差別である」と主張しました。

裁判所は,「一般に,賞与を給付する趣旨には,①支給対象期間の勤務に対応する対価的要素に加えて,②功労報償的要素,③生活補填的要素,④将来の労働の意欲向上に係る動機付けとしての要素等が含まれる場合がある。また,賞与を支給するためには,各従業員に対し支給する金額を算出した上でこれを支給する事務手続が必要である。そうすると,賞与支給の具体的仕組みを構築するに際しては,当該使用者たる会社の業績や事業を取り巻く経営環境等を総合的に考慮し,その支給手続についても当該使用者における従業員数などの諸要素を踏まえた総合的な制度設計が必要とされる場合があり,このような場合には賞与支給の枠組みの制度設計については使用者の一定の裁量に委ねられるべきものと解される。このような観点からすれば,多数の従業員に対して迅速かつ画一的に賞与を支給するため,支給日又はこれに近接した一定の基準日に企業に在籍する者だけに対し賞与を支給するという要件(以下「在籍要件」という。)を設けることも合理性を有するものということができ,在籍要件が設定されていることのみをもって合理性がないということはできない」という従前の最高裁の立場を確認した上,会社の制度が不合理ではないと判断しました。

また,原告は,誕生月によって,不支給となる期末手当の金額が異なる(例として,4月退職だと7か月分不支給,10月退職だと1か月不支給)ことが差別である旨も主張していましたが,裁判所は「4月退職者の不利益が最も大きいものの,ほかの月の退職者も不利益を受けているのであり,前述したとおり,賞与を給付する趣旨には,労働の対価的要素以外にも功労報償的要素,生活補填的要素,将来の労働の意欲向上に係る動機付けとしての要素など多様なものが含まれることに加え,年に2回の期末手当の支給に当たって本件基準日要件のような在籍要件を採用すると上記のような差異が生じることは避けられないことや,迅速かつ画一的な期末手当の支給を実施するための事務処理上の便宜を図る実務上の必要性が認められることをも併せ考慮すれば,上記のような4月退職者に対する不利益が生じることを考慮したとしても,前述した,賞与支給の具体的仕組みにつき使用者に委ねられた一定の裁量を逸脱して不合理な差別的取り扱いであると認めるまでには至らない」としました。

労働契約法20条の審査に関する裁判例(最高裁第二小法廷平成30年6月1日判決)

これらの事案は,いずれも,有期労働契約を締結していた労働者が「無期労働契約を締結している労働者との労働条件の相違が労働契約法20条に違反する」として,同等の地位にあることの確認等を求めた事案です。

詳細は割愛しますが,労働契約法20条の解釈について,最高裁の考え方が以下のとおり示された点で,実務上も非常に重要です。

●「労働契約法20条が有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違は「不合理と認められるものであってはならない」と規定していることや,その趣旨が有期契約労働者の公正な処遇を図ることにあること等に照らせば,同条の規定は私法上の効力を有するものと解するのが相当であり,有期労働契約のうち同条に違反する労働条件の相違を設ける部分は無効となるものと解される。もっとも,同条は,有期契約労働者について無期契約労働者との職務の内容等に応じた均衡のとれた処遇を求める規定であり,文言上も,両者の労働条件の相違が同条に違反する場合に,当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなる旨を定めていない。そうすると,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても,同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないと解するのが相当である。」

●「同条にいう「不合理と認められるもの」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である。そして,両者の労働条件の相違が不合理であるか否かの判断は規範的評価を伴うものであるから,当該相違が不合理であるとの評価を基礎付ける事実については当該相違が同条に違反することを主張する者が,当該相違が不合理であるとの評価を妨げる事実については当該相違が同条に違反することを争う者が,それぞれ主張立証責任を負うものと解される。」

●「有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。なお,ある賃金項目の有無及び内容が,他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ,そのような事情も,有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになるものと解される。」

一部の手当てについて、正社員と時給制契約社員との待遇の相違が労働契約法20条違反であると判断された事例(東京地裁平成29年9月14日判決)

本件は、有期雇用で時給制の契約社員として働く労働者が、正社員との間で、各種手当の支給について相違があることが労働契約法20条に違反すると主張した事案です。

この点、裁判所は、この相違が、契約期間の定め(有期雇用か無期雇用か)の有無に関連して生じたものであることを前提に、その相違が不合理か否かの判断基準として、以下のとおり述べました。

「ア 労契法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違について、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲、その他の事情(以下、この3つを併せて「職務の内容等」ということがある。)を考慮して、「不合理と認められるものであってはならない」と規定し、「合理的でなければならない」との文言を用いていないことに照らせば、同条は、問題とされる労働条件の相違が不合理と評価されるかどうかを問題としているのであって、合理的な理由があることまで要求する趣旨ではないと解される。そして、「不合理と認められるもの」という文言から規範的要件であると解されるので、同条の不合理性については、労働者において、相違のある個々の労働条件ごとに、当該労働条件が期間の定めを理由とする不合理なものであることを基礎づける具体的事実(評価根拠事実)についての主張立証責任を負い、使用者において、当該労働条件が不合理なものであるとの評価を妨げる具体的事実(評価障害事実)についての主張立証責任を負い、主張立証に係る労契法20条が掲げる諸要素を総合考慮した結果、当該労働条件の相違が不合理であると断定するに至らない場合には、当該相違は同上に違反するものではないと判断されることになる。

イ 同条は、不合理と認められるものか否かの判断に当たり、①職務の内容、②当該職務内容、配置の変更の範囲、③その他の事情を考慮要素としているところ、その規定の構造や文言等から見て、①及び②が無期契約労働者と同一であることをもって、労働条件の相違が直ちに不合理と認められるものではなく、両当事者の主張立証に係る①から③までの各事情を総合的に考慮した上で不合理と認められるか否かを判断する趣旨であると解される。このように労契法20条の判断において、職務内容は判断要素の一つにすぎないことからすると、同条は、同一労働同一賃金の考え方を採用したものではなく、同一の職務内容であっても賃金をより低く設定することが不合理とされない場合があることを前提としており、有期契約労働者と無期契約労働者との間で一定の賃金制度上の違いがあることも許容するものと解される。

ウ 個々の労働条件ごとに相違の不合理性を判断すべきか否かにつき、被告は、本件で問題とされる各手当は、賃金の一部を構成しており、これを含めて全体として一つの賃金体系が構築されていることや、休暇を含めて人事制度や賃金体系と密接不可分に関連するから、個別の労働条件ごとに不合理性を論じること自体が不適切である旨主張する。しかしながら、労使交渉において個別の労働条件を交渉する場合においても、例えば、基本給と手当のように密接に関連する労働条件については、最終的に賃金の総額を見据えた交渉が行われることが通例であることや、手当や待遇の中には共通の趣旨を含むものがあることもまま見られることも公知の事実であり、個別の労働条件ごとに相違の不合理性を判断する場合においても、個々の事案におけるそのような事情を「その他の事情」として考慮した上で、人事制度や賃金体系を踏まえて判断することになるのであるから、被告の上記主張は、採用することができない。」

この裁判例は、以上の考え方を前提に、手当の一部については、労働契約法20条が禁止する不合理な差異であると結論付けました。

※一言コメント

労働契約法20条の解釈論としては首肯できるものではありますが、本文で割愛した個々の手当についての評価の点は、考え方が分かれるところかもしれません。

期末手当の支給について、支給日在籍要件を設けることの合理性が肯定された事例(東京地裁平成29年6月29日判決)

本件は、平成28年4月末で被告会社を退職した労働者が、期末手当の支給基準である基準日要件(一定期日に在籍していることが手当の支給の要件である)に該当しないとして支給を受けられなかったことについて、不合理な差別であるとして、会社側に対して損害賠償を請求した事案です。

基準日要件の有効性について、裁判所は、本件の期末手当が賞与の性質を有することを確認したうえで「企業が賞与の支給について、支給日に近接した基準日を設け、当該基準日に企業に在籍している(基準日前1箇月以内に退職又は死亡した場合を含む。)こと(以下「在籍要件」という。)を要求することは、当該企業の経営上の裁量に属する事項として合理性が認められると解するのが相当である」という、従来の最高裁の考え方を確認しました。

そして、本件の期末手当について、内容を確認し、原告らの所属する労働組合と被告との間で「夏季手当の支給に関して、支給の方法及び具体的な取扱いについては被告の作成する賃金規程による」旨の合意があることも認定のうえ、「被告が期末手当の支給について、上記のとおり支給日に近接した基準日を設け、基準日における在籍要件を設ける取扱いをすることには、一定の合理性が認められる」として、原告の請求を認めませんでした。

※一言コメント

賞与に関する支給日在籍条項については、上記のとおり最高裁判例がありますが、この判例の考え方が、賞与的な性質を有する手当においても確認されたものです。

定年延長を受ける権利がある旨の地位確認を定年前に求める訴えが不適法とされた事例(大阪高裁平成29年4月14日判決)

本件は、簡略化すると、大学教授が、65歳での定年後も「70歳まで定年延長を受ける権利がある」として、平成30年~平成35年までの労働契約上の地位確認を求めたという事案です。

民事訴訟法上の原則として、地位確認の対象は「現在の」権利関係とされており、「将来の」地位確認が認められることは例外的ですが、本件ではこの点が争点となりました。

裁判所は『将来の法律関係の確認を求めることは、不確定な法律関係の確認を求めるものであって、現在における紛争解決の方法としては原則として不適切と考えられる。しかし、将来の法律関係であっても、権利侵害の発生が確実視できる程度に現実化し、かつ、侵害の具体的発生を待っていては回復困難な不利益をもたらすような場合には、当該法律関係の確認を求めることが紛争の予防・解決に最も適切であるから、これを確認の対象として許容する余地があるものと解される』との一般論を確認しました。

そのうえで、本件については『被控訴人(※高井注:大学側)の就業規則は、「社員は、満65歳をもって定年退職とするものとする。」(10条1項)、「第10条の本文については、(当分の間)大学院に関係する教授にして本法人が必要と認めたものに限りこれを適用しない。」(附則1項)と規定するのみであり、「大学院に関係する教授」(大学院教授)の定義も不明であるから、仮に長年にわたり被控訴人大学の「大学院教授」がかかる権利を有しているとしても、当審の口頭弁論終結日である平成29年3月1日から控訴人の定年時点である平成30年3月31日までには1年余りの期間があり、その間、控訴人と被控訴人との間の労働契約関係・契約内容に変更が生じる可能性や被控訴人大学における定年の制度に変更が生じる可能性がないとはいえないから、控訴人が「大学院教授」と同等に定年延長を受けられるか否かを判断するにはなお不確定要素が多いといわざるを得ない』『これに対し、控訴人は、定年までに転職する意思はない旨主張するが、労働契約関係・契約内容は必ずしも控訴人の意思のみによって決まるものではないし、控訴人の現時点の医師が定年時点まで継続するとも限らないから、上記主張によっても変更の可能性は否定されない』としました。

結論として『そうすると、いまだ、控訴人の将来の労働契約上の権利に対する侵害発生が確実視できる程度に現実化しているとは言えないから、本件訴えは、不確定な法律関係の確認を求めるものとして不適法というべきである』と判示し、教授側の訴えを認めませんでした。

※一言コメント

本件は、いわゆる『確認の利益』という民事訴訟法上の問題であり、これが労働契約を素材として現れたものです。労働者側からすると、将来の権利関係を固めておきたいという要望はよく理解できるところですが、民事訴訟法理論との関係では、判決の結論は正当だと思います。

定年後に、70歳まで再雇用が継続するとの期待に合理性があるとされた事例(東京地裁平成28年11月30日判決)

本件は、簡略化すると、被告が運営する大学で専任教員として採用されていた原告労働者が、大学職員の就業規則に基づき65歳で定年退職扱いになったことについて、①定年を70歳までとする合意又は労使慣行があった②採用時に「65歳で定年となって以降、70歳まで特別専任教員として再雇用される」という合意があった③仮に①②が認められないとしても、65歳での定年後に70歳まで特別専任教員として1年ごとの契約を結ぶことについて、原告が期待を持つことは合理的だから、この期待通りの法的地位が認められるべき(より具体的には、有期契約の更新についての雇止め法理が類推適用されるべき)と主張した事案です。

裁判所は、採用の経緯等についての事実認定を行い、①及び②については原告の主張を認めませんでした。

しかし、③について、定年後の再雇用が大学側の裁量であるとしても「その裁量は全くの自由裁量であるとは解されず、その権限を逸脱濫用するような運用をすることは権利の濫用として許されるものではない(労契法3条5項、民法1条3項)。そして、労働者において定年時、定年後も再雇用契約を新たに締結することで雇用が継続されるものと期待することについて合理的な理由があると認められる場合、使用者において再雇用基準を満たしていないものとして再雇用をすることなく定年により労働者の雇用が終了したものとすることは、他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情がない限り、客観的に合理的な理由を書き、社会通念上相当であると認められず、この場合、使用者と労働者との間に、定年後も就業規則等に定めのある再雇用規程に基づき再雇用されたものと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当である(労契法19条2項類推適用、最高裁平成23年(受)第1107号同24年11月29日第1小法廷判決・裁判集民事242号51頁参照)」との判断枠組みを踏襲しました。

そのうえで、本件では、原告採用時の被告側の説明について「C理事の説明(高井注:「定年は65歳。65歳を超えると、1年毎の契約で70歳までOK。身分は特任教授。payは7割になる」「65を基本にしながら70まで実質的な雇用保障がされております」「実質的には70定年だと、私はそう思っていました」等の説明をしたと認定されています)は、原告が公募申込前に電話で問い合わせをした際になされたものであるから、C理事の経験に基づく個人的な見解を述べたものであり、同人が原告の労働条件を正式に提示したものと評価できるものではない。しかし、この点を差し引いても、C理事は、その後、原告の採用面接を担当するなど主として原告の採用に携わった者であることからすれば、C理事の説明を信頼し、本件再雇用契約が締結されるものと原告が期待することに合理性がないとはいえない」としました。また、「被告も、本件契約締結時点において、将来、原告との間で再雇用契約を締結することについて合意まではしていないとしても、本件大学の当時の教員事情に照らして、D次長が、原告に対し、70歳まで雇用される可能性がかなりあるという趣旨の説明をしていたことは認められるところ、かかる言動は、本件再雇用契約締結に対する期待を相当持たせる言動であるというべきである」と評価しました。

こうした事情に加え「本件再雇用契約締結に対する期待を持ったからこそ、原告は被告に転職することを決断したものであり(略)、その期待に沿った形で原告が再雇用を拒否される平成26年8月までの間、本件再雇用契約の締結を希望した専任教員の全員が再雇用契約を締結して、70歳まで契約更新を繰り返していたこと(略)、本件再雇用契約を希望するか否かの意思確認も平成25年度までは対象教員に口頭で確認するのみの簡易な手続であったこと(略)及び私立大学の定年事情として東京地域では70歳を定年とする大学が約26.9%あること(略)がそれぞれ認められる。」としたうえ、「以上の事情を総合考慮すれば、本件規程の文理上は、「理事会が必要と認めたとき」には、特別専任教員として1年毎の再雇用契約を「委嘱する場合がある」(略)と記載されており、委嘱することが原則であるとまで読み取ることができないことを十分考慮しても、原告において、定年時、本件再雇用契約を締結し、70歳まで雇用が継続することが合理的であると認められる」と結論付けました。

なお、契約期間について「被告は、原告との間で再雇用契約を締結したと擬制されるとしても、その雇用期間は、平成27年4月1日から平成28年3月31日までの1年間に限定されるべきであると主張するが、いったん労働者に継続雇用への合理的期待が生じた以上、合理的期待を減殺するような事情がない限り、使用者が就労を拒否している訴訟期間中も労働者の雇用継続に対する合理的期待は持続されているものと解するのが相当である。したがって、定年後の再雇用契約の満期(平成28年3月31日)に、再度再雇用契約が更新されたものと同様の法律関係となる」と判断しています。

※会社側からすると、定年後の再雇用についての会社制度(再雇用規程)が否定された形になっているので、予測可能性を害する結論になります。本件では、①採用時に(再雇用制度の形式的な内容と異なり)70歳までの雇用継続が保障されるような説明をしていたこと、②実際にも、1年ごとの更新という形式をとりながら全員が70歳まで雇用されていたこと、という2点が、裁判所の判断を導くうえで大きな事情だったと思われます。

車両管理業務に従事する者につき、年齢により賃金額に相違を設けたことは不法行為に当たらないとされた事例(東京地裁平成28年8月25日判決)

本件は、車両管理業(会社役員の車など、企業等が保有する自動車の運行管理を代行)を営む会社で就労していた労働者が、同じ内容の仕事をしている従業員のうち、60歳以上の者の賃金額が60歳未満の者の賃金額より低いことにより損害を被ったとして、差額賃金等の支払いを求めたものです。

年齢によって賃金額に差異を設けていることが違法と評価されるか、という点が主要な争点となりました(その他の主張は割愛します。)。

この点、裁判所は、「原告は、雇用者は、性別、雇用形態等に関わらず、同じ仕事をしている人や、違う仕事でも同じ価値の仕事をしている人に対しては、同じ賃金を支払わなければならないとして、いわゆる同一価値労働同一賃金の原則を主張する。しかし、我が国の現行法令上、原告の主張する上記原則を定めた規定と解されるものは見当たらない。ただし、そうであるとしても、上記賃金の差異が社会通念上相当と認められる程度を逸脱し、不合理な差別と認められる場合には、このことが被告の原告に対する不法行為の権利侵害に当たることもあり得るものというべきである」と判示しました。

しかし、本件事案を具体的に検討したうえで、「一般に企業が人材のいかなる属性等に着目してどのような処遇を行うかは当該企業の経営判断に委ねられるべきものであって、当該人材の労働条件をどのように設定するかについては、当該企業の裁量の余地が相当程度認められるべきである。この点、被告は、被告の車両管理者の基本給与を決定するに当たっては、被告が自家用自動車管理業を安全かつ確実に行うため、責任感と優秀な技能を有し、かつ、健康な若年層及び中年層の車両管理者をより多く擁する必要があるとの認識や、高年齢者は様々な健康問題を抱えている場合が少なくなく、また、自動車運転にとって必要な能力、技能等は加齢とともに低下していくとの認識の下、若年層及び中年層に対しては高年齢者層に対する場合と比べて手厚い処遇をすることとしているというのである。このような考え方自体は、専任社員につき満60歳での定年制を採用し(書証略)、もっていわゆる終身雇用型の雇用制度を採用している被告が、被告に採用された後はそのままより若い労働者を優遇するという点からも一定の合理性があるものということができ、この点についての被告の裁量は、相当程度確保されるべきである」としたうえ、定年後に賃金が定年前よりも下がること自体は一般的であること等を挙げ、60歳以上の者の賃金額が60歳未満の者の賃金額より低いことは不合理ではないとし、原告労働者の主張を認めませんでした。

定年後に再雇用された嘱託の労働者について、労働契約法20条違反には当たらないとされた事例(東京高裁平成28年11月2日判決)

本件は、被告を定年退職後に再雇用された原告が、「自身の労働条件が、期間の定めのない労働契約における労働者と異なっていることは不合理である」として争った事案です。第一審(東京地裁)は原告労働者の請求を認めたため、被告会社側が控訴をしていました。

争点は、①労働契約法20条適用の有無、②仮に同条の適用がある場合の同条違反の有無でした。

まず、①について、会社側は、「本件の有期労働契約の内容である労働条件は、定年退職後の労働契約として新たに設定したものであり、定年後再雇用であることを理由に正社員との間で労働条件の相違を設けているのであって、期間の定めがあることを理由として労働条件の相違を設けているわけではないから」本件に労働契約法20条は適用されないとの主張をしていました。しかし裁判所は、「労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違が不合理なものであることを禁止する趣旨の規定であると解されるところ、同条の『期間の定めがあることにより』という文言は、有期契約労働者の労働条件が無期契約労働者の労働条件と相違するというだけで、当然に同条の規定が適用されることにはならず、当該有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違が、期間の定めの有無に関連して生じたものであることを要するという趣旨であると解するのが相当であるが、他方において、このことを超えて、同条の適用範囲について、使用者が専ら期間の定めの有無を理由として労働条件の相違を設けた場合に限定して解すべき根拠は乏しい」としたうえ、本件では「有期契約労働者である嘱託社員と無期契約労働者である正社員の間には、賃金の定めについて、その地位の区別に基づく定型的な労働条件の相違があり、これにより被控訴人(※労働者)らの賃金が定年時のものより減額されている」として、労働契約法20条の適用があることを認めました。

②については、「労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違が不合理と認められるか否かの考慮要素として、①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲のほか、③その他の事情を掲げており、その他の事情として考慮すべきことについて、上記①及び②を例示するほかに特段の制限を設けていないから、労働条件の相違が不合理であるか否かについては、上記①及び②に関連する諸事情を幅広く総合的に考慮して判断すべきものと解される」としました。

そのうえで、定年後の嘱託社員と正社員とで、①②についてはおおむね同じであるとしたうえで、③についても、本件の有期労働契約が高年齢者雇用安定法により義務付けられた高年齢者雇用確保措置の選択肢の一つであり、社会一般で広く行われていることを確認したうえ、「従業員が定年退職後も引き続いて雇用されるに当たり、その賃金が引き下げられるのが通例であることは、公知の事実と言って差し支えない(なお、書証略)。そして、このことについては、我が国において、安定的雇用及び年功的処遇を維持しつつ賃金コストを一定限度に抑制するために不可欠の制度として、期間の定めのない労働契約及び定年制が広く採用されてきた一方で、平均寿命の延伸、年金制度改革等に伴って定年到達者の雇用確保の必要性が高まったことを背景に、高年齢者雇用安定法が改正され、同法所定の定年の下限である60歳を超えた高年齢者の雇用確保措置が、ごく一部の例外を除き、全事業者に対し段階的に義務付けられてきたこと、他方、企業においては、定年到達者の雇用を義務付けられることによる賃金コストの無制限な増大を回避して、定年到達者の雇用のみならず、若年層を含めた労働者全体の安定的雇用を実現する必要があること、定年になった者に対しては、一定の要件を満たせば在職老齢年金制度(書証略)や、60歳以降に賃金が一定割合以上低下した場合にその減額の程度を緩和する制度(高年齢雇用継続給付)があること、さらに、定年後の継続雇用制度は、法的には、それまでの雇用関係を消滅させて、退職金を支給した上で、新規の雇用契約を締結するものであることを考慮すると、定年後継続雇用者の賃金を定年時より引き下げることそれ自体が不合理であるということはできない」等として、有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の差に不合理はないとして、労働者側の主張を排斥しました。

一言コメント

第一審では、定年後の再雇用者と通常の正社員との労働条件の差は不合理なものとされていましたが、この点の判断が逆転した形です。理由としては「定年前と定年後の処遇に差を設けることが社会的にも妥当である」という点が大きく、その意味で、法律論というよりは政策論という側面が強い判示であると考えます。

正社員登用試験への受験資格を与えなかったことが契約上の義務違反には当たらないとされた事例(大阪地裁平成28年2月25日判決)

本件は、被告(会社)の契約社員であった原告ら(労働者)が、入社4年後に被告の正社員登用試験を受験する機会を与えられなかったことが、被告の債務不履行又は不法行為にあたるとして、慰謝料等の支払を求めた事案です。

争点は、正社員登用試験の受験資格が、契約上保障されていたものといえるか、という点でした。関連する条文としては、被告の就業規則に「契約社員としての雇用期間が満4年に達した者のうち、前条に該当しない等、勤務成績や健康状態等が適格と見られる者について、所属長の上申に基づき正社員への登用試験の受験資格を与える。尚、受験回数は3回を限度とする」という規定がありました(以下、「本件条文」といいます。)。

この点、裁判所は、被告の正社員登用試験制度の趣旨目的について「同試験制度は、主として正社員の欠員補充を目的とするものであると認められる(なお、証人Jの証言によれば、この他に、契約社員のモチベーションの維持向上をも目的とするものであると認められる。)。このような同制度の趣旨目的に照らすと、被告は、同試験の受験資格等について、正社員の欠員状況や必要人数、更には被告の経営状況や事業計画等を総合的に勘案した上で決定し、実施していると認められる。」としました。

そして、原告らには正社員登用制度の受験資格が契約上保障されていた、という原告の主張について「原告らは、本件条文の文言、本件条文が新設された経緯に鑑みれば、本件条文は、契約社員としての雇用期間が満4年に達した者に対して直近の正社員登用試験の受験資格を与えるとする内容を定めたものというべきである旨主張する。」「しかしながら、本件条文には、契約社員としての雇用期間が満4年に達した者に対して「直近の」正社員登用制度の受験資格を与える旨の文言がないこと、上記認定した正社員登用試験制度の趣旨及び受験資格者の推移、(中略)、そもそも上記認定説示したとおり、正社員登用試験の導入された趣旨目的が正社員の補充にあったことから、同試験を受験するために必要となる勤続年数は、正社員の定員の充足状況に応じて決定されるため、勤続年数4年になれば必ず正社員登用試験を受験できるとは限らなかったこと(同趣旨から、4年に達せずに受験資格を得る者もいた。)、これまでの被告における正社員登用試験の受験資格や1年間の受験回数の推移等の事情を総合的に勘案すると、原告らが主張するような点(契約社員としての雇用期間が満4年に達した者に対して「直近の」正社員登用試験の受験資格を与えるという点)が原告らと被告との間の契約社員に係る雇用契約の内容となっていたといえないと認めるのが相当である。」として、原告の主張を認めませんでした。

※一言コメント

正社員登用制度の趣旨が「労働者の地位の安定ではなく会社側の欠員補充の点にある」という認定がされたことが、結論の決め手になっているように思われます。

定年後再雇用された嘱託者について、労働契約法20条違反が認められ、無効とされた部分については正社員の就業規則が適用されると判断された事例(東京地裁平成28年5月13日判決)

本件は、被告を定年退職した後に被告と期間の定めのある労働契約を締結した原告が、「自身の労働条件が、期間の定めのない労働契約を締結している労働者と不合理に異なっている」として、期間の定めのない労働契約の場合との同様の労働条件にあることの確認等を求めたという事案です。

争点は、①労働契約法20条の適用の有無、②適用される場合の効果でした。

この点、①については「本件有期労働契約は、期間の定めのある労働契約であるところ、その内容である賃金の定め(中略)は、正社員(被告との間で期間の定めのない労働契約を締結している撤車等の従業員)の労働契約の内容である賃金の定め(中略)と相違しているから(以下、この相違を「本件相違」という。)、本件有期労働契約には、労働契約法20条の規定が適用されることになる。」

「この点、被告は、本件有期労働契約の内容である労働条件は、定年退職後の労働契約として新たに設定したものであり、定年後再雇用であることを理由に正社員との間で労働条件の相違を設けているのであって、期間の定めがあることを理由として労働条件の相違を設けているわけではないから、本件有期労働契約に労働契約法20条の規定は適用されない旨を主張する。しかしながら、労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が不合理なものであることを禁止する趣旨の規定である解されるところ、同条の「期間の定めがあることにより」という文言は、ある有期契約労働者の労働条件がある無期契約労働者の労働条件と相違するというだけで、当然に同条の規定が適用されることにはならず、当該有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が、期間の定めの有無に関連して生じたものであることを要するという趣旨であると解するのが相当であるが、他方において、このことを超えて、同条の適用範囲について、使用者が期間の定めの有無を理由として労働条件の相違を設けた場合に限定して解すべき根拠は乏しい。しかるところ、本件において、有期契約労働者である嘱託社員の労働条件は、再雇用者採用条件によるものとして運用されており、無期契約労働者である正社員の労働条件に関しては、正社員就業規則及び賃金規定が一律に適用されているのであって、有期契約労働者である嘱託社員と無期契約労働者である正社員との間には、賃金の定めについて、その地位の区別に基づく定型的な労働条件の相違があることが認められるのであるから、当該労働条件の相違(本件相違)が期間の定めの有無に関連して生じたものであることは明らかというべきである」として、被告の主張を退けました。

そして、事案を詳細に検討のうえ、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違が不合理であるとの評価を前提に、②について、「本件有期労働契約の内容である賃金の定めは、労働契約法20条に違反するところ、同条は、単なる訓示規定ではなく、民事的効力を有する規定であると解するのが相当であり、同条に違反する労働契約の定めは、その効力を有しないというべきである。」「被告の正社員就業規則3条は、「この規則は、会社に在籍する全従業員に適応する。ただし、次に掲げる者については、規則の一部を適用しないことがある。」とし、規則の一部を適用しないことがある者として「嘱託者」を定めており、これを受けて、被告は、嘱託社員に適用される就業規則として「嘱託社員就業規則」を制定するとともに、嘱託社員労働契約書に具体的な労働条件を記載していたことが認められる。」「このとおり、被告の正社員就業規則が原則として全従業員に適用されるものとされており、嘱託者についてはその一部を適用しないことがあるというにとどまることからすれば、嘱託社員の労働条件のうち賃金の定めに関する部分が無効である場合には、正社員就業規則の規定が原則として全従業員に適用される旨の同規則3条本文の定めに従い、嘱託社員の労働条件のうち無効である賃金の定めに津関する部分については、これに対応する正社員就業規則その他の規定が適用されることになるものと解するのが相当である」としました。

※一言コメント

労働契約法20条の解釈、という、法理論的な要素の強い判示ですが、実務に与える影響は相応のものがあると思います。おそらく被告は控訴すると思われますので、上級審の判断が注目されます。

転倒事故に伴う労働者からの損害賠償請求について、会社側の不法行為責任を認めつつも、過失相殺として7割の減額がなされた事例(大阪地裁平成27年9月29日判決)

本件は、会社従業員(Y1)から暴行を受けて転倒し、傷害(右第7肋骨骨折等)を負ったと主張する労働者(X)が、当該従業員及び使用者たる会社(Y2)に対して、損害賠償を請求した事案です。

Y側は、Xへの暴行(Xらの組合活動の際、Y1がXに迫り、Xの足を踏んだことによりXが転倒した)自体を否認していましたが、裁判所は、Y1がXの足を踏んだかどうかという点について「本件転倒事故の際に原告が撮影を行っていたビデオカメラの映像によっても、被告Y1が原告の足を踏みつけた様子は撮影されていないこと、甲12には、原告が転倒する際に両足を大きく上げる様子が写っており、足を踏まれてバランスを崩したとするにはやや不自然であること(中略)病院のカルテにも、「後ずさりしていて後に転倒」したとしか記載されていないこと等の事実に、被告Y1の供述をも総合すれば、被告Y1が原告の足を踏みつけたため原告が点灯したとの事実を認めることはできず、被告Y1が足を早めて原告に向かって前進したことから、原告と被告Y1の足部分が接触するなどし、その結果、原告がバランスを崩して点灯したと認めるのが相当である」として、Y1が原告の足を踏んだという原告の主張を認めませんでした。

しかし、「被告Y1は、ビデオ撮影をしている原告の正面からかなりの早さで身体を原告に接近させながら前進している様子が認められること、被告Y1は(中略)『オラ、なめとったらあかんぞ』と怒声を発して原告に迫っていること、原告が、本件転倒事故によって肋骨の骨折という傷害を負っており、原告が故意に転倒したとは考えにくいこと等の事情を総合すれば、被告Y1と原告の間に身体の接触が全くなかったとは考えにくく、仮に身体の接触がなかったとしても、被告Y1の行為は、撮影を制止するための必要最小限の行為の行きを超え、原告に対する違法な有形力の行使と評価すべきものである」として、Y1のXに対する暴行行為を認め、これが不法行為に当たると判断しました。そして、Y1の暴行は、Y2の事業の執行につきなされたものであるとして、Y2の使用者責任も肯定しました。

しかし、「Y1が原告を突き飛ばしたり足を踏みつけたりした事実を認めることはできず、Y1の行為は、それ自体が転倒という結果を生じさせる危険性の高い行為であるとまではいえない。そして、原告が転倒したのは、原告が、被告会社敷地内を撮影することをやめるように求められたのに、これに応じず、組合活動の一環とはいえ、ビデオカメラを掲げて撮影を続けるという不自然な姿勢のまま後ずさりをしたためバランスを崩したことが主たる原因であったというべきであり、本件転倒事故については、原告の過失のほうがより大きい」として、7割の過失相殺を認めました。

※一言コメント

不法行為の成立自体を認めつつも、原告の過失を7割と大きく加味した点に特殊性がある事例と考えられます。

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