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退職金に関する裁判例

退職金に関する最新の裁判例について、争点(何が問題となったのか)及び裁判所の判断のポイントをご紹介いたします(随時更新予定)。

普通解雇に際しての退職金減額が有効とされた事例(東京地裁令和4年12月2日判決)

本件は、要旨、以下の退職金不支給・減額規定(本件不支給等規定)がある会社において、解雇に伴う退職金の大幅減額の当否が問題となった事案です。

イ 退職金の不支給・減額(3条)
 次の各号の一に該当する者については、退職金を支給しないことができる。ただし、事情により退職金の支給額を減額して支給することがある(以下、この規定を「本件不支給等規定」という。なお、原告が、次の1号に形式的に該当することについては、当事者間に争いがない。)。
1号 就業規則の各事由による解雇(やむを得ない業務上の都合による解雇(2条3項)を除く。)
2号 懲戒規定に基づく懲戒解雇
3号 退職金の支給後に前2号規定の事由が発見された場合(この場合は支給した退職金の返還を求めることができる。)

裁判所は、要旨以下のとおり述べ、退職金の減額を有効と判断しました。

 2 争点について
(1)被告における退職金は、退職時における基本給の月額(上限30万円)に、勤続年数の増加に応じて上昇する支給基準率を乗じて算出された額を支給することとされ(本件退職金規程2条(前記前提事実(9)ア))、勤続年数が6年未満の者には退職金が支給されないこととされている(同4条2項(前記前提事実(9)ウ))など、賃金の後払い的性格と功労報償的性格を併せ持つものである(なお、退職事由によって退職金の支給額に差異が設けられていないこと(同2条(前記前提事実(9)ア))や、勤務成績が優秀であった者等に退職金とは別に退職慰労金を支給することがあるとされていること(同7条(前記前提事実(9)オ)は、功労報償的性格を有意に減殺する事情であるとまではいえない。)。
 したがって、本件不支給等規定については、被告における退職金の功労報償的性格に照らし、これを適用する合理性が一般的に否定されるものではないものの、賃金の後払い的性格に照らし、原告の被告における勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為があったと認められる場合に限り、適用が許されると解するのが相当である。

(3)評価
 前記(2)アのとおり、①原告は、被告が原告の給与を増額できるような状態ではなかったことを認識していたはずであるのに、経理担当者であるからこそ知り得た被告の経理情報に基づき、別口預金等に係る経理上の不正の存在をほのめかして金銭(給与の増額)を要求し、原告から脅迫されたと受け取った現社長との間の信頼関係を大きく毀損した。そして、原告は、この件により本件配転命令を受けると、前記(2)ウのとおり、②長年にわたり役員に近い水準の高額な給与の支払を受けていた幹部職員でありながら、合理的な理由なく、本件配転命令に強く抵抗し、業務命令に違反して経理業務の引継ぎを拒否し、長期間にわたり被告及び被告の従業員の業務に支障を生じさせた。そして、その結果、被告の経営上大きな問題を生じさせるとともに、被告との間の信頼関係だけでなく、原告から引継ぎを受けるために奔走した被告の従業員との間の信頼関係も失われるに至らせたものである。このような原告の行為は、悪質であり、その背信性の程度は著しいものといわざるを得ない(なお、被告は、原告に対する対応として、懲戒解雇を選択せず、普通解雇(本件解雇)を選択したものであるが、そのこと自体により原告の行為の背信性の程度が左右されるものではない。)。
 そうすると、原告の行為により被告に生じた業務上の支障を一定程度限定する事情が認められること(前記(2)ウ(イ)①から④まで)、さらに、原告が、19年(アルバイトとして勤務した期間を含めると28年)にわたり、被告の経理業務を担当してきたものであって(前記前提事実(2)、前記認定事実(2)、弁論の全趣旨)、被告に対する一定の貢献が認められることを斟酌したとしても、原告の行為は、原告の被告における勤続の功を大きく減殺するものであって、その減殺の程度を3分の2とした被告の判断は相当なものであるというべきである。
 したがって、被告が、原告に対し、本件不支給等規定を適用し、退職金の支給額を3分の1に減額したことは有効である。

懲戒解雇に伴う退職金の全額不支給が有効と判断された事例(東京高裁令和3年2月24日判決)

本件は、銀行に勤務していた労働者が、対外的な秘密資料である行内文書等を無断で多数持ち出して対外的に漏洩したことを理由に懲戒解雇処分を受け、退職金も全額不支給とされたことについて、懲戒解雇の有効性や退職金不支給の適法性等が問題となった事案です。

第1審(東京地裁)では、懲戒解雇は有効とされたものの、退職金の全額不支給は無効とされ、退職金の3割の支払が相当とされていました。ところが、控訴審(東京高裁)では、原審を変更し、懲戒解雇は有効であることを前提に、以下のとおり、退職金の全額不支給も適法と判断されました。

3 争点3(退職金支払請求権の有無及びその額)について判断する。
(1)本件退職金規程(原判決別紙1)5条1項は,懲戒処分(懲戒解雇に限らず,戒告から懲戒解雇まで軽重7種類の処分がある・原判決4頁22行目~5頁4行目参照)を受けた者の退職金は減額又は不支給とすることがある旨を規定しており,懲戒処分を受けた者に対する退職金の支給,不支給については第1審被告の合理的な裁量に委ねている。そして,懲戒処分のうち懲戒解雇の処分を受けた者については,原則として,退職金を不支給とすることができると解される。ただし,懲戒解雇事由の具体的な内容や,労働者の雇用企業への貢献の度合いを考慮して退職金の全部又は一部の不支給が信義誠実の原則に照らして許されないと評価される場合には,全部又は一部を不支給とすることは,裁量権の濫用となり,許されないものというべきである。
(2)本件について具体的に検討する。
 第1審原告の懲戒事由は,多数の非公表情報(MB・MCランクの情報・原判決15~16頁参照)を反復・継続的に持ち出し,漏えいしたというものである。持ち出し,又は漏えいした情報の中には,複数のMBランクの情報(漏えいが生じた場合,顧客等や第1審被告グループの経営や業務に対して重大な影響をおよぼすおそれがあるため厳格な管理を要するもの)が含まれている。さらに,第1審原告が漏えいしたMBランクの情報が雑誌やSNSに掲載され,非公開情報が一般の公衆に知られるという現実的な被害も発生している。
 金融業・銀行業を営む第1審被告にとって,情報の厳格な管理,顧客等の秘密の保持は,他の業種にも増して重要性が高く,企業の信用を維持する上での最重要事項の一つである。
 そうすると,第1審原告の行為は,第1審被告の信用を大きく毀損する行為であり,悪質である。また,現実に雑誌やSNSに掲載されて一般人にアクセス可能となった情報は,通常は金融機関(銀行)から外部に漏えいすることはないと一般人が考えるような種類,性質のものであったから,その信用毀損の程度は大きく,反復継続して持ち出し,漏えい行為が実行されたことも併せて考慮すると,悪質性の程度は高い。そうすると,第1審原告が永年第1審被告に勤続してその業務に通常の貢献をしてきたことを考慮しても,退職金の全部を不支給とすることが,信義誠実の原則に照らして許されないとはいえず,裁量権の濫用には当たらないというべきである。
(3)第1審原告は,退職金は賃金の後払いであるから,不支給とすることは許されないと主張する。しかし,退職金に賃金の後払い的な性格があるとしても,それは退職金の経済的側面における一つの性質を表現したものにすぎない。過去の労働に対する対価であることが,法的に確定しているわけではない。そうすると,悪質な非行により懲戒解雇された労働者について,退職金支払請求権の全部又は一部を消滅させることは,違法ではない。
 また,第1審原告は,退職金全額を不支給とするには,当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要であると主張する。しかし,勤続の功績と非違行為の重大さを比較することは,一般的には非常に困難であって,判断基準として不適当である。また,本件について個別に検討を加えると,第1審原告の懲戒事由は,金融業・銀行業の経営の基盤である信用を著しく毀損する行為であって,永年の勤続の功を跡形もなく消し去ってしまうものであることは明確であると判断することが可能である。本件は,例外的に,勤続の功績と非違行為の重大さを比較することが,困難ではないのである。いずれにせよ,本件における退職金全部不支給が違法であるというには,無理があるというほかはない。

退職時の引継ぎを怠ったこと等を理由とした退職金不支給が無効とされた事例(東京地裁令和元年9月27日判決)

本件は,被告会社を自己都合により退職した労働者が,退職金規定に基づく退職金の支払いを請求したところ,被告会社が,退職時の業務引継ぎの懈怠等が退職金不支給条項に該当するとして支払いを拒んだため,原告請求の当否が問題となった事案です(その他の点は割愛)。

裁判所は,要旨以下のとおり述べ,退職金請求を認めました。

「退職金が賃金の後払い的性格を有しており,労基法上の賃金に該当すると解されることからすれば,退職金を不支給とすることができるのは,労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しい背信行為があった場合に限られると解すべきである。

 これを本件についてみると,上記(2)のとおり,被告が本件背信行為として主張するものの多くは,そもそも懲戒解雇事由に該当しないものである上,仮に懲戒解雇事由に該当しうるものが存在するとしても(本件配信(ママ)行為12ないし14及び17)その内容は原告が担当していた業務遂行に関する問題であって被告の組織維持に直接影響するものであるとか刑事処罰の対象になるといった性質のものではなく,これについて被告が具体的な改善指導や処分を行ったことがないばかりか,被告においても業務フローやマニュアルの作成といった従業員の執務体制や執務環境に関する適切な対応を行っていなかったのであり,また,上記(2)の認定判断のとおり被告に具体的な損害が生じたとはみとめられないのであって,これらの点に,被告の退職金規程の内容からすれば,被告における退職金の基本的な性質が賃金であると解されること,原告とDとの関係を推認させる客観的な証拠である携帯電話の着信履歴,写真,LINE履歴及び会話の録音内容によれば,Dと原告がある時期被告における上司と部下の関係を超えて私的関係においても緊密な関係を有していたが,原告が被告を退職する直前にはDと原告との関係に軋轢が生じていたことがうかがわれるところであり(なお,被告の従業員が作成した陳述書には原告とDの関係に何ら問題がなかった旨の記載があり,また,被告新生の承認は同趣旨の証言を行うが,上記客観証拠の内容に照らすと,それらの証拠をにわかに採用することはできない。),原告において対面による引継行為を敬遠したことには一定の理由があると解され,原告において対面に拠る引継行為に代えて原告代理人を通じた書面による引継行為を行っていることなどの本件における全事情を総合考慮すると,原告について,被告における勤労の功を抹消してしまうほどの著しい背信行為があったとは評価できない。

 したがって,被告は,原告に対して,退職金規程に従って退職金を支払う義務を負う。」

手当の不正受給などを理由とした懲戒解雇の事案において,懲戒解雇は有効とされたものの,退職金4割の支払が相当とされた事例(東京地裁平成30年5月30日判決)

本件は,実際は家族と同居していたにもかかわらず,これを秘して単身赴任手当を受給していた労働者が懲戒解雇された事案について,懲戒解雇の有効性が争われた事案です。なお,本件の使用者においては「懲戒解雇の場合は,退職金を支給しない」旨の定めがあったため退職金も支給されておらず,この点の当否も争点となりました(ここでは,退職金に関する部分のみ取り上げます。)。

裁判所は,懲戒解雇自体は有効としましたが,これに伴う退職金の全額不支給については,以下のように述べ,4割分の支払は行うべきと判示しました。

「退職金は,通常,賃金の後払い的性格と功労報償的性格を併せ持つものであるところ,(中略)一時金(加算金)(※判決において,退職金に当たると判断されています)は,原告を含むKDD(ケィディディ株式会社)の退職金制度若しくは退職年金制度に加入していた従業員について,平成15年3月31日現在での退職金算定基礎給に同日時点での支給率を乗じたものの2分の1を支給するものであり(中略),とりわけ被告の前身会社であるKDD(ケィディディ株式会社)における賃金の後払い的性格及び功労報償的性格の色彩が強いものということができる。このような一時金(加算金)の性格からすると,本件不支給規定に基づきこれを不支給又は減額支給とできるのは,同規定の内容に関わらず,当該従業員のそれまでの長年の勤続の功のうち,KDD(ケィディディ株式会社)における長年の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られると解するのが相当である。

 これを原告についてみるに,(中略)原告は,3年以上の期間において,原告と被告が雇用関係を継続していく前提となる信頼関係を回復困難な程に毀損する背信行為を複数回にわたり行い,被告に400万円を超える損害を生じさせるなどしたものであって,原告の同各行為は,(中略)将来にわたる原告と被告の信頼関係を回復困難な程に毀損するのみならず,それまでの原告の長年の勤続の功のうち,KDD(ケィディディ株式会社)における長年の勤続の功についても,相当大きく減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為に当たると言わざるを得ないものの,原告の上記各行為の時期,期間及び内容に照らして,その功を完全に抹消したり,その殆どを減殺したりするものとまではいえず,(中略)一時金(加算金)315万0615円については,本件不支給規定の適用も,その6割である189万0369円を不支給とする限度でのみ合理性を有する(同規定も同限度で有効である)と解するのが相当である」

※判断枠組み自体は概ねこれまでの裁判例の傾向に沿うものですが,退職金の性質を考慮した上,前の会社での勤続の功への影響を問題としている点が特徴的だと思います。

運送会社における非運転手の労働者について,業務時間外の酒気帯び運転が退職金の不支給事由に該当するとして,5割減額が認められた事例(平成29年10月23日東京地裁判決)

本件では,国内最大手の運送業者にて,運送業務以外の業務(空港における航空機の搭乗手続き等)に従事していた労働者が,就業時間外に酒気帯び運転をしたことで懲戒解雇処分を受け,退職金を不支給とされたことについて,労働者側が,自己都合退職の場合と同様の退職金等の支払を求めた事案です。

裁判所は,まず,懲戒解雇の有効性について「飲酒運転については,近時,厳罰化が図られてきたにもかかわらず,未だ悲惨な事故が後を絶たず,社会的非難が極めて強いところ,企業において,従業員に対し,飲酒運転の禁止を徹底させ,就業時間内における飲酒運転はもちろん,私生活上の非行である就業時間外の飲酒運転であっても厳罰をもって臨むことは,企業としての名誉,信用ないし社会的評価を維持するために当然認められなければならない。とりわけ,被告は,各種運送事業を目的とする国内最大手の運送業者であり(中略),会社を挙げて飲酒運転を阻止すべきとの社会的要請も強く,このため,運送事業に従事する従業員か否かを問わず,就業規則84条2号ないし労働協約66条2号において,就業時間内外の飲酒運転を原則として解雇事由としていることは,必要的かつ合目的的であるといえる。

また,(中略)原告は,本件事故前日が公休日であったとはいえ,断続的に飲酒をするとともに,就寝の際,医師から飲酒時の服用を禁止されていた精神安定剤等を服用したため,本件事故当日の朝,ふらつき感を覚え,発熱まであり,欠勤するに至ったにもかかわらず,更に飲酒を続けた上,高濃度のアルコールを身体に保有する状態で本件自動車を運転した結果,運転を誤って営業中のスーパーマーケットの玄関付近に自車を衝突させたとういのであって,本件酒気帯び運転は,その態様が悪質であり,その行為に至る経緯に酌量の余地はない。さらに,(中略)本件事故は,幸い物損事故で済んだものの,人身事故となるおそれもあり,本件店舗に修理費162万円を要するほどの損傷を与えるなど,同店舗関係者及びその利用者らに与えた精神的衝撃も小さくなく,その結果も重大である。加えて(中略)原告は,本件事故により酒気帯び運転が発覚し,臨場した警察官に現行犯逮捕されるに至り,実名で新聞報道がされるなどしており,その社会的影響も軽視することはできない」として,労働者側に有利な諸事情(①26年以上の長期にわたり,懲戒処分を受けることなく真面目に勤務を続けてきたこと,②本件酒気帯び運転等について素直に認め被害者に謝罪し,自身の加入していた自動車保険を利用して被害弁償を行い,被害者から宥恕されていること③被告会社にも謝罪し,自ら退職届を提出していること④被告会社の従業員であることまでは報道されていないこと)を考慮しても,懲戒解雇処分は有効であると判断しました。

また,これを前提とした,退職金の不支給については,懲戒解雇処分による退職が,被告所定の退職金不支給条項に該当するとしたうえで,退職金が,功労報償的な性格・賃金の後払い的な性格を有することを指摘し「労働者に退職金不支給条項に該当する事由が認められるとしても,直ちに退職金全額の不支給が認められるわけではなく,退職金の不支給ないし減額が正当化されるのは,当該労働者において,それまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為が認められる場合であると解するのが相当である」との判断枠組みを示しました。そして,本件では,上述のような諸事情を考慮の上,加えて「被告は,原告の持病の治療や父親の看護等を慮って,懲戒委員会の開催を遅らせるとともに,処分決定までの間,原告を無給の休職とすることなく,自宅待機を命じ,基準内賃金を支払っていたこと(中略)等の事情を総合すると,本件酒気帯び運転が原告のそれまでの勤続の功労を全て抹消するものとは認めがたいものの,大幅に減殺するものといえ,その減殺の程度は5割と認めるのが相当」として,結局,本来支払われるべき退職金242万8934円の5割である121万4467円の支払を認めました。

退職金に関する入社時の合意が有効とされた事例(平成28年7月20日東京地裁判決)

本件は、中途採用で部長として採用された労働者が、退職後に、採用時の雇用契約書に基づいて退職金の請求をしたところ、会社がその支払いを拒んだという事案です。

本件で、会社側は、雇用契約書の真正(※本物の契約書であること、という程度の意味です)を否認したため、その点が主要な争点となりました(その他、在職時の賃金減額の有効性等も争点となりましたが、ここでは割愛いたします。)。

この点、裁判所は「本件通知書(※雇用契約書のことです)の被告の代表取締役の記名部分に押印されている印影は、被告の総務部長印の印影と一致していることが認められ、これによれば、本件通知書の被告の記名押印部分は真正なものと推認され、したがって、民事訴訟法228条により、被告作成部分の全部が真正に成立したものと認められる。そして、本件通知書の原告作成部分は、証拠(略)により申請に成立したものと認められるので、本件通知書は、文書全体が真正に成立したものと認められる。」として、この契約書に会社印が押印されていること等を根拠に、雇用契約書が真正なものと判断しました。

この点、会社側は「本件の契約書に押印されたのは、通常、会社が雇用契約書に用いる印鑑ではない」「本件の雇用契約書は会社が通常用いているものと書式が異なる」等の主張もしておりましたが、裁判所は、いずれも、これを裏付ける的確な証拠はなく、また、労働者側より提出された証拠(他の労働者の採用関係書類においても、本件と同様の印鑑が押印されていたこと)と整合しない、旨の判断を示し、これを排斥しました。

結論として、雇用契約書は真正なものであり、これに基づく労働者からの退職金請求を認容しました。

※退職金は、退職時に当然に発生するものではなく、これを請求するためには契約上の根拠(就業規則、明確な支払慣行等)が必要です。本件は、この契約上の根拠として、雇用契約書が主張されたところ、その真正が問題となった点が特徴的と言えます。

就業規則変更による退職金の減額につき、有効とされた事例(平成28年10月25日大阪地裁判決)

本件は、被告(学校)の教職員だった原告らが、人事制度の変更に伴い就業規則が変更されたことで退職金が減額されたことについて、当該減額が無効であるとして、減額分の支払を請求した事案です。

争点は、就業規則変更による退職金減額の有効性、でした。

この点、裁判所は「退職金は退職金規程等において、具体的な支給条件や支給基準が定められることで発生する権利であるところ、被告の退職金支給規則においては、退職時の基本給に退職金支給率を乗じるという計算式が採用されているが、本件変更の前後を通じて、「本俸」と「基本給」という名称の相違がある以外は実質的な変更はなく、原告らの退職金が減額になったのは、退職金支給率や支給率の算定期間が変更になったことによるものではなく、給与規則が変更され、各号俸に対応する基本給の額が減額となったことによるものである。そして、本件変更が、退職金制度のみを変更するものではなく、人事制度全体を改正するものであることからすれば、退職金支給規則のみに着目するのではなく、人事制度全体に着目することが必要である」として、本件において労働条件の不利益変更の合理性を考える際の視点を示しました。

そして、「賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずる」という従前の最高裁の考え方を確認したうえで、本件について検討しました。

まず、退職金減額の必要性について、被告の経営状態が危機的であること、当該経営危機について漫然とこれを放置したものではないことを確認しました。

そのうえで「確かに、賃金や退職金等は労働者の生活に直接関わる重要な事項であることからすれば、経営状態が悪化したからと言ってただちに労働条件を不利益に変更することが許されるものではないが、他方で、経営状態の悪化が進み、末期的な状態にならない限り、労働条件の改正に着手することが許されないものではなく、むしろ、末期的な状況になってからでは遅いともいえるのであり(法人が破綻してしまえば、結局、労働者にとっても大きな不利益となるし、破綻に至らなくとも整理解雇が避けられない事態となれば、やはり解雇対象となった労働者にとって大きな不利益となる。)、収入の増加及び労働者の労働条件に直接かかわらない支出の削減を優先すべきことは当然ではあるが、法人が末期的な状態に至ることを回避すべく、複数年にわたって赤字経営が続いており、その改善の見込みもなく、潤沢な余剰資産があるわけでもないというような状況下においては、破綻を回避するために労働条件を不利益に改正することもやむを得ないというほかない」として、労働者の保護という視点を前提としても、労働条件の切り下げがやむを得ない場合があることを認めました。

そして、本件については、「被告の経営状態は非常に悪化していたといわざるを得ず、経営状態が改善されなければ最悪の場合には解散をも視野に入れざるを得ない(中略)解散や整理解雇は、従業員に大きな影響を及ぼすものであることから、その前段階として回避努力を行うことが必要となるところ、既に説示したとおり、生徒数等に鑑みれば、収入が劇的に増加(回復)することは見込めないという状況下においては、支出を削減するという方法によるしかないこととなる」として「人件費の支出が大きな割合を占めるという被告の性質からすれば、経営状態を改善するためには、(中略)賃金体系(退職金を含む。)を抜本的に改革するほかなかったと言わざるを得ない」として、退職金の減額に高度の必要性があったと判断しました。

なお、退職金減額の程度(不利益の程度)については「金額で270万4163円ないし424万2680円の減額となっており、割合でみると84.5%ないし89.6%の支給率となっているが、この差は決して小さいものではないから、不利益の程度は大きいものであったと認められる」として、不利益自体は大きいことは認めました。

しかし、上記のとおり、賃金(退職金)減額の必要性の程度が高いことのほか、急な賃金(退職金)減額の緩和措置が取られていたこと、減額に際して労働組合等も誠意をもって協議をしていたこと、を認定したうえ、結論として、本件の退職金減額は適法であると判断しました。

※一言コメント

賃金や退職金は、労働者保護の観点から強く保護される傾向がありますが、勤務先が破綻してしまっては元も子もない、という価値判断から、退職金の減額が肯定されました。首肯できる部分もありますが、既に退職した労働者との関係では、勤務先の破綻回避(運営継続)が退職金減額の正当化根拠となるか、という点は異なる考え方(価値判断)もあるように思います。

退職金の支給額を引き下げる規定改定の有効性を認めた原判決を破棄差し戻した事例(最高裁第二小法廷平成28年2月19日判決)

本件は、事実関係を単純化すると、A社に勤務していた労働者Xらが、A社と他社との合併により設立されたY社(被告)に対して、従前のA社の退職金規定に基づく退職金の支払を求めた事案です。Y社は、労働者との個別の同意又は労働協約の締結により、Y社の新たな退職金規定に基づく支払も適法であると主張していました。

この点、原審(東京高裁)は、要旨、以下のとおり述べ、労働者側の請求を認めていませんでした。

・Xは「本件退職金一覧表の提示を受けて、本件合併後に被上告人(Y社)に残った場合の当面の退職金額とその計算方法を具体的に知ったものであり、本件同意書の内容を理解した上でこれに署名押印をしたのであるから、本件同意書への署名押印により本件基準変更に同意したものといえる」

・「本件労働協約の締結については、本件職員組合の規約により執行委員長に包括的な代表権限が付与されている以上、大会又は執行委員会による決定等を経ていなかったとしても、そのことから直ちに、権限を有しない者によりなされたものといはいえない」

しかし、最高裁は、以下のように述べて、審理不十分として原審の判断を破棄し、差し戻しを行いました。

「労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり、このことは、就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても、その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではないと解される(労働契約法8条、9条本文参照)。もっとも、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服する立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけではなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である。」

以上の一般論を前提に、本件については、退職金支払基準の変更に伴う不利益の具体的内容等についても情報提供や説明がなされるべきであるところ、原審はこの点について十分に認定・考慮をしていないとして、破棄差し戻しを命じました。

また、労働協約については「本件労働協約は、本件職員組合の組合員に係る退職金の支給につき本件基準変更を定めたものであるところ、本件労働協約書に署名押印をした執行委員長の権限に関して、本件職員組合の規約には、同組合を代表しその業務を統括する権限を有する旨が定められているにすぎず、上記規約をもって上記執行委員長に本件労働協約を締結する権限を付与するものと解することはできないというべきである。」として、執行委員長に本件職員組合の機関である大会又は執行委員会による受験が必要であるところ、原審はこの点につき何ら審理判断をしていないとして、やはり破棄差し戻しを命じました。

※一言コメント

労働者の同意について、形式的な同意の証拠のみならず、同意が自由意思に基づいていると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在する必要がある、という判断に特徴があります。どこまでの説明等がなされていればこの要件を満たすのか、という点は今後の裁判例の蓄積等によって明らかになっていくものと思われます。

労使慣行による退職金支払請求権の成立が否定された事例(東京地裁平成27年6月23日判決)

本件は、会社を退職した従業員が、会社には退職金を支払う労使慣行(書面等には定められていないが、労働者と会社との間の事実上の取り決め)が存在していたと主張して、会社に対し退職金の支払を請求したという事案です。争点は、労使慣行の成否でした。

この点、裁判所は「そもそも、労使慣行については、①労使慣行が長期間にわたって反復継続し、②当該労使慣行に対し労使双方が明示的に異議をとどめず、③当該労使慣行が労使双方に、特に使用者側で当該労働条件について決定権又は裁量権を有するものに規範として認識されていることを要する」とし、労使慣行の成立要件についてまず述べました。

そのうえで、本件の事実関係を検討した結果、「被告において、退職金の算定に関する本件計計算式が継続反復して適用されていたとは認められないし、本件計算式が規範として認識されていたとも認められない」としました。

この点、原告は、労使慣行は明文化されていないから、退職金の支給基準が具体的な計算式レベルで認識されていることを必要とするのは相当ではなく、退職金が「一定の基準」で算出されて支払われていることを認識していれば足りる、と主張していました。

しかし、裁判所は「退職金の支払に関する労使慣行が成立している場合には、退職金の支払いについて定めた就業規則、労働協約、労働契約等の成文規範がないにもかかわらず、当該労使慣行を原因として退職金請求権という具体的な法的権利が発生することになるのであるから、単に一時期退職金が複数の従業員に支払われていたに過ぎない事例等と区別して、権利発生の原因事実の存否を適切に判断し得るように、その外縁を明確にする必要がある。かかる見地からすると、退職金の支給基準について、具体的な数値まで全て認識していることを要するかどうかはともかくとして、退職金が「一定の基準」により算出され、支払われているという認識があるに過ぎないのでは、労使慣行の成立要件として甚だ不十分と言わざるを得ず、前述のとおり、勤続年数に比例した退職金が支払われるといった程度の認識でも十分とはいえない」として、原告の主張を認めず、原告による退職金請求を否定しました。

※一言コメント

一般論としては判示は妥当と思われますが、では、どのような程度までの認識があれば退職金支払いに関する労使慣行があったといえるのかについては、今後の判例の蓄積を待つ必要がありそうです。

元従業員らからの、退職功労金の支払請求が認められなかった事例(大阪地裁平成26年9月19日判決)

本件は、会社の元従業員及びその相続人が、「会社が労働組合に交付した書面に記載された退職功労金の『支払基準』が、就業規則と一体化して労働契約の内容となっている」と主張し、会社に対し、『支払基準』に従った退職功労金及び支払日からの遅延損害金の支払を請求したという事件です。

本件では、上記の『支払基準』の法的性格(労働契約の内容となっているか否か)という点が争点となりました。

この点、裁判所は、会社の旧退職金規程「在籍中に特に功労があった者に対しては基本退職金の計算の範囲内で功労加算として加給する」という内容が抽象的であり、これだけでは退職功労金の金額及び支給対象者が確定しないため、使用者がこれらの点を具体的に決定して初めて退職功労金の支払請求権が発生する、という考え方を示した上で、『支払基準』はこれらの点を具体化するものであるから、この基準が存続している限りは労働者は退職功労金を請求できる、としました。しかし、『支払基準』は就業規則の一部とはいえず、労働契約の一部ではない(=会社は、労働者の同意を得ることなく基準を改廃してよい)と判断し、『支払基準』は既に会社によって廃止された以上、結論として労働者らは『支払基準』に基づく退職功労金の支払は請求できない、と判断しました。

なお、裁判所は、『支払基準』が就業規則の一部とはいえないとしても、これに従って長期間にわたり退職功労金が支給されていたという実態があれば、これが退職功労金支払についての労使慣行と言える場合がある、当該労使慣行が成立しているのであればこれが労働契約の内容となっていると判断する余地もある、としました(しかし、本件では、労働者側が『労使慣行に基づく効力は主張しない』という方針を取っていたということを理由に、労使慣行の成立については判断を示しませんでした。)。

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