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減給に関する裁判例

減給に関する最新の裁判例について、争点(何が問題となったのか)及び裁判所の判断のポイントをご紹介いたします(随時更新予定)。

年俸制における固定残業代分の減額が無効とされた事例(東京高裁令和4年11月29日判決)

本件は、年俸制で就労する労働者について、所定の年俸から複数回にわたり固定残業代等の減額がなされた事案において、当該減額の有効性が問題となった事案です。裁判所は以下のとおり述べ、当該減額を年俸決定権限の濫用として無効と判示しました。

(1)被控訴人らは、労働基準法37条は、同条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものである以上、割増賃金の支払については、労働基準法37条その他関係諸規程により定められた方法により算定された金額を下回らない限り、これをどのような方法で支払おうとも自由であり、使用者が、一旦は固定残業代として支払うことを合意した手当を廃止し、手当の廃止後は、毎月、実労働時間に応じて労働基準法37条等所定の方法で算定した割増賃金を支払うという扱いにすることも許されるというべきである旨主張する。
 しかし、たとえ割増賃金の支払方法について、様々な方法が許されるとしても、本件みなし手当は、本件労働契約において年額960万円として合意されていた年俸の一部を構成するものと位置付けられていたのであるから、これは、基本給の一部を構成する場合と同様に捉えられるものである。それにもかかわらず、被控訴人会社は、このような性質を有する「みなし手当」を、前記説示のとおり、合理性・透明性に欠ける手続で、公正性・客観性に乏しい判断の下で、年俸決定権限を濫用して本件賃金減額①ないし③を行ったものであるから、このような一方的な減額は、許されないものといわなければならない。
 なお、被控訴人らは、仮にこれを就業規則の変更等の問題とみたとしても、被控訴人会社による一方的変更は許されるべきである旨主張する。しかし、上記説示のとおり、被控訴人会社の行為は、年俸決定権限の濫用というべきものであって、このような性質の行為が、就業規則の変更に係る「合理的なもの」(労働契約法10条)に当たり許されるということはできない。
 以上によれば、被控訴人らの上記主張は、採用することができない。

賃金の25%を減額することについての労働者の同意が無効と判断された事例(東京地裁令和2年2月4日判決)

本件は,デイサービスセンターにて就労していた労働者が,雇用契約上の地位確認及び減額された賃金の支払を求めた事案です。

賃金減額との関係では,本件では,原告の賃金について,「基本給23万円及び機能訓練指導員手当1万円の合計24万円」から「介護職員への業務変更に伴い,基本給18万円のみにする」旨の契約書に原告が署名押印して被告に提出していたため,かかる合意(本件合意)の効力が問題となりました。

裁判所は,以下のとおり述べ,本件合意は無効と判断しました。

(1)労働契約の内容である労働条件は,労働者と使用者との個別の合意によって変更することができる。しかし,使用者が提示した労働条件の変更が賃金に関するものである場合には,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても,労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服するべき立場に置かれており,自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば,当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく,当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると,賃金の変更に対する労働者の同意の有無については,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく,当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして,当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁平成28年2月19日第二小法廷判決・民集70巻2号123頁参照)。
(2)前提事実(3)アのとおり,本件契約書の内容は,原告を機能訓練指導員手当1か月1万円が支給される業務から外してその支給を停止するばかりでなく,その基本給を1か月23万円から18万円に減額し,賃金総額を25%も減じるものであって,これにより原告にもたらされる不利益の程度は大きいというべきである。他方,前提事実(3)アのとおり,被告代表者は原告に対し,本件合意に先立ち,原告が被告に無断でアルバイトをしたとの旨や本件施設の女性利用者から苦情が寄せられている旨を指摘したのみであるといい,被告代表者の陳述書(乙12)や本人尋問における供述によっても,被告代表者が原告に対して上記のような大幅な賃金減額をもたらす労働条件の変更を提示しなければならない根拠について,十分な事実関係の調査を行った事実や,客観的な証拠を示して原告に説明した事実は認められない。
 以上によれば,前提事実(3)イのとおり,原告が本件契約書を交付された後いったんこれを持ち帰り,翌日になってからこれに署名押印をしたものを被告代表者に提出したという本件合意に至った経緯を考慮しても,これが原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものとは認められない。

(3)以上の次第で,本件契約書の作成によっても,そこに記載された本件合意の内容への原告の同意があったとは認められないから,本件雇用契約に基づく賃金を基本給18万円のみに減額するとの本件合意の成立は認められない。

会社側の一方的な措置による賃金減額につき,将来分の請求及び所定の賃金支払いを受けられる労働契約上の地位にあることの確認請求が肯定された事例(福岡地裁平成31年4月15日判決)

本件は,会社側が,労働者の同意に基づかずに一方的に行った賃金減額の当否が争点となった事案です。裁判所は,賃金減額が無効であることを確認の上,判決確定後の将来請求や,原告が所定の賃金支払いを受けうる地位にあることの確認請求を認めました。

※民事訴訟法上,将来の権利の請求や,法律関係の確認請求は,認められる場合が限定されるため,この点が争点となりました。

「原告の給与の月額は,基本給は13万5000円,職務手当は5万5000円,調整手当は8万0900円となるため,被告は,原告に対し,平成29年5月支払分以降,毎月10日限り,差額賃金の7万円の支払義務を負う。

 そして,本判決確定後の将来請求分については,本件賃金減額が2回目の賃金減額であり,前件賃金減額に係る前件訴訟における和解成立からわずか半年余り後に行われたものであることや,被告代表者が,本件訴訟の尋問において,たとえ原告の給料を元に戻すという判決が出ても,また減額する旨供述していることを考慮すると,今後もこのような賃金減額を継続する蓋然性はあると認められるから,あらかじめその請求をする必要があり,適法であると認める。

 さらに,原告は,原告の基本給として月額13万5000円,職務手当として月額5万5000円及び調整手当として月額8万0900円の支給を受ける権利を有する地位にあることの確認を求めている。確認の訴えは,特に確認の利益がある場合に限って許されるところ,確認の利益は,判決をもって,法律関係の存否を確定することが,その法律関係に関する法律上の紛争を解決し,当事者の法律上の地位の不安,危険を除去するために有効かつ適切である場合に認められるものである。本件においては,前記のとおり,原告の賃金減額の無効を前提として賃金の差額の支払を求める給付訴訟が併せて提起されているが,前記認定の従前の経過や被告代表者の態度に鑑みると,被告が,今後も減額の内訳の変更も含めて賃金減額を繰り返す蓋然性が相当程度あり,本件賃金減額に係る給付請求が差額分の支払を求めるに止まっていることを勘案すると,一定の賃金(その内訳を含めて)の支払を受ける労働契約上の地位を有することを確定することは,継続的契約関係である労働契約における本件賃金減額に係る紛争を解決する方法として有効適切であるといえるから,上記確認の訴えの利益はあるというべきである。」

賞与不支給,昇給否定を内容とする就業規則変更の合理性が肯定された事例(大阪高裁平成30年2月27日判決)

本件は,就業規則の変更によりスタッフ職制度(基本給は従前同様だが,賞与は原則不支給,定期昇給はなし,という制度)を適用されることになったされた労働者が,当該変更が無効であると主張した事案です。

裁判所は,「本件就業規則等の変更により,スタッフ職について賞与が原則として支給されなくなり,定期昇給も実施されなくなったものであり,その点が労働者の労働条件を不利益に変更するものであると解されるところ,以上の点,特に賞与の支給及び定期昇給の実施については,上記変更前の給与規程において,具体的な権利として定められていないこと(略)に鑑みれば,本件就業規則の変更に係る不利益は,実質的なものとはいえず,その程度は小さい」として,そもそも,賞与支給も昇給も,従前の就業規則でも制度上保障されていなかった点を指摘しました。

そして,就業規則変更の必要性についても,経営収支において赤字が経常化していなかった事実を指摘しつつも,「経営収支において赤字が恒常化していなくても,高年齢層の人件費が被控訴人の事業収益を圧迫している(略)以上,高年齢層の人件費を削減せず問題を先送りにすれば,早晩事業経営に行き詰まることが予想されたこと,(略)被控訴人の事業利益の水準は和歌山県内の同規模の農協(JA甲及びJA乙)に比べて低いことに加え,事業利益が2期連続赤字の農協は,X金庫から『要改善JA』に指定され,経営改善に取り組まなければならないこととされていたこと,被控訴人は,事業収益が連続して赤字となったことを深刻な事態と捉え,平成13年度から平成15年度にかけて従来25あった支店を9に削減するなどしていたことからすれば,平成14年の就業規則変更時には,被控訴人には,労働条件を変更する高度の必要性があったものと認められる。また,(略)平成16年度以降も被控訴人の事業収益がJA甲やJA乙と比較して相当低かったことからすれば,平成18年や平成20年の就業規則変更時においても,なお変更について高度の必要性があったものと認められる」として,結論として,就業規則の変更を有効と判断しました。

退職か減給かの二択を前提とした減給同意の有効性が否定された事例(東京地裁平成30年2月28日判決)

本件は,営業としての能力を期待され中途採用され,会社としては当時の最高額で迎え入れられた労働者が,入社後の営業実績が振るわないことを理由に50%の減給か退職の二択を求め,労働者が減給に応じた事案において,減給同意の有効性が争点となった事案です。

この点,裁判所は以下のように述べ,同意の有効性を否定しました。

「本件賃金減額は,年俸制がとられていた原告の賃金を期間中に月額50万円から月額25万に半減するというものであり,具体的な減額期間が予め決められていたものでもなく,これにより原告にもたらされる不利益の程度は著しいものである。

さらに,使用者は従業員の業績が上がらないことなどから当然に同従業員を解雇したり,その賃金を減額したりできるわけではなく,本件においては,原告の自由な意思に基づく同意を得る以外に本件賃金減額を行うことができる法的根拠はなかった(仮に被告の就業規則(書証略)に基づき懲戒処分として減給を行う場合であっても,労働基準法第91条に従い,一賃金支払期における賃金総額の10分の1の減給が限度とされていた。)にもかかわらず,被告は,同月2日及び同月3日の各2時間程の面談の中で,原告に対して,解雇予告手当さえ支払えば原告をすぐに解雇できるとの不正確な情報を伝えた上で,退職か本件賃金減額のいずれを選択するのかを同日中に若しくは遅くとも翌日までに決断するように迫ったものである。そして,原告は,同人が供述するとおり,十分な熟慮期間も与えられない中で,B社長からも原告にとって厳しい内容のメールが送信されたことを受け,最終的二は,その場での退職を回避し,今後の業績の向上により賃金が増額されることを期待しつつ,やむを得ず本件賃金減額を受け入れる旨の上記行為をしたものと認められる。

 以上のとおりの本件賃金減額により原告にもたらされる不利益の程度の著しさや,原告が本件賃金減額を受け入れる旨の行為をするまでの原告と被告との間の具体的なやり取り(とりわけ,被告において,すぐに原告を解雇できるとの不正確な情報を伝え,十分な熟慮期間も与えずに退職か本件賃金減額かの二者択一を迫ったことを受けて,原告が本件賃金減額を受け入れる行為をしたこと)等からすれば,本件賃金減額を受け入れる旨の原告の行為が原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえず,被告が種々指摘する点を考慮しても,本件賃金減額について,原告の自由な意思に基づく同意があったと認めることはできない。」

※一言コメント

減給の幅が大きいこと,「減給に応じなければ退職させられる」という誤った事実認識を前提としていたこと,が,同意の有効性を否定する理由として挙げられており,これを前提とする限り妥当な判断だと思います。

給与減額に際しての同意は、心裡留保や錯誤に当たらず、有効であるとされた事例(さいたま地裁平成27年11月27日判決)

本件は、勤務先から「減給」か「上乗せ退職金を含めた退職(本件パッケージ)」かの二択を求められた原告が、減給を認める同意書に自ら署名押印したものの、当該同意は心裡留保(しんりりゅうほ。法律用語で「真意でないことを知りながらした意思表示は、相手方がその真意を知り得たときは無効」というくらいの意味です。)または錯誤(さくご。同じく法律用語で「意思表示と真意の不一致を表意者が認識していないこと、要するに勘違いでなされた意思表示は無効」というくらいの意味です。)により無効であると主張して、減給分の支払い等を求めた事案です。

本件では、心裡留保または錯誤の成否が問題となりました。

まず、心裡留保については「心裡留保とは、意思表示の表意者が、表示行為に対応する真意のないことを知りながらする単独の意思表示をいう。原告は、戯言で本件減給に対する同意の意思表示をしたのではなく、単に、本心では同意することに納得しておらず、いわば意思表示を渋々したものであるといえるところ、これは、意思表示をすることに対する表意者の感情に過ぎず、意思表示に対応する内心的効果意思の内容とは全く別のものである。そうすると、原告は、本件減給に対する同意をしたくないという感情であったものの、まさに本件減給に対する同意をするという内心的効果意思で本件減給に対する同意の意思表示をしたと認められる。したがって、本件減給に対する同意は心裡留保に当たらない。」として、これを否定しました。

なお、原告は「被告従業員の高圧的な態度から、本件減給に同意しないと解雇されると思い、本件減給に同意する意思がないことを知りながら、本件同意書を提出した」ことが心裡留保に当たると主張していましたが、裁判所は「被告従業員が原告に本件減給に同意するよう高圧的な態度で一方的に要求したとは認められない」「原告が本件減給に同意するメリットやデメリットを十分に吟味して本件減給に同意することを選択したものというべきである」「本件パッケージと解雇は全く別の制度であり、解雇事由なしに解雇することは通常不可能であるということは、一般的に認知されていること、被告従業員が、本件同意をしなければ解雇すると発言した事実は認められないことからすれば、原告が本件減給に同意しないと解雇されると思い込むのは不合理である」として、原告の主張を認めませんでした。

また、裁判所は、錯誤についても「錯誤とは、表示の内容と内心の意思が一致しないことを表意者本人が知らないことをいい、意思表示の動機ないし縁由に誤りがあることを動機の錯誤という」という一般論ののち「原告は、本件減給に同意しないと解雇されると誤審して解雇を避ける動機で本件減給に同意する意思表示をしたと主張する。しかしながら、上記2(2)のとおり、原告が本件減給に同意しないと解雇されると思い込んだということはできず、したがって、原告が本件減給に同意しないと解雇されると誤審したと認めることはできない」として、錯誤の主張も認めず、結論として、原告の請求を全て棄却しました。

※一言コメント

裁判所の理由付けには一部疑問もありますが、明確に減給に同意をする旨の合意書に署名押印がある以上、結論としては理解できるところです。なお、本件では、少し異なる視点として、合意の相当性(信義則上の問題はないか等)を主に争うという方法もあったように思われます。

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