【相談無料、全国対応可】解雇、残業代、ハラスメント等労働問題のご相談なら 弁護士高井翔吾

【初回相談無料、全国対応】
労働問題(解雇、残業代、セクハラパワハラ等労働事件全般)なら
弁護士 高井翔吾

東京都港区赤坂2-20-5デニス赤坂ビル402(池田・高井法律事務所)

受付時間:平日9:30~17:30
 

無料相談実施中

お気軽にお問合せください

従業員の義務に関する裁判例

従業員の義務に関する裁判例

従業員の義務に関する最新の裁判例について、争点(何が問題となったのか)及び裁判所の判断のポイントをご紹介いたします(随時更新予定)。

大学教員に授業を担当させなかったことが、債務不履行に当たると判断された事例(東京地方裁判所令和4年4月7日判決)

本件は、大学教授として就労していた原告労働者が、週4コマ以上の情業を担当する旨の合意があるにも拘らず、授業を担当できなかったことが債務不履行に当たるとして、慰謝料殿を請求した事案です。

裁判所は、本件の事実関係の下で、以下のとおり述べて、債務不履行該当性を認めました。

2 原告の担当授業に関する債務不履行に基づく損害賠償請求について
(1)一般に、労働契約における労務の提供は労働者の義務であって、原則として、使用者はこれを受領する義務(労働者を就労させる義務)を負うものではない。もっとも、大学の教員が講義等において学生に教授する行為は、労務提供義務の履行にとどまらず、自らの研究成果を発表し、学生との意見交換等を通じて学問研究を深化・発展させるものであって、当該教員の権利としての側面を有する。したがって、被告が原告に対し本件和解及び本件契約に基づき授業を担当させる義務を負うか否かを判断するに当たっては、以上のような大学教員が行う講義等の特質を考慮する必要がある。
 そこで検討すると、証拠(甲60)によれば、原告は、第二次訴訟において、第一次訴訟の控訴審判決言渡し後に被告から提案された新たな雇用契約書の案文には研究室において研究活動に専念することが原則であるかのような記載があり、被告は、本件大学の心理学部専任教授として復職した原告に対し、従前より多くの出勤を要求する一方で授業の予定を立てようとしないなどと主張して、①原告が、本件大学の心理学部専任教授として、1コマ90分の授業を週4コマを超えて行う雇用契約上の義務を負わない地位にあることの確認及び②原告が、本件大学の心理学部専任教授として、1コマ90分の授業を週4コマ行う権利のあることの確認等を求めていたものと認められる。このように、原告が、まさに1コマ90分の授業を週4コマ行うことを求めて提起した第二次訴訟において、原告及び被告は、本件和解をし、本件和解条項5項で、平成28年度雇用契約の内容を本件契約のとおりとすることを相互に確認したものであるところ、本件契約の8条1項には、「出勤日は週2日、授業時間は週4コマ(1コマ90分授業)をそれぞれ下らないものとする。」と具体的な担当授業数が明記され、同項ただし書には、担当科目が割り振り等により変更となり、その担当コマ数が4コマに満たないこととなる場合には、内規により換算したコマ数の通信教育課程の科目を担当する旨、実質的に週4コマを確保する手だてが記載されている一方、実質的にも週4コマを下回ることが許される例外的な条件等について何らの言及もない。以上の経緯等を踏まえれば、当事者の合理的意思解釈として、原告と被告は、本件和解及び本件契約において、被告が原告に対し少なくとも週4コマ(1コマ90分授業)の授業を担当させることを合意したものであって、上記のような大学教員が行う講義等の特質を考え併せると、被告は原告に対し少なくとも週4コマ(1コマ90分授業)の授業を担当させる具体的義務を負うものと解すべきである。
 被告は、本件契約条項7条及び9条には、原告の授業担当については被告の都合により決定されるものであることが明確に定められており、原告に授業を担当させるか否か、いかなる授業を担当させるかについて被告は広範な裁量を有するというべきであるから、被告は原告に対し、授業を担当させる義務を負っていない旨を主張する。しかし、①本件契約条項7条は、原告が、勤務時間その他の勤務条件については本件大学の規則及び被告の指示を守らなければならないとする一般的な規定であるところ、同8条がこれとは独立して担当授業数を具体的に定めていること、②本件契約条項9条は、「担当授業」に関し、原告が意見を述べることができるが、それを採用するかは被告の都合によるとするものであるところ、同8条と異なり「授業時間」との用語を用いていないことからすれば、同7条及び9条が、原告の担当授業数についても被告の都合により決定されるものであることを定めたものは解することができず、被告の主張は採用することができない。
 また、被告は、本件契約条項8条は、原告が第二次訴訟において「本件大学の心理学部専任教授として、1コマ90分の授業を週4コマを超えて行う雇用契約上の義務を負わない地位にあることの確認」を求めていた部分に対応したものであり、原告が担当すべき授業は最大でも週4コマを超えないという趣旨であるとも主張するが、同条の文言上、そのような解釈は困難である。
 したがって、被告は、原告に対し、本件和解及び本件契約に基づき、少なくとも週4コマ(1コマ90分授業)の授業を担当させる義務を負っていたというべきである。

研修費用の負担に関する金銭消費貸借契約が労働基準法16条に反するとして無効と判断された事例(東京地裁令和3年12月2日判決)

本件は、単純化すると、

・外国の公的機関に派遣されて研修を受講した労働者(被告)が、それに先立ち、使用者(原告)との間で要旨「研修終了後5年以内に自己都合で退職した場合は、使用者が負担した研修費用の全部または一部を返還すること」という旨の誓約書を作成していた

・研修後、労働者(被告)が使用者(原告)を退職したため、原告が誓約書に基づき研修費用被告に対しての返還を請求した

という事案で、誓約書のの効力が労働基準法16条との関係で争点となりました。

この点について、裁判所は、以下のとおりの判断基準を示しました。

労基法16条は,「使用者は,労働契約の不履行について違約金を定め,又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と規定しているところ,同条は,労働者の自由意思を不当に拘束して労働関係の継続を強要することを禁止した規定であるから,使用者である原告が負担した本件研修費用について,労働者である被告が一定期間内に退職した場合に被告にその返還債務を負わせる旨の本件消費貸借契約が「労働契約の不履行について違約金を定め,又は損害賠償額を予定する契約」に当たるものとして同条に違反するか否かも,同契約の前提となる本件研修制度の実態等を考慮し,本件研修が業務性を有しその費用を原告が負担すべきものであるか,本件消費貸借契約に係る合意が労働者である被告の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものか否かといった実質的な見地から個別,具体的に判断すべきものと解すべきである。

そのうえで、本件については要旨以下のとおり述べ、誓約書の効力を否定しました。

以上のとおり,本件研修は,派遣先や研修内容の決定について原告側の意向が相当程度反映されており,本件研修を通じて得られた知見や人脈は本件研修終了後の原告における業務に生かし得るものであった一方で,原告や関係省庁以外の職場での有用性は限定的なものであったといえ,一般的な留学とは性質を異にする部分が少なくなかったものと認められる。他方,B所長ほかの原告の職員及び経産省ほかの所管省庁の職員らは,被告に対し,頻繁な調査依頼を行うなどし,被告も,これに対応していたが,これらの調査は,原告及び経産省ほかの所管省庁にとってみれば,その本来業務にほかならないというべきである。このようにみれば,本件研修は,主として原告の業務として実施されたものと評価するのが相当であり,そうであれば,本件研修費用も本来的に使用者である原告において負担すべきものとなるところ,本件消費貸借契約は,本件研修の終了後5年以内に被告が原告を自己都合退職した場合に本来原告において負担すべき本件研修費用の全部又は一部の返還債務を被告に負わせることで被告に一定期間の原告への勤務継続を約束させるという実質を有するものであり,労働者である被告の自由な退職意思を不当に拘束して労働関係の継続を強要するものといわざるを得ないから,労基法16条に違反し無効と解するのが相当である。

業務に関連する研修の受講料等の返還合意が無効とされた事例(長崎地裁令和3年2月26日判決)

本件は、原告労働者が、被告会社に在職中に受講したセミナーの受講料について、「受講料と、受講のために必要な交通費及び宿泊費(以下、これらを併せて「受講料等」という。)を被告が負担すること、原告が受講終了後2年以内に被告を退職した場合、被告が負担した受講料等の全額を返還すること」(本件合意)の有効性等が争点となった事案です(その他、変形労働時間制の有効性や労働時間該当性等の争点がありましたが、ここでは割愛します。)。

裁判所は、まず、以下のとおり、本件セミナーへの参加が労働時間に当たることを認定しました。

3 争点4(研修の労働時間性)
(1)認定事実
 前提事実に加えて,各項末尾掲記の各証拠及び弁論の全趣旨から認められる事実は,次のとおりである。
ア 本件セミナーの実施
 被告は,ドラッグストアであるCの完全子会社であり,被告の従業員は,Cが開催するセミナー(本件セミナー)に参加していた。
 本件セミナーでは,主に,季節の疾病の諸症状や,医薬品を中心とするCのPB商品についての説明がなされた。(以上につき,前提事実(6)ア,イ,甲14,25,原告本人。このように認定した理由は,後記(2)アで説明する。)
イ 原告の参加
(ア)原告は,平成24年3月,当時のエリア長と店長から,正社員になるには必須条件であるとして,本件セミナーを受けるように言われた。
 そこで,原告は,本件誓約書に署名押印して提出し,もって,原告と被告は,原告が本件セミナーを受講するに当たり,被告が受講料等を負担すること,原告が受講終了後2年以内に被告を退職した場合,被告が負担した受講料等の全額を被告に返還することに合意した(本件合意)。
(以上につき,前提事実(6)ウ,甲25,乙24,原告本人。このように認定した理由は,後記(2)イ,ウで説明する。)
(イ)原告は,本件セミナーに出席する1か月前,被告から,開催の日時等を知らせるメールを受信していた。同メールには,「自由参加です」と記載されていた。
 店長は,原告の勤務日と参加日が重なっているときは,シフトを休日にしたり,年次有給休暇に変更したりした。(以上につき,甲25,原告本人)
(ウ)原告の本件セミナーへの参加状況,その当時の原告の勤務店,住所地,本件セミナーの開催地,交通手段等は,次のとおりであった。なお,日付けに付した数字は,通算回数である。
a ◇◇店(長崎市(以下略)所在)勤務当時
 長崎市に居住していた原告は,佐賀市所在の被告本社で開催された本件セミナーに,①平成24年4月25日,②同年5月27日,③同年7月8日の3回にわたって参加した。移動には,バスと電車を利用した。
b △△店(愛媛県北宇和郡(以下略)所在)勤務当時
 愛媛県に居住していた原告は,香川県丸亀市(以下略)所在の○○店で開催された本件セミナーに,④平成24年8月26日,参加した。自家用車で□△駅に行き,電車で片道3時間以上かけて会場の最寄り駅まで移動した。原告は,同年9月以降,本件セミナーを欠席した。
c ××店(徳島県名西郡(以下略)所在)勤務当時
 徳島県に居住していた原告は,徳島県板野郡(以下略)所在の△□店で開催された本件セミナーに,⑤平成25年5月9日,⑥同月11日の2回にわたって参加した。移動には,自家用車で20分程度要した。
d △△店勤務当時
 愛媛県に居住していた原告は,上記△□店で開催された本件セミナーに,⑦平成25年6月2日,⑧同年7月7日,⑨同年8月30日,⑩同年9月24日,⑪同年10月10日,⑫同年11月9日,⑬同月18日,⑭平成26年5月18日の8回にわたって参加した。
 ⑦から⑬は,前日の午後5時ころまで△△店で勤務した後,自家用車で□△駅に行き,電車で片道4時間程度かけて○×駅まで移動し,被告が指定するビジネスホテルに宿泊した。そして,当日,電車で1時間程度かけて×○駅まで移動して,本件セミナーを受講したが,帰宅が間に合わないので午後4時ころに途中退室し,電車で□△駅まで戻ったが,同駅到着は午前0時を過ぎていた。
 ⑭は,前日の午後5時ころまで△△店で勤務した後,自家用車で高松市まで行き,被告が指定するビジネスホテルに宿泊し,当日,自家用車で会場まで移動した。
e □□店(愛媛県宇和島市(以下略)所在)勤務当時
 愛媛県に居住していた原告は,上記△□店で開催された本件セミナーに,⑮平成26年6月4日,⑯同年9月21日,⑰同年10月24日,⑱同年11月16日の4回にわたって参加した。いずれも⑦から⑬同様,前日の午後5時ころまで勤務して高松市に行き宿泊して,当日受講するというものであった。
 なお,原告は,⑮と⑯の間の同年8月10日開催分を欠席した。□□店の登録販売者であったGマネージャーが店舗を休み,同じく登録販売者であった原告が店舗を離れることができなかったためであった。
f △△店勤務当時
 愛媛県に居住していた原告は,上記△□店で開催された本件セミナーに,⑲平成27年8月19日,参加した。⑭同様,前日の午後5時ころまで勤務して自家用車で高松市に行き宿泊して,当日受講するというものであった。(以上につき,前提事実(6)エ,甲25,乙25,原告本人)
ウ 受講料等の支払
(ア)原告が本件セミナーに参加するために要した費用は,受講料14万4335円,交通費20万8260円,宿泊費6万2270円であり,合計41万4865円であった。このうち受講料は被告がCに支払い,交通費は被告が原告に現金を交付して精算し,宿泊費は被告がホテルに支払った。
 原告は,本件セミナーを受講した当時,被告から具体的な金額を知らされていなかった。(以上につき,甲25,乙25,41,証人H(以下「H」という。),原告本人)
(イ)原告は,被告に対し,平成28年8月下旬,被告に対し,退職したい旨を述べ,同年9月1日以降,勤務せずに有給休暇を消化した。
 被告は,原告に対し,同日付けで,本件合意に基づいて受講料等37万5895円を返納するよう請求した。原告は,同月7日ころまでに,はじめて受講料等の具体的金額を知った。(以上につき,甲12,21,25,原告本人)
エ 登録販売者への登録
 原告は,平成23年2月3日,薬事法が定める登録販売者に登録された。これは,被告に入社するよりも前であった。(前提事実(2),甲11)
(2)事実認定の補足説明
ア 上記(1)アの事実(主に,医薬品を中心とするCのPB商品についての説明がなされた)を認定した理由
 原告は本件セミナーの内容を具体的に供述等することから(甲25,原告本人),その信用性が問題となるところ,これを否定すべき事情は見当たらない。かえって,被告は,客観的な証拠によって本件セミナーの内容を容易に明らかにできるにもかかわらず,上記第2の3(4)被告の主張欄イ(ア)bのとおり主張するばかりで,その立証をしない(Hは本件セミナーを受講しておらず,同人の証言及び陳述書では本件セミナーの内容を立証するには足りない。)。このような被告の訴訟遂行態度も併せて見れば,原告の供述等は信用できるというべきであり,本件セミナーでは主に医薬品を中心とするCのPB商品の説明がなされていたとの事実が認められる。
イ 上記(1)イ(ア)の事実(正社員になるためには必須の条件であるとして,本件セミナーを受けるように言われた)を認定した理由
(ア)原告はその旨の供述等をすることから(甲25,原告本人),その信用性を検討する。原告は,被告に入社当時,すでに登録販売者であったこと(上記(1)エ),原告は,連日の長時間労働の中(上記2(3)),場合によっては,前日に勤務を終えた後に,移動時間だけでも4時間かけて被告指定のホテルに前泊した上で,翌日に受講し,さらに8時間ほどかけて帰宅するなど(上記(1)イ(ウ)d,e),本件セミナーを受けるには相当の体力,精神力を要したと考えられること,しかるに,本件セミナーの内容は,医薬品を中心とするCのPB商品の説明が主なものであって(上記(1)ア),医薬品以外の食料品や酒等の販売が中心である被告の店舗(甲25,原告本人)の従業員にとって,上記労力をかけてまで受講する価値があるといえるのか疑問なしとはしないこと,そうであるのに,原告は,途中の欠席はあるものの,3年以上にわたって,合計19回も受講しており(上記(1)イ(ウ)),本件セミナーが単なる自由参加ではなく,原告において受講することで自らの利益につながると考えていたからこそであるといえること,以上の事情を総合すると,原告の上記供述等は信用できるのであって,上記事実が認められる。
(イ)上記認定に対し,被告は,在籍したすべての準社員のうち,その後に正社員に登用された者362名のうち95名は本件セミナーを受講しておらず,受講は正社員登用の条件ではないと主張する。
 しかし,被告の主張を前提としても,正社員に登用された準社員のうち75%近くは本件セミナーを受講しており,かかる状況下で登用の条件である旨を述べることは十分に考えられるのであるから,原告の供述等の信用性判断を左右するものではない。
ウ 上記(1)イ(ア)の事実(本件合意の成立)を認定した理由
 原告は本件誓約書の記載を理解したうえで署名押印をしている(原告本人)。そして,本件誓約書の記載文言(前提事実(6)ウ)は,原告が被告に対し法的義務を負うことは一義的に明確である。
 これらからすれば,その法的性質は措くとしても,本件合意が成立したと認められる。

(3)判断
 ア(ア)上記(1),(2)の認定判示を前提に,本件セミナーへの参加時間が労働時間に当たるか検討する。
 労働基準法上の労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうのであって,これに該当するか否かは,労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか客観的に定まる(最高裁判所平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。
 これを本件につき見ると,本件セミナーの内容は,店舗で販売されるCのPB商品の説明が主なものであること(上記(1)ア),本件セミナーの会場は,被告本社又は被告店舗であったこと(上記(1)イ(ウ)),受講料等は被告が負担し,宿泊の場合のホテルも被告が指定していたこと(上記(1)イ(ウ),ウ(ア))からすれば,本件セミナーは被告の業務との関連性が認められる。また,原告は上司に当たるエリア長及び店長から正社員になるための要件であるとして受講するよう言われていた上(上記(1)イ(ア)),店長も原告の受講に合わせてシフトを変更していたのであるから(上記(1)イ(イ)),受講前に受信したメールに「自由参加です」との記載があるとしても(上記(1)イ(イ)),それへの参加が事実上,強制されていたというべきである。そうすると,本件セミナーの受講は使用者である被告の指揮命令下に置かれたものと客観的に定まるものといえるから,その参加時間は労働時間であると認められる。

そして、以上の認定を前提に、以下のとおり述べ、本件合意は労働基準法16条に反して無効と判断しました。

7 争点8(本件合意の労働基準法16条該当性)
 本件合意の法的性質について,被告は上記第2の3(7)被告の主張欄アのとおり主張する。
 しかし,本件セミナーの受講は労働時間と認められ(上記3(3)ア(ア)),その受講料等は本来的に被告が負担すべきものと考えられること,その内容に汎用性を見出し難いから,他の職に移ったとしても本件セミナーでの経験を生かせるとまでは考えられず,そうすると,本件合意は従業員の雇用契約から離れる自由を制限するものといわざるを得ないこと,受講料等の具体的金額は事前に知らされておらず(上記3(1)ウ(イ)),従業員において被告に負担する金額を尋ねることができるとはいっても,これをすることは退職の意思があると表明するに等しく,事実上困難というべきであって,従業員の予測可能性が担保されていないこと,その額も合計40万円を超えるものであり,原告の手取り給与額(平成26年8月から平成28年9月までで月額15万円から26万円。平均すると,月額約18万6000円。ただし,平成27年4月以降は家族手当を含む。甲4の1・2)と比較して,決して少額とはいえないことからすれば,本件合意につき被告が主張するような法的形式をとるとしても,その実質においては,労働基準法16条にいう違約金の定めであるというべきである。
 したがって,本件合意は無効である。

自宅待機を命じられた労働者に対する基本給の不払いが一定程度認められた事例(東京地裁平成30年1月5日判決)

本件は,不正行為を理由に自宅待機を命じられ,その後に懲戒解雇された労働者が,未払給与(残業代)等の支払を求めた事件です。争点は多岐にわたりますが,ここでは,「会社からの自宅待機命令期間中に,会社は賃金を支払う義務を負うか否か」という論点について取り上げます。

この点,裁判所は「使用者が労働者に自宅待機や出勤命令を命じて労働者から労務提供を受領することを拒んでも当然に賃金支払義務を免れるものではないが,使用者が労働者の出勤を受け入れないことに正当な理由があるときは,労務提供の受領を拒んでも,これによる労務提供の履行不能が使用者の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるとはいえないから,使用者は賃金支払い義務を負わない」という判断枠組みを示しました。

そのうえで,本件について,「原告は,それまでにも不当営業活動を行って,始末書の提出を命じられたり,減給処分を受けたりしていたにもかかわらず,顧客に対し意図的に被告が容認しない契約内容を説明する,被告の社印を悪用して被告が容認しない念書や覚書や不実の議事録を作成する,被告の事務手続を意図的に妨げるなどの不当営業活動を繰り返し,その結果,顧客から苦情が寄せられ,また,被告のノウハウ情報の経済的価値が毀損されているおそれが生じており,懲戒解雇を含む重い懲戒処分に付することが想定されたことが認められるから,原告の不当営業活動に対する調査,証拠隠滅の防止,懲戒処分の検討及び不当営業活動の再発防止を要し,そのため原告の出金を禁止する必要があったというべきであり,被告の平成25年12月19日からの本件自宅待機は正当な理由があるというべきである」としました。

一方,続けて「ただ,無給の自宅待機や出勤停止が長期化することは労働者にとっては生活資金となる賃金を得られない一方,解雇されたわけでもないから自宅待機や出勤禁止が解除されて勤務を再開しなければならない可能性が残り,兼業や兼職も就業規則等に基づき制限される状態(中略)が継続することになって,その地位の著しい不安定を招くから,使用者としては労働者を懲戒解雇するか,懲戒解雇以外の懲戒にとどめるのか,懲戒には付さないのか,遅滞なく意思決定をすべきであり,相当期間を超えて中途半端な無給の自宅待機又は出勤禁止を継続することは許されないというべきである」として,被告の就業規則(懲戒事由につき調査する必要がある場合は,15日を限度に無給での出勤停止を命じることができる)も参照して,平成26年1月14日までは無給であることを肯定しました。さらに,民法536条2項にいう「使用者の責に帰すべき事由」(※これが認められる場合,会社側は労働者が就労していなくても賃金を支払う義務があります。)は限定的に解されることを指摘した上,1月14日以降,解雇の意思表示がなされた同月23日までの間は,賃金不払いも適法であると結論付けました。

※一言コメント

この論点は,民法等の知識がないと分かりにくい部分もあると思いますが,まとめると,

・原則:会社が労働者に自宅待機を命じた場合,賃金支払義務を負う

・例外:会社が当該労働者の労務提供を拒むことに正当な理由がある場合は,賃金支払義務を負わない。ただ,労働者に与える不利益の大きさに鑑み,無給期間は相当な範囲に限定される

というのが大枠の考え方です。

本件では,労働者の不正行為に伴い,会社側で事実調査を行う必要性が高かったこと等の事情を考慮して,賃金支払義務が否定されています。

短大教授に対する、授業を割り当てない旨の業務命令が無効と判断された事例(岡山地裁平成29年3月28日判決)

本件は、被告の運営する短大において平成11年から専任講師、平成19年から専任准教授として就労してきた原告が、「授業を割り当てず、学科事務のみ担当させる」等の業務命令(本件職務変更命令)を受けたことについて、当該業務命令が無効であるとしてその効力を争った事案です。

この業務命令の有効性について、被告側は、要旨「①原告が教員としての最低限の能力を欠いている」「②原告による授業の水準が低い」「③原告の授業中には菓子等(カップラーメンなど)を食べる者さえいる状況であったにもかかわらず、原告はこれを黙認等するばかりか、あまつさえ自ら学生に菓子を配る有様であった等、適切な指導をしなかった」ことを業務命令の理由として挙げていました(なお、本件の原告には視覚障害があり、授業を補佐する補佐員の関与によりこうした問題を改善できるか、という点も考慮要素となりました。)。

裁判所は「本件職務変更命令は、教員が行うべき本来的職務のうち、担当授業を免じ、研究及び学科事務に集中させるものであって、原告に対し、教員の本来的職務とは異質の負担を新たにかけるわけでもなく、何ら減給等の不利益を伴うものでもないことが認められる。原告は、本件職務変更命令は配転命令であり、職務限定合意がある原告が同意しない限り効力を有しないと主張するが、このような本件職務変更命令の内容にかんがみると、原告の主張は採用できない。しかし、前記2(1)のとおり、原告が本件利益(※「原告が本件短大で教授・指導することは、原告が更に学問的研究を深め、発展させるための重要な要素といえるから、原告が、本件短大において環境等の自己の専門分野等につき学生を教授、指導する利益(以下「本件利益」という。)と定義されています。)を有することは否定できないことによれば、業務上の必要性が存しない場合、不当な動機・目的をもってされた場合等客観的に合理的と認められる理由を欠くときには、本件職務変更命令は権利を濫用するものとして無効になるというべきである」との判断基準を示しました。

そのうえで、被告が主張する本件職務変更命令の理由として、「①原告が教員としての最低限の能力を欠いている」については、原告が行った授業に何らかの不十分な点があっても、それは教育内容改善のための各種取り組みにおいて是正されていくべき事柄であり、直ちに教員としての最低限度の教育能力を欠くことにはならないというべきであるとしました。

また「②原告による授業の水準が低い」については、「これまで、本件学科のFD会議、教授会等において、この点が正面から指摘され、検討対象となった形跡は見当たらない上、そもそも原告は、平成11年9月、被告との間で本件教員契約を締結して本件短大の教員となった後、長年にわたり生物学、環境(保育内容)等の授業を担当し、平成19年には被告により本件短大の准教授に任じられたものであるから、これは、被告が原告につき准教授としての資質、能力があると判断したことの証左である。さらに、これまでの教員同士による授業参観の内容や、学科教員会議での検討内容等を踏まえても(書証略)、視覚障害以前に、原告の資質、能力に根本的な問題があることを指摘された形跡や、それをうかがう事情は見当たらないし、本件学科内で実施されている授業アンケートの結果からも(書証略)、原告の授業は学生に一定程度指示されていたことが認められるから、原告の授業内容が、単なる遊び等であったとはいえず、学生が学習成果を上げるのに不十分な内容であったとは認められない。」と判断しました。

「③原告の授業中には菓子等(カップラーメンなど)を食べる者さえいる状況であったにもかかわらず、原告はこれを黙認等するばかりか、あまつさえ自ら学生に菓子を配る有様であった等、適切な指導をしなかった」については、「授業中の飲食の点については、前記1(15)、(16)のとおり、原告は学生らに対し謝罪し、B学長に対し本件始末書を提出するなどして再発防止を誓っているところであり、改善が見込めないとはいえない。その他の雑談、読書、睡眠、無断退出等の点については、そもそも事理弁識能力が備わっているはずの短大生の上記のような問題行動につき、その全てを原告の責に帰すべきことは適切ではない」としたうえで、今後の指導についても「本件学科内で、学生の問題行動につき、全体としてどのように指導していくか、あるいは、原告に対する視覚補助の在り方をどのように改善すれば、学生の問題行動を防止することができるかといった点について正面から議論、検討された形跡は見当たらず、むしろ、望ましい視覚補助の在り方を本件学科全体で検討、模索することこそが障害者に対する合理的配慮の観点からも望ましいものと解される」として、結論として、「被告が本件職務変更命令の必要性として指摘する点は、あったとしても被告が実施している授業内容改善のための各種取組等による授業内容の改善や、補佐員による視覚補助により解決可能なものと考えられ、本件職務変更命令の必要性としては十分とはいえず、本件職務変更命令は、原告の研究発表の自由、教授・指導の機会を完全に奪うもので、しかも、それは平成28年度に限ったものではなく、以後、原告には永続的に授業を担当させないことを前提とするものであるから(証拠略、弁論の全趣旨)、直ちに具体的な法的権利、地位とまでは認められないにしせよ、原告が学生を教授、指導する本件利益を有することにかんがみると、原告に著しい不利益をあたえるもので、客観的に合理的と認められる理由を欠くといわざるを得ない」として、本件職務変更命令は無効と判断しました。

※一言コメント

本判決は、短大教授である原告の「本件短大において環境等の自己の専門分野等につき学生を教授、指導する利益」を重視して、これが損なわれることになる本件職務変更命令の有効性を否定しました。

こうした考え方は、一般の雇用契約では「労働者にどのような仕事をさせるか(させないか)は、特段の定めがない義理は使用者が自由に決めてよい」というのが通常であることと比較すると差異があります。本判決は、憲法上の人権としての「教授の自由」に配慮した判断であると思われますが、この点にどこまで配慮すべきなのかは判断が分かれる可能性があるように思われるため、控訴がなされれば、控訴審での判断が注目されます。

任務懈怠を理由とした、会社から労働者への損害賠償請求が否定された事例(東京地裁平成27年6月26日)

本件は、会社側が、元従業員に対し、在職中の任務懈怠により損害を被ったとして、労働契約上の債務不履行に基づく損害賠償を請求したという事案です。争点は、労働者による任務懈怠行為の有無、会社側に生じた損害の額、任務懈怠と会社側に発生した損害の因果関係でした。

この点、裁判所は、労働者による任務懈怠行為の存在自体についてはこれを肯定しましたが、会社に生じた損害については「(原告が主張する損害)計算の前提として、原告主張の損害発生の蓋然性がどの程度あったのかを検討する必要がある。そのためには、各展示会・イベントにおける実際の原告の商談状況、各展示会・イベントでの見込み客の集客状況、競合他社の状況、原告が販売する製品の価値・機能等の概要及び製品としての魅力の程度、等の具体的状況が明らかにされるべきところ、これに関する原告の主張立証はなく、A社長の陳述書における原告主張の損害に関する陳述のみでは原告主張の損害発生の蓋然性がどの程度あったかを認めるに足りない。そうすると、原告主張の損害の発生は認められない」として、損害の発生を否定しました。

また、会社は、A社長らが労働者から受けた業務妨害がなければ会社が挙げられたであろう営業粗利益をも会社の損害として主張していましたが、これについても裁判所は「確かに、被告の任務懈怠により、周囲が支援・助力を余儀なくされ、ひいては、原告全体の業務運営が阻害されることにつながったことは認められるものの、損害発生の前提となる原告の販売計画がどのようなものであり、同計画の達成度がどのような状況にあったかについては、これを認めるに足りる証拠はない。また、売上げ達成の見込みは、原告の販売する製品の商品力、営業担当者の営業力、競合他社の状況、市場の景況感等によって左右されるものであり、これらの検討なくして増収見込みの蓋然性は明らかとはならない。そうすると、A社長の陳述書における原告主張の損害に関する陳述のみでは原告主張の損害発生自体認めるに足りない」として、上記と同様の理由づけにより否定しました。

また、労働者の任務懈怠行為と損害発生との因果関係についても「使用者は、解雇以外にもさまざまな労務管理上の措置を労働者に講ずることが可能である。一般的には、定期的な人事評価を実施して待遇に反映させるほか、当該人事評価の理由等を上司から直接説明するとともに、当該労働者の業務遂行上の問題点を指摘しつつ改善に向けた協議をすることが考えられるし、(中略)改善の見込みが乏しいというのであれば、同労働者による業務上の失敗あるいはこれに伴う損害の発生を防ぐために、同労働者に重要案件を担当させないこととしたり、配置転換を検討することなどが考えられる。また、非違行為に関しては、懲戒処分に処して改善を促すことで対応すべきであるし、解雇事由と評価できるまでの事情がない場合であっても退職勧奨は可能である。しかるに、本件解雇までの間に、上記のような対応を原告が被告に講じたことを認めるに足りる証拠はなく(中略)、原告が労務管理上の不備を放置していた状況も認められる。そうすると、対応の不手際及び労務管理上の不備によって被る不利益を甘受すべき責任が原告にある」として、因果関係についても否定し、結論として、会社から労働者に対する損害賠償請求を認めませんでした。

※一言コメント

会社に生じた損害については、主として立証不十分を理由に否定されています。一般的に、会社から労働者への損害賠償請求は認められにくいということは言えると思いますが、証拠等が十分であった場合には、異なる判断になっていた可能性も否定できないと思います。

また、因果関係の点については、上記にて損害の発生自体が否定されている以上、傍論とも言えますが、会社が取るべき労務管理の形について具体的に説示しています。

お問合せはこちら
(Zoom等を活用し全国からのご依頼に対応しております)

お気軽にお問合せください

まずはお気軽にご相談下さい。具体的なご相談は下記フォームからお願いいたします。

無料相談はこちら

【全国対応】
お問合せはお気軽に

ご相談は下記フォームからお願いいたします。お気軽にご連絡ください。