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本件は、外国人労働者が、日本語能力が雇用契約時に前提としていた水準に達していない等の理由で試用期間中に解雇された事案です。会社側が主張していた日本語能力の欠缺に関し、裁判所は要旨以下のとおり判示して、結論として、解雇(留保解約権の行使)は無効と判断しました。
「ア 日本語によるコミュニケーションが取れないという主張について
(ア)まず、本件雇用契約締結において、原稿がどの程度の日本語能力を有することが前提とされていたかについて検討する。
(略)
そして、原告が被告に提出した職務経歴書に日本語能力を「中級」と記載したことからすれば、本件雇用契約において、原告と被告間で前提とされていた原告の日本語能力は「中級」であったと認められる。
(略)
そうすると、本件雇用契約時に原告の日本語能力は「中級」であることが前提とされていたものの、それがCEFRの「B1」で示される程度の日本語能力を意味するとは認められず、「中級」の内容が明確に定まっていたとまではいえないが、被告が原告の採用面接時の日本語でのやり取り等を考慮して原告の採用を決定したことからすれば、その余の被告の主張を踏まえて検討しても、「中級」とは、少なくとも採用面接時に原告が被告と日本語でやり取りした程度の日本語能力をいい、これを前提に本件雇用契約が締結されたと認めるのが相当である。
(イ)以上を踏まえて原告が、本件雇用契約で想定されていた日本語能力を欠き、業務を円滑に遂行するための日本語によるコミュニケーションが取れないと認められるかについて検討する。
この点、原告が本件雇用契約当日及び11月25日に原告の妻の名前を漢字で書くことができず、原告の兄が死亡した際に、被告の従業員の「葬式はどこでやるのか。」という質問について、少なくとも質問の意図を理解できなかったとの事実は認められる。
しかし、原告の妻の名前の漢字(E)は、画数も多く、相応に難しい漢字であるから、原告が原告の妻の漢字を書くことができなかったことをもって、上記(ア)の「中級」程度の日本語能力を欠くとは認められない。原告は、原告の兄が死亡した際の被告の従業員の意図を理解できなかったことは認められるが、国によって文化や慣習も異なり得る葬儀に関するやり取りについて、原告が被告の従業員の質問の意図を理解できなかったことをもって、原告の日本語能力が上記(ア)の「中級」程度の能力を欠くとは認められない。
(略)
かえって、(略)原告は、11月8日、日本語教育研究所の日本語能力の評価テストを受け、「聞く・話す」に関し、情報理解度、質問能力、自己表現力、要約力、会議、交渉、ディスカッション能力について3.5又は3.0、「読む・書く」に関し、専門的資料の読解力について3.5と一定の日本語能力があると評価を受けており、その他について適用外とされていることを考慮しても、かかる評価をもって、上記(ア)の「中級」程度の日本語能力を欠くとは認められない。(略)
そうすると、原告が上記(ア)の「中級」の日本語能力を有しなかったとは認められない。また、本件雇用契約には労働者の資質等を調査するための期間として3か月の試用期間が設けられているところ、仮に原告の日本語能力に十分ではない部分があったとしても、原告が、日本語教育研究所の評価する日本語能力を有し、かつ、被告の提供する週1回の日本語教室に通うなどの意欲を示していたことからすれば、上記試用期間3カ月のうち約1か月が経過した11月25日の時点で、試用期間が満了する令和4年1月24日の時点においても本件雇用契約で前提とされていた上記(ア)の「中級」の日本語能力を有差rないことが見込まれる状態にあったとは認められない。
(ウ)したがって、業務を円滑に遂行するための日本語によるコミュニケーションが取れないとの被告の主張は採用できない。」
本件は、試用期間中に逮捕勾留され、会社との関係では5日半にわたり欠勤となった労働者の解雇について、その有効性が争点となった事案です。
裁判所は、以下のとおり述べ、解雇は有効と判断しました。
「(2)前記認定事実によれば、原告は、本件逮捕勾留を受けた際、被告に対し、個人的事情によるものといった説明しかせず被告の承認を得ないまま5日半欠勤したことが認められる。
5日半の欠勤については、労働者の労働契約における最も基本的かつ重要な義務である就労義務を放棄したものとしてそれ自体重大な違反であるといえる。原告は、5日半の欠勤に先立ち有給休暇及び振替休日を取得しているものの、本件逮捕勾留という事の性質上、引継ぎ等がされたとは考え難いから、これらを含めれば、被告において、原告が突然長期間不在になったことによって多大な迷惑を被りその穴を埋めるために対応を余儀なくされたことは明らかである。また、原告は、被告から欠勤について事情の説明を求められても、被告に対し、個人的事情によるものとしか説明していない。犯罪による身柄拘束といった高度にプライバシーに関わる事項ではあるものの、それを知らない被告から欠勤について事情の説明を求められるのは当然である。原告は、本件解雇後、被告に対し、欠勤の理由が本件逮捕勾留であることを伝えているものの、それであれば、欠勤する際に伝えるべきであり、本件逮捕勾留について被告に一切伝えないといった当時の対応は不適切であったといえる。原告は、被告において勤務を開始したばかりで被告との間の信頼関係を徐々に構築していく段階であったところ、被告に対し、欠勤の理由について個人的事情によるものとしか回答しない状態であったから、被告からすれば、原告の就労意思すら不明であるし、原告について仮に本採用をしても理由を明らかにしないで突然長期間の欠勤をする可能性がある無責任な人物と考えるのは当然である。これらによれば、原告の上記対応によって、原告と被告との間の労働契約の基礎となるべき信頼関係は棄損されたといえる。なお、原告の欠勤が逮捕勾留によるものといった当時判明していなかった事実を考慮しても、不起訴処分後に起訴することは妨げられないこと、犯罪の内容等によっては逮捕勾留の事実も社会的に半ば有罪と同視されてマスコミ報道等で取り上げられ被告の社会的評価が棄損されることもあり得ることによれば、原告を本採用することは、被告においてなおさらリスクが高かったといえる。
これらについては、被告において、本件労働契約締結当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実であるといえるし、被告において引き続き雇用しておくのが適当でないと判断することが相当であるともいえる。したがって、原告は、試用期間中の解雇事由について定めた就業規則における「正当な理由のない無断欠勤が3日以上に及んだ場合」(8条1項2号)に該当するといえるし、欠勤すること自体の連絡があったことから「無断欠勤」とは言えないと解する余地があったとしても、少なくとも「社員としての本採用が不適当と認められた場合」(同条柱書)及び「その他前各号に準ずる程度の事由がある場合」(同条1項11号)に該当するといえる。」
本件は、要旨、営業職員として被告に勤務していた原告が、「6か月間に一定の営業成績を挙げない者は解雇する」旨の就業規則の規定に基づいて解雇され、当該解雇の有効性が争点となった事案です。
裁判所は、以下のとおり述べ、解雇の有効性を認めました。
「(1)本件解雇の合理性
ア 解雇事由該当性
前記前提事実によれば、CT社員である原告に適用される被告の就業規則においては、半年間の査定AAPが300万円を下回ることという一義的に判断し得る事由が解雇事由として規定されているところ(前提事実(3))、前記認定事実(4)ウのとおり、原告の令和2年下半期の査定AAPは75万0064円であり、原告には、就業規則44条1項6号所定の解雇事由があると認められる。
イ 本件規定の必要性・合理性
(ア)前記認定事実(1)及び(2)によれば、CT社員は、生命保険の営業を行うため、被告の事務所ごとに学歴や経歴不問で採用され、基本給は月額10万円であり、給与の中心は販売した保険料に応じた歩合給である成績手当や継続手当等によって構成されることが予定されていたことが認められる。そして、CT社員は、所定労働時間は定められていたものの、事務所に出社して勤務することが義務付けられている時間は限定されており、各従業員は、いつ、どこで仕事を行うかについて相当の裁量が与えられていたことが認められる。
このようなCT社員の採用条件、給与体系及び職務内容に照らせば、CT社員は、被告において、もっぱら保険の募集を行うことが予定されていたというべきである。そして、被告は、保険の募集を行うCT社員に対して、売上げの如何に関わらず、月額10万円の基本給や最低賃金確保のための保障給を支払うこととしていたから、CT社員が一定の水準の売上げを挙げなければ、被告はその給与等を支払うことができないこととなる。したがって、CT社員が所定の期間内に一定の売上げを挙げられないことを解雇理由として定める本件規定には、合理的必要性があると認められる。
(イ)そして、本件規定の定める本件基準は、半年間で査定AAPが300万円というものであるところ(前提事実(3))、被告における主力商品は査定AAP算定のための係数が2と設定されており、月額保険料2万円の保険契約を新たに成約した場合の査定AAPは48万円となるとされているから、前記基準は、主力商品に該当する月額保険料2万円の保険契約を半年間で7件成約すれば満たす水準のものである(認定事実(3)ア)。また、被告には全体で約4000人のCT社員がいるとされているところ(証人B(27頁))、令和2年下半期の被告全体の新規獲得契約の保険料は年額換算で約372億円であったから(乙5、証人B(31頁))、同期間における新規獲得契約の年額保険料は、概算でCT社員一人当たり約930万円程度ということとなり(≒372億円÷4000人)、獲得できる保険契約の大半について、査定AAP算定で用いられる係数が1よりも大きいこと(証人B(29頁))に照らすと、本件基準は、CT社員一人当たりの平均的な査定AAPよりも相当低い水準に設定されているということができる。
また、査定期間は6か月間であり、1、2か月間といった短期間に偶然的に生じた結果のみに左右されることなく、期間中に自らの査定AAPを把握して対応しようと試みることが可能と考えられる程度の期間が設定されている。
これらの事情に照らせば、本件基準は、その額及び期間ともに合理的な範囲内のものということができる。
(ウ)以上によれば、本件規定及び本件基準には必要性・合理性があると認められ、これを適用してされた本件解雇にも客観的に合理的な理由があると認められる。
(2)本件解雇の相当性
ア 前記認定事実(1)ウによれば、原告は、本件雇用契約の締結前に受けた面接において、担当者のCから、本件規定の存在や解雇事由について具体例を交えた説明を受けていたことが認められ、原告は、一定の期間内に所定の売上げを挙げなければ解雇されることを認識した上で、本件雇用契約を締結したことが認められる。
イ また、前記認定事実(1)イのとおり、本件雇用契約は、もっぱら保険の募集を行うことを想定した契約であり、学歴や経験を問わず、事業所単位で締結されるものであって、歩合給を中心とした給与体系が採用されており、売上げが挙げられないときは解雇され得る代わりに、売上げが多額に上れば経験年数等に関わらず高額の収入が得られる内容であったことが認められる。
ウ そして、原告は、平成28年上半期にも本件基準を下回り、その際は本件規定に基づく解雇をされなかったが、その際、当該取扱いは1回限りである旨を告げられていたことが認められ(認定事実(3)ウ)、令和2年下半期はそれにもかかわらず本件基準を下回ったものである。
エ 原告の査定AAPの推移を見ると、平成26年以降は、平成30年下半期を除いて、いずれの期間においても査定AAPが350万円以下にとどまっており、令和2年下半期の成績が例外的に低かったという見方をすることもできない。また、原告の令和2年下半期の査定AAPの数値は約75万円にとどまり、本件基準をごく僅かに下回ったというものでもない。
オ これらの事情を考慮すれば、本件解雇が社会通念上相当性を欠くものとも認められない。
(3)小括
以上によれば、本件解雇は客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当性を欠くものとはいえず、有効である。」
本件は、保険募集業務に従事する労働者について、募集行為が信用を毀損したとして懲戒解雇がなされ、当該解雇の有効性が問題となった事案です。
裁判所は以下のとおり述べ、懲戒解雇は無効と判断しました。
「2 争点1(本件各懲戒解雇の有効性)について
(1) 客観的合理的な理由(懲戒事由)の存否
ア 被告は、原告らが、本件各本契約者の意向を把握せず、乗換契約に伴う不利益を本件各本契約者に告知しなかったなどとして、本件各懲戒解雇には、客観的合理的な理由が認められる旨主張する。
イ しかし、被告は、c社の保険商品の募集行為を行う原告らを含めた募集人に対して、募集行為を行うに当たっては、「ご契約に関する注意事項(注意喚起情報)」や「ご意向確認書」等を示しながら説明を行い、保険契約者の意向を確認し、それが乗換契約である場合には、「別紙」(甲共14・参考3、乙共2)を用いて、乗換契約に伴う種々の不利益を説明することを求める一方で、その説明すべき不利益の内容として、個々の乗換契約の際に生じた解約損の額や過去の乗換契約を含めて生じた解約損の累計額まで説明するよう具体的な指示をしていなかった。そして、原告らは、本件各本契約者に対し、本件乗換に際して、「ご契約に関する注意事項(注意喚起情報)」、「ご意向確認書」及び「新旧比較表」等を示しながら、その意向を確認し、乗換契約に伴う種々の不利益を当該別紙を用いるなどして説明しており、本件各本契約者は、本件乗換が自らの意向に沿うものである旨を「ご意向確認書」に記入し、署名押印していたものである(認定事実(5)ア、イ、(9))。かかる事実関係に照らせば、原告らは、乗換契約の募集行為を行う際に、被告が募集人に対して一般的に求めていた程度の顧客の意向把握や、不利益事実の告知を履践していたものと認められる。
保険業法300条で保険契約者に説明すべき「不利益となるべき事実」に、乗換契約によって生じる解約損の額が一般的に含まれると解することはできず、また、契約者の判断能力や理解度等の個別の事情によっては、保険会社ないし募集人に解約損の額まで説明すべき私法上の義務が生じる場合があること自体は否定しないものの、本件各証拠によっても、本件各本契約者は、乗換によって解約損が生じることを理解しており、かつその判断能力や理解力に特段の問題があったとは認められないから、本件乗換に当たり本件各本契約者に対して解約損の額まで説明すべき義務があったとまで認めることはできない。
そうすると、原告らに意向把握義務違反や不利益事実の不告知があったと認めることはできない。
また、本件各証拠によっても、原告らが専ら自己の成績向上等のために募集人としての権限・地位を濫用したと認めることはできない。
以下、これらについて、具体的に述べる。
ウ 意向把握義務違反に関する被告の主張について
(ア) 被告は、乗換契約が保険契約者に解約損その他の不利益を与えるものであり、被告及びc社においては、乗換契約の受理を避けるべきとされていたことから、乗換契約は全体として不合理であり、本件乗換が本件各本契約者の意向に反していることが事実上推定されるなどと主張する。
募集人に対する研修資料には、「お客さまの明確な解約意思や保険内容を変更することへのニーズがない場合は、保険契約の乗換を勧めてはいけません。」との記載があるが(認定事実(3)ア)、かかる記載によっても、保険契約者のニーズがある場合に、乗換契約の募集を行うことが禁じられていたとは認められない。また、金融庁も、乗換契約の募集行為を「通常の募集以上に注意を要する募集」に位置付けていたにとどまり(認定事実(1))、乗換契約の募集行為を一律に禁止していたものではない。そもそも、乗換契約には、既契約にはなかった保障内容を得ることができるというメリットが認められるのであって(認定事実(1))、そのようなメリットを重視した保険契約者による乗換契約が一律に不合理であるということはできない。また、c社においては、乗換契約である場合に、営業手当及び販売実績の計算において新規契約の場合の2分の1として取り扱われ(認定事実(2))、優績者の選奨基準に乗換契約の発生率が低いことが用いられている(認定事実(11)ウ)が、これらは、乗換契約においては募集人において契約の獲得が相対的に容易であるという側面があることを考慮したにすぎないとの見方も可能であって、これらをもってc社が乗換契約を原則として避けるべきものとしていたとみることはできない。そうすると、乗換契約はおよそ不合理な契約であるなどと断じることはできず、乗換契約であることやそれが多数されていることのみをもって、本件乗換が本件各本契約者の意向に反していることが事実上推定されるということはできない。
したがって、本件乗換が本件各本契約者の意向に反していることは、本件各懲戒解雇が有効である旨を主張する被告において具体的に立証すべき事柄であるといえる。
(イ) また、被告は、本件各本契約者の意向に反していることが推定されることを前提にしつつ、それを裏付けるものとして本件乗換の個々の不合理性についても主張する。
しかしながら、前記(ア)のとおり、本件乗換が本件各本契約者の意向に反していることは本件各懲戒解雇が有効である旨主張する被告において立証すべき事柄であり、かつ、その判断に当たっては、本件乗換当時、本件各本契約者がどのような意向を具体的に示していたのか、本件乗換に当たって原告らが本件各本契約者にどのようなメリット等を説明したのか、説明を受けたメリット等についてその時点で本件各本契約者が理解できていなかったのかなどについての検討が必要である。この点については、本件各本契約者の陳述書の証拠提出や証人尋問はされておらず、令和元年6月以降に実施された本件各本契約者からの聴取結果はあるものの、本件乗換に係る個別の契約の具体的な経緯については、本件各本契約者において当時の状況の記憶があった各1件についての記録があるのみであり、かつ、原告らが指摘する各乗換理由について、それが存在する可能性を本件各本契約者に確認したものでもない(なお、被告ないしc社にとって本件各本契約者は顧客に当たることから、その協力が得られる範囲について一定の限界があり得ることは否めないが、他方で、従業員の懲戒解雇という重大な効果を導く事項であることに照らすと、十分な事実確認が求められるというべきである。)。また、乗換理由に係る原告らの主張や供述は、原告らの記憶に基づくものであるが、本件乗換に係る契約書類を踏まえて記憶を喚起するとしても、そもそも、被告ないしc社において、契約時に作成される「ご意向確認書」には、顧客のニーズを簡略に記載する程度しか求められておらず、募集に当たって把握した顧客のニーズを詳細に記録化して保存しておくことが求められていたものではないことや、古い契約が多数含まれることから、喚起できる記憶の正確性や具体性には限界があることが否めない。本件乗換の理由に関する原告らの説明が十分に合理的であるといえないことは、原告らが本件各本契約者の意向を十全に把握できていたのかに疑義を生じさせるものであるが、上記に照らすと、この点のみを過度に評価することは相当でない。前記のとおり、乗換契約には、既契約にはない新たな保障を得られるというメリットも存するのであり(認定事実(1))、証拠上本件各本契約者の各契約当時の具体的な意向がどのようなものであったかは明確とはいえないが、乗換契約に伴って生ずる解約損その他の不利益があることを想定しつつ、原告らから説明を受けたメリットを享受するために、契約の時点においては、本件各本契約者が本件乗換をあえて選択した可能性も否定できない。したがって、本件乗換に関する原告らの説明に不合理な部分があるとしても、これをもって直ちに、原告らが本件各本契約者の意向を把握していなかったことを推認させるものとまではいえない。
(ウ) 被告は、本契約者Xには530万円以上の、本契約者Yには580万円以上の累計の解約損がそれぞれ生じているところ、本件各本契約者が、「勧められるままに複数の契約をした。」、「社員を信頼しているので言われるがままに契約していた」などと述べていることから、原告らには意向把握義務違反が認められる旨主張する。
しかしながら、原告らは、本件各本契約者に対して、解約損その他の不利益が生じること自体は告げており、本件各本契約者も解約損その他の不利益について原告らから説明を受け「認識はあった。」と述べており(認定事実(5)ア、イ、(9))、解約損その他の不利益を認識しつつ本件各本契約者は本件乗換を行ったものと認めるのが相当である。また、後記エのとおり、原告らには具体的な解約損の額やその累計額を告げる義務があったとは認められないのであるから、本件各本契約者に対して個々の解約損の額やその累計額を告げた上でなお乗換契約を行うか否かについての意向を把握すべき義務も認められない。そのため、本件各本契約者が「これほど契約を申込み、解約を繰り返し損失があるとは思わなかった。」などと述べているとしても(認定事実(9))、本件各本契約者の意向を把握していなかったとはいえない。
そもそも、本件各本契約者は、本件乗換が自らの意向に反していたとは明確に述べておらず、原告らから提案を受けた商品は意向と一致するものであったかとの問いに対して、「一致している」と回答している(認定事実(9))。本件各本契約者が原告らの勧めた内容の保険を契約したとしても、契約に至る過程においては、募集人が保険商品のメリットを説明したり、契約者のニーズに関する会話がされたりするのが通常であり、上記回答は、本件乗換においても、そのような過程を経て、本件各本契約者がその意向に沿う保険を契約したことに整合するから、上記回答は、本件乗換が本件各本契約者の意向に反するものではなく、原告らが意向把握義務を履践していたことを裏付けるといえる。
したがって、本件各本契約者の供述を踏まえても、原告らに意向把握義務違反は認められない。
(エ) 被告は、原告らが提出した本件各始末書において、本件乗換が不合理であること及び本件各本契約者の意向に反していたことを認めていることから、原告らには意向把握義務違反が認められるなどと主張する。
しかしながら、本件各始末書は、原告らが、本件各本契約者のいかなる意向を把握していなかったとしているのかが明らかではなく、本件各本契約者の意向と本件乗換の内容がいかなる点において相違していたのかを具体的に述べるものではない。また、本件各始末書を作成し提出した動機について、原告aは、物事を穏便に済ませるために自分の非を認めるような内容にした方がいいと判断したと述べ(甲B4〔22〕)、原告bは、逆らわずに始末書を提出すれば解雇されることはないと思って作成したなどと述べているところ(甲D8〔14、15〕、原告b〔24〕)、本件各始末書の内容(認定事実(8))に照らすと、これらの供述が必ずしも不合理であるとはいい難い。そのため、本件各始末書をもって、原告らが本件各本契約者の意向を把握していなかったと認めることはできない。
(オ) 以上のとおり、意向把握義務違反に関する被告の主張はいずれも採用することができない。
エ 不利益事実の不告知の存否についての被告の主張について
被告は、少なくとも本件のように高齢者を契約者として同種又は類似の乗換契約の勧誘を行う場合には、募集人は個々の解約損の額のみならず、その累計額についても契約者に説明を行う必要があり、これらを怠った原告らには不利益事実の不告知が認められる旨主張する。
しかしながら、被告が原告らを含めた募集人に対する研修において使用していた研修資料にも、解約損については、「お客さまは解約返戻金が払込保険料合計額より少なくなったり、戻ってこないことを理解されているか」との記載があるにすぎず(認定事実(3)ア)、募集行為を行う際に原告らを含めた募集人が用いていた「ご契約に関する注意事項(注意喚起情報)」にも「現在のご契約を解約、減額した場合にお支払いする返戻金の額は、多くの場合、払込保険料の合計額より少ない金額となります。特にご加入後短期間の場合は、返戻金がない場合やごく少ない金額となる場合があります。」との記載があるにとどまること、「新旧比較表」にも、解約損の額を記載される仕様になっていなかったこと(認定事実(5)イ)、募集人において顧客の解約損の累計額を容易に知り得る体制になっていたとは証拠上認められないことに照らすと、被告が、原告らを含めた募集人に対して、具体的な解約損の額やその累計額を保険契約者に対して告知することを求めていたとは認められない。また、保険契約者が高齢者である場合であっても、被告は、加齢に伴う認知機能等の低下に配慮し、説明した内容を保険契約者が理解しているかを確認するよう原告らを含めた募集人に対して求めていたにとどまり(認定事実(3)ア、(4))、原告らを含めた募集人は、保険契約者が乗換契約に伴って解約損が生じることを理解しているかを確認していれば、被告が要求していた水準の不利益事実の告知としては足りるものというべきである。
また、契約者の判断能力や理解度等の個別の事情によっては、保険会社ないし募集人に解約損の額まで説明すべき義務が生じる場合があること自体は否定しないものの、本件各本契約者は、乗換によって解約損が生じることを理解しており、かつその判断能力や理解力に特段の問題があったとは認められないし(証人n〔31〕、弁論の全趣旨)、本契約者Yについては、遅くとも平成26年7月頃以降、契約の際に娘が同席していたのであるから、本件各本契約者や本契約者Yの娘において解約損の額やその累計額を具体的に知りたい場合には、募集人である原告らに問い合わせることは可能でありかつ容易であった。そうすると、原告らが本件乗換の募集をするに当たり、本件各本契約者に対して解約損の額まで説明すべき義務があったとまで認めることはできない。
したがって、被告の主張を踏まえても、原告らが本件各本契約者に対して個々の解約損額やその累計額を告知する義務を負っていたものと解することはできないから、仮に、原告らが本件各本契約者に対して個別の解約損額等を告げていなかったとしても、不利益事実の不告知は認められない。
オ その他、被告は、原告らが専ら自己の成績向上と報酬獲得のために、募集人としての権限・地位を濫用したなどと主張する。
しかし、以上の検討結果のほか、本件各証拠によっても、原告らが、販売実績や営業手当を不当に得る目的で契約時期を恣意的に操作するなど、乗換契約に係る契約期間の規制(認定事実(2)参照)を潜脱した事実や、顧客の意向把握のために設けた被告の審査体制(認定事実(6)参照。なお、被告は、これを形式チェックとし、第三者委員会の報告書にもその旨の記載があるが(認定事実(6))、当該審査体制は保険業法294条の2が規定する顧客の意向の把握に向けた義務にも由来するものと考えられること、申込関係書類の査閲において、保険契約者の意向と申込みを受けた保険商品の内容に疑義がある場合は、募集人に状況を確認するとされていたこと(認定事実(6))、金融庁が「意向確認書面」の実効性ある運用を求めていたこと(認定事実(7))に照らすと、単なる形式チェックを目的にしたものとみることはできない。)を原告らが潜脱しようと企図した事実なども認定できないことを踏まえると、被告が主張するような募集人としての権限・地位の濫用の事実を認定することはできない。
したがって、被告の主張は採用できない。
(2)結論
したがって、被告の主張する本件各懲戒解雇の客観的合理的な理由(懲戒事由)が認められないから、その余の点について判断するまでもなく、本件各懲戒解雇は無効である。」
本件は、私傷病休職中の有期雇用労働者について(※なお、労働者側は休職理由が労災であると争っていましたが、この点は認められませんでした)、解雇の有効性(「やむを得ない事由」の有無)等が争点となった事案です。
裁判所は以下のとおり述べ、解雇を有効と判断しました。
「3 争点2(本件解雇に労働契約法17条1項が定めるやむを得ない事由があったかどうか)について
(1)被告は、原告がうつ病により平成30年2月から令和元年8月まで1年6か月余り休業状態を継続し、有給欠勤及び有給休職を特例として付与した上で、原告の回復を辛抱強く待ったが、本件解雇時において、病状の回復改善の見通しが立たなかったこと、原告の担当する社宅関連業務は外注化により存在しなくなったこと、原告に対して品川事務所での復職を提案したが、原告は、これに応じなかったことから、本件解雇には、やむを得ない事情があると主張する。
これに対し、原告は、本件7月17日診断書及び本件7月31日診断書によれば、被告が勤務形態を検討すれば、原告の復職は可能であったこと、社宅関連業務の外注化は原告を解雇するためにした不当なものであったこと、被告は、原告との間で復職に向けた協議もせず、原告に対して合理的な配慮をしていないと主張するので、以下検討する。
(2)有期労働契約は、契約の存続期間を限定する一方で、期間中の雇用の存続を保障する意義をも有することからすれば、労働契約法17条1項の定める契約期間中の解雇に必要とされる「やむを得ない事由」とは、期間満了を待つことなく直ちに雇用を終了させざるを得ないような特別の重大な事由と解するべきである。
(3)本件解雇時の原告の復職可能性について
原告は,平成29年12月13日、抑うつ状態により,1か月の休養が必要と診断され(認定事実(12)),平成30年2月5日に早退して以降、出社しないようになり(認定事実(13))、同年2月21日,抑うつ状態により3か月の休職が必要と診断され(認定事実(18)),同年4月4日には、症状改善のため復職可能と診断されたものの(認定事実(20))、同年5月9日には、3か月の休職が必要と診断された(認定事実(23))。原告は、同年8月15日、症状は軽減方向であり、軽負荷の労働環境での復職への調整を進めることが有益であると診断され、産業医も復職可能な健康状態であると診断したが(認定事実(24))、同年10月27日及び平成31年3月2日、抑うつ状態により、それぞれ3か月の休職が必要と診断された(認定事実(26)、(31))。
このように、原告は、平成30年4月頃及び同年8月頃には症状が軽快に向かい、復職への調整が可能と診断されたものの、復職が果たされないまま、同年9月以降、体調悪化によるうつ状態のために休業が続き、平成31年4月30日の雇用期間満了を控えた同年4月17日には,F医師から、令和元年5月1日から3か月間の休養を要すると診断されているのであるから(認定事実(31))、本件最終更新時、被告は、原告が、同年7月末まで稼働できない状態となることは認識していたものと認められる。
そして、F医師は、本件7月17日診断書には、在宅勤務であれば復職可能である旨記載したところ(前提事実(8))、平成30年7月30日、Hに対し、その趣旨について、時短勤務やフレックスによる復職は困難であって、在宅勤務が制度上不可能であれば復職は困難である旨述べた上(認定事実(36))、本件7月31日診断書には,働く意欲はあるが,病状が芳しくなく,同年8月1日以降も継続して3か月の休養が必要であること、在宅勤務を希望しているのではなく、復職する際には、短時間勤務やフレックスタイムなどについて原告と検討して模索してほしい旨の記載をしているのであるから、この診断をもって、原告は、どんなに短くとも同年10月末まで稼働することができず、私傷病による欠勤状態が継続することが明らかとなったといえる。
以上によれば、原告は、同年5月1日からの1年間の契約期間のうち短くとも半年間は稼働できないことが明らかとなった上、原告の休業期間は、平成30年2月5日以降から本件解雇がされた令和元年9月末時点で既に約1年8か月に及んでおり、同年7月31日の時点においても、症状が改善傾向にあったなどの事情も窺えず、同年11月1日以降に稼働可能であると見込まれる事情も皆無であったといわざるを得ないから、本件解雇時、原告に復職可能性があったとは認められず、原告には、嘱託就業規則14条1号の「勤怠が不良で、改善の見込みがないとき」、嘱託就業規則14条柱書き、社員就業規則11条2号「精神または身体に障害を来し、会社業務に堪え得ず、かつ、回復の見通しが立たないとき」に該当する事由があったというべきである。
(4)社宅関連業務の外注化について
前記2(2)ア(イ)説示のとおり、社宅関連業務の外注化は合理的な経営判断であるというべきであるし、原告と被告との間の嘱託労働契約上、契約期間満了をもって、原告との雇用契約を終了させることは可能であったから、原告を雇止めにするという目的のみで、被告において、中日本営業本部及び西日本営業本部における社宅関連業務にも影響を及ぼすような業務形態の変更を行うことなど通常考えられないから、社宅関連業務の外注化が原告を解雇するための不当なものであるとの原告の主張は採用できない。
(5)その他の事情等について
ア 原告は,被告が障害者雇用促進法に基づく合理的配慮義務に違反している旨を主張するが,前提事実(2)アのとおり,原告は,先天性疾患である大動脈弁閉鎖不全又は狭窄による心臓機能障害4級及び同疾患による両下肢機能障害4級等により身体障害者等級3級と認定されている者であるところ,原告が休職に至った原因は,これらの障害とは特段関係がないのであるから,被告が合理的配慮を怠った結果、原告が休職をしたということはできない。
イ 原告は、被告が、復職条件の協議もしていないと主張するが、被告は、別紙1の3の就労が可能であるとの診断書の提出を受けて(認定事実(20))、平成30年2月から同年9月までは、原告が加入した組合からの団体交渉に応じ、雇止めを前提とした金銭的解決の提案をしたり、産業医との面談を予約し、原告の復職場所として、フレックスタイム勤務が可能で業務内容等も相応しいとして品川営業所を提案したりしていることが認められるところ、原告は、被告の提案を拒絶した後(認定事実(16)、(19)、(21)、(23)、(25))、具体的に復職の条件について検討できるような状態にまで症状が改善しなかったのであるから、その後に、被告が何らかの提案をしなかったからといって合理的な配慮をしていないとはいえない。なお、原告は、芝公園事務所に比べて品川営業所への通勤時間が20分程度長くなり、乗り換え回数が2回増えることから、被告による当該提案が不当であると主張する。しかし、原告が勤務していた芝公園事務所は人事情報の管理をする部門が存在しているところ、原告は、平成29年4月から平成30年1月頃までの間、Rに対し、全従業員1700名の個人情報を正当な事由なくRに送信し(認定事実(7)イ)、経理処理上のミスも多かったこと(認定事実(7)ア、カ、キ)からすれば、被告が、原告を人事情報の管理を行う部門において勤務させることはできず、原告のミスをカバーするためにもチームで行う業務に配置することが適当であると考えたとしてもやむを得ないというべきである。
ウ 以上に加えて、原告が欠勤状態となって以降の被告の対応についてみるに、被告は、賃金規則上、勤続満3年以上5年未満の者については、私傷病による有給欠勤が3か月しか認められないにもかかわらず(前提事実(10))、平成30年2月5日から同年4月15日まで(認定事実(16)、(18)、(20))、特例として同年8月7日から同年10月30日まで(認定事実(23))を有給欠勤として扱っただけでなく、嘱託就業規則上、休職を命じないこととなっているにもかかわらず(前提事実(10))、特例として同年11月1日から平成31年4月30日まで有給休職(ただし、同年2月1日から同年4月30日は賃金の半額支給)として扱っている(認定事実(26)、(30))。これは、被告において、原告が、Bからパワハラを受けたと被告のパワハラ窓口に相談したり(認定事実(12))、組合が、社宅関連業務の外注化したとの理由で雇止めにするのは無効であると主張したり(認定事実(19))、三田労働基準監督署に対して療養保障給付申請中であること(認定事実(27))を考慮して、少なくとも、同給付申請が一定の結論を得るまで、欠勤を続けている原告に対して特別の配慮をしていたことが窺えるところ、上記療養給付申請について不支給処分がされ、被告以外の第三者によって、原告の疾病が私傷病であるとの判断がされたのであるから、被告が、これ以上、原告について、就業規則に定めのないような特別な配慮をすることは相当ではないと判断したとしてもやむを得ないというべきである。
(6)小括
前記(3)説示のとおり、原告は、本件解雇時、私傷病による欠勤が続いていたのであって、勤怠が不良で改善の見込みがなく、精神に障害を来し、会社業務に堪え得ず、かつ、回復の見通しが立たなかったものであり、これは、就業規則に定められた解雇に該当する事由と共に、期間満了を待つことなく直ちに雇用を終了させざるを得ないような特別の重大な事由に該当するというべきであって、前記(4)、(5)説示のとおり、これを不相当とする特段の事情はないから、本件解雇は有効である。」
本件は、運転免許の停止処分を受けている期間中に、勤務店舗から1キロ程度離れた施設まで社用車を運転した労働者が懲戒解雇されたことにつき、その有効性が争点となった事案です。
裁判所は以下のとおり述べ、懲戒解雇は無効と判断しました。
「2 争点1(本件懲戒解雇の有効性)について
(1)懲戒解雇事由該当性
ア 本件賞罰規程7条13号は、従業員が、「業務時間内外に関わらず、悪質な交通法規違反をしたとき、あるいは本人の責による重大な交通事故等を起こしたとき 詳細は別途定める」、諭旨退職又は懲戒解雇とする旨を規定し、本件賞罰規程9条2項⑤は、本件賞罰規程7条13号の詳細の一つとして、「著しい交通法規違反により、刑法に触れるとき」を定めている。そして、本件賞罰規程9条1項及び2項において具体的に列挙された事由は刑法典に規定された犯罪を構成するものに限られていないこと、かつ、犯罪の重大性にかかわらず、あえて特別法に規定された犯罪を懲戒事由から除外する合理性も見いだし難いことからすれば、同条1項⑧及び同条2項⑤の「刑法」は、「刑法その他の刑罰法規」と解釈すべきである。
これを本件についてみると、本件運転行為は、免停処分を受けているにもかかわらず、公道で自動車を運転したものであり、道路交通法違反(無免許運転)を構成する。そして、無免許運転が、高い違反点数が定められている重い交通法規違反であること(乙15)に照らせば、本件運転行為は、懲戒解雇事由である「著しい交通法規違反により、刑法(刑法その他の刑罰法規)に触れるとき」(本件賞罰規程7条13号、9条2項⑤)に当たるというべきである。
イ これに対し、原告は、いわゆる包括条項である本件賞罰規程9条2項⑤の適用に当たっては、同項において具体的に列挙されている他の事由(事故の発生を伴う飲酒運転(本件賞罰規程7条13号、9条2項①))と同等のものに限定すべきであり、事故の発生を伴わない無免許運転はこれに該当しない旨を主張するが、事故の発生を必須の要素とすることは規定の解釈として困難であり、採用することができない。原告が挙げる事情は、公平性の観点から、懲戒解雇の相当性(後記(2))において斟酌すべきものである。
(2)懲戒解雇の相当性
ア 本件運転行為が本件賞罰規程の定める懲戒解雇事由に該当することは、前記(1)のとおりであるが、懲戒権の行使は、懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても、当該具体的事情の下において社会通念上相当なものとして是認することができないときには、懲戒権を濫用したものとして無効になると解するのが相当である。
そして、本件賞罰規程では、交通法規違反のうち飲酒運転を懲戒事由として具体的に挙げた上で、「業務時間内外に関わらず」、「飲酒運転をしたとき」は訓戒、けん責、減給、出勤停止、解任又は降格とする旨(6条17号、9条1項②)を、「飲酒運転をして事故を発生させたとき」は諭旨退職又は懲戒解雇とする旨(7条13号、9条2項①)を規定し、事故の発生の有無によって諭旨退職・懲戒解雇と解任・降格以下の処分とを振り分ける一方、業務時間内の行為であるか否かはその要素とはしていない。そうすると、いわゆる包括条項である本件賞罰規程9条2項⑤を適用して懲戒処分を行うに当たっては、公平性の観点に照らし、かかる趣旨を十分に勘案してその相当性を判断すべきである。
イ そこで検討すると、本件運転行為は、業務上行われた重い交通法規違反であって、自動車の取扱いを業とする被告(前記前提事実(1))との信頼関係を著しく損なう非違行為であるといわざるを得ない。また、本件では、原告が交通法規違反を繰り返し、直近の免停処分に際しても短期講習の受講をせず、その結果、本件免停処分を受けるに至ったこと(前記認定事実(1))、本件運転行為を行うに際しても、上司に具体的な状況を報告し、対応を諮るなど、交通法規違反を犯すことのないよう真摯な検討をした形跡がうかがわれないこと(前記認定事実(2))など、その経緯に相当に軽率な点があったことを否定することができない。
ウ 他方において、本件運転行為は、事故の発生を伴っていないところ(前記認定事実(2))、本件賞罰規程上、事故の発生を伴わない飲酒運転が懲戒解雇事由とされていないこと(前記ア)及び無免許運転(免停処分を受けている期間中の運転)が危険性や悪質性の点において飲酒運転のそれを超えるとは直ちにいい難いことに照らせば、これについて懲戒解雇を行うことの相当性は慎重に検討せざるを得ない。また、本件運転行為は、被告との信頼関係を著しく損なう業務上の非違行為であるものの(前記イ)、本件賞罰規程上、業務時間内の行為であるか否かが飲酒運転に係る懲戒処分の量定を振り分ける要素とはされていないこと(前記ア)に照らし、これを懲戒解雇を相当とする決定的な事由とすることは困難である。
以上に加え、本件運転行為が、本件店舗と近隣の商業施設との間の約1.3kmを1回走行したにとどまること(前記認定事実(2))、本件運転行為により被告に明らかな損害が発生したとは認められないこと(前記認定事実(2)、弁論の全趣旨)、原告が、被告に入社してから本件懲戒解雇(及びこれに先立つ諭旨退職)を受けるまでの約27年間にわたり、被告から懲戒処分を受けたことがないこと(前記認定事実(3))等の酌むべき事情をも勘案したとき、本件運転行為について懲戒解雇を行うことは、懲戒処分の量定の均衡を欠くといわざるを得ない。
エ したがって、本件懲戒解雇は、これを社会通念上相当なものとして是認することができないから、懲戒権を濫用したものとして無効というべきである。」
本件は、会社情報の保存行為について、懲戒解雇の有効性等が争点となった事案です。裁判所は以下のとおり述べ、懲戒解雇は有効と判断しました。
「4 争点③(本件懲戒解雇に客観的合理的な理由があり社会通念上相当な場合に当たるか)
(1)客観的合理的理由の有無について
本件懲戒解雇に係る客観的合理的理由として、被告らの主張する各懲戒事由があったといえるか、検討する。
ア 法令違反について
前記3で説示したとおり、本件アップロード行為は、不正競争防止法違反行為には当たらず、「職務に関し、法令に違反する」(被告会社就業規則28条1号)行為であったということはできない。
イ 機密保持違反について
(ア)本件アップロード行為は、被告会社を退職し、他社へ転職する直前の時期に、有用性及び非公知性があって、機密情報に当たる情報をも含む、被告社内システムの仮想デスクトップ上領域に保存されていた合計3325個、容量合計2.4GBのファイルを内包したフォルダ及びBoxに保存されていたExcelファイルを、社外のクラウドストレージの自己のアカウント領域にアップロードして、被告会社の管理が及ばない領域に移転させたというものである。原告は、これは後任者であるCへの引継ぎのためにしたものであると主張するが、対象となった本件データファイル等の量のほか、その中に含まれる本件詳細主張ファイル群の内容からして、本件データファイル等の大部分は引継ぎには必要ない情報であったと推認される上に、原告が、以前の転職先から被告会社に持ち込んでいた情報についても、同様にGoogle Driveの原告のアカウント領域にアップロードを試みていることからすれば、本件アップロード行為が引継業務の目的でされたものではなかったことは明らかであるというべきである。この点に関する原告の主張は採用することができない。
そして、本件アップロード行為につき、他に正当な目的の存在をうかがわせる事情がないことからすれば、本件データファイル等が原告の転職先であるA社において価値のある情報であったとまではいえないことを踏まえても、本件アップロード行為は、原告自身又は被告会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことを合理的に推認することができる。
したがって、本件アップロード行為は、被告会社就業規則28条6号において禁止される、職務上知り得た被告会社及び取引関係先の機密情報を「不正に目的外に利用する」行為(同号イ)及び会社の文書、帳簿(電子データ等を含む。)等を「不正に目的外に利用する」行為(同号ロ)に該当する。
(イ)他方、本件アップロード行為から本件データファイル等が削除されるまでの経緯からすれば、本件アップロード行為後に本件データファイル等が原告の支配領域から出たことを認めることはできず、本件アップロード行為は、被告会社就業規則28条6号ハの定める「漏洩」行為には当たらないというべきである。
(ウ)原告は、被告会社の「情報管理徹底の件」と題する通達の定めからすれば、引継業務について所属長であるB課長から承諾を得たことにより、機密情報の社外への持ち出しについても承認を得ていたことになると主張する。しかし、「情報管理徹底の件」における機密情報の持ち出しの際の承認についての定めは、当該持ち出しに「業務上の理由」がある場合についてのものであって、業務上の理由がない本件アップロード行為には当てはまらない。
また原告は、被告会社の社内規程や通達相互の間で、社内情報の持ち運び・持ち出しに関する規定内容が整合しておらず、体系的に整理された社内ルールの下で情報管理がされていたとはいえない旨主張する。しかし、社内情報の持ち運び又は持ち出しに関する社内ルールは、いずれも業務上の理由がある場合についての規定であり、仮に、持ち運び・持ち出しに関する規定内容に不整合があったとしても、本件アップロード行為が社内ルール上の禁止行為に当たることは明らかであって、本件アップロード行為が社内ルールに反することの妨げとはならない。
原告はその他るる主張するものの、前記(イ)で説示したとおり、本件アップロード行為が「漏洩」行為に当たらないとする点を除き、いずれも採用することができない。
ウ 公私混同について
前記イで説示したとおり、本件アップロード行為は、原告自身又は被告会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的として、被告社内システム及びBoxに保存されていた有用性及び非公知性のある情報を含む極めて大量の情報を、被告会社の管理が及ばない領域に移転する行為であり、他に何らかの正当な目的があることもうかがわれない。したがって、本件アップロード行為は、被告会社就業規則28条4号によって禁止される、「職務上の任務に背き、本人の利益を図」る行為(同号ニ)に該当する。
エ 情報管理に係る社内ルール違反
被告会社及びその食料カンパニーの情報管理規程、ITセキュリティ管理規則、ITセキュリティ基準によれば、従業員が業務目的以外で業務情報を利用することを禁止し、電子化情報を保管保存する場合には会社が一元管理する会社標準のオンラインファイルストレージ基盤を利用すべきこととし、業務上の理由により個別にクラウドサービスを導入する場合には、IT企画部が指定するリモートワイプ(遠隔消去)が可能な仕組み等を利用すべきこととされていたのであるから、本件アップロード行為は、その内容及び目的からすれば、被告会社の上記社内ルールにも反するものであったということができる。
オ 小括
以上からすれば、原告は、本件アップロード行為を行ったことにより、「服務規律に違反」し(被告会社就業規則66条1号)、「その他会社の諸規程又は諸規則に関する違反があった」(同条8号)という懲戒事由に該当したものと認めることができる。
(2)社会通念上の相当性について
ア 本件データファイル等ないし本件詳細主張ファイル群の重要性
被告会社は総合商社であり、国内外の企業等に投資をし、商品を国内外の取引先から購入して顧客に販売することが基本的な業態であるところ、当該業態において、情報は付加価値の源泉というべき重要性を有するものと解される。他方、被告会社においては、その業態故に、機密性の高いものを含めて大量の情報を社内外の利害関係者間で適切に共有しつつ、迅速に処理することをも求められているから、営業秘密を個別に指定したり、特定のフォルダでの管理を義務付けたりすることは上記要請と相反するものであって、本件データファイル等について秘密管理性を認めることができるような、対象情報と一般情報を合理的に区分するような管理手法をとることは困難であったと推認される。
そうすると、被告会社において、シンクライアントシステムが採用された被告社内システムを構築し、クラウドストレージであるBoxを採用することにより、電子データを従業員の端末に保存させないこととし、社内ルールにより情報の管理を定め、サイバーセキュリティの実行組織を設置するなどの措置は、不正競争防止法による保護を受けるには不十分であったとしても、上記情報の業態上の重要性を踏まえて機密情報を保護しつつ、情報処理上の必要性に対応するための合理的な措置であるということができる。したがって、本件データファイル等ないし本件詳細主張ファイル群が営業秘密に当たらないことをもって、これらが被告会社にとって重要なものではなく、ひいては本件アップロード行為が悪質でなかったということはできない。
イ 本件アップロード行為の悪質性
本件アップロード行為は、被告会社において重要であり、合理的な体制により管理されていた有用性及び非公知性のある機密情報を含む大量の情報を、原告自身又は被告会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的として、被告会社の管理が及ばない領域に無差別に移転する行為であって、本件データファイル等の全部又は一部が原告の転職先において有用な情報であったと認めることができないことを踏まえても、被告会社の社内秩序において看過することのできない、極めて悪質な行為といわざるを得ない。
なお、本件アップロード行為後に本件データファイル等が原告の支配領域から出ていないことは、被告会社がサイバーセキュリティ対策を行って、システム監視やログ分析を行った結果、本件アップロード行為が早期に発覚した結果であるに過ぎないことが推認され、原告に特に有利に考慮すべき事情ということはできない。
ウ 情報流出に係る非違行為の特殊性
従業員の非違行為により情報が事業者の管理が及ばない領域に一旦流出した場合には、その後に当該情報が悪用されるなどして事業者に金銭的な損害が生じたとしても、その立証が困難なことや、当該従業員が会社に生じた損害賠償を支払うだけの資力に欠けることもあり得るところであり、情報の社外流出に関わる非違行為に対し、損害賠償による事後的な救済は実効性に欠ける面がある。さらに、このような非違行為は、退職が決まった従業員において、特にこれを行う動機があることが多い一方で、このような従業員による非違行為に対しては、退職金の不支給・減額が予定される懲戒解雇以外の懲戒処分では十分な抑止力とならないから、事業者の利益を守り、社内秩序を維持する上では、退職が決まった従業員による情報の社外流出に関わる非違行為に対し、事業者に金銭的損害が生じていない場合であっても、比較的広く懲戒解雇をもって臨むことも許容されるというべきである。
エ 本件懲戒解雇の相当性
前記アないしウに説示したとおり、本件データファイル等ないし本件詳細主張ファイル群が被告会社にとって重要であり、本件アップロード行為が悪質であって、事後的な救済は実効性に欠けるという非違行為としての特殊性を前提とすれば、被告会社の利益を守り、社内秩序を維持する上では、原告が、被告会社を退職し、他社へ転職する直前の時期に行った本件アップロード行為に対し、被告会社に金銭的損害が生じたことを認めることができず、また、原告に被告会社での懲戒処分歴及び非違行為歴がないことを考慮しても、懲戒解雇処分をもって臨むのもやむを得ないというべきであり、本件懲戒解雇は社会通念上相当なものと認めることができ、権利濫用には当たらないというべきである。
なお、原告は、被告会社において、過去に、従業員が、機密情報の入ったUSBメモリやパソコンを持ち出して紛失した事案に対し、懲戒処分を科した例がないことをもって、本件懲戒解雇は著しく公平性を欠く旨主張する。しかし、仮に、被告会社において過去にそのような取扱いがあったとしても、過失による紛失例と、大量の情報を、故意に被告会社の管理が及ばない領域に移転したという本件アップロード行為を同列に扱うことはできず、原告の主張は採用することができない。」
本件は、管理職として採用された労働者が、試用期間満了時に本採用拒否(解雇)されたことについて、その当否が問題となった事案です。会社側は、当該労働者の同僚に対する言動を問題視していたところ、裁判所は以下のとおり述べ、結論として本採用拒否(解雇)は有効と判断しました。
「以上によれば、原告には、他社を理解することに意を用いることなく、また相手の受け止め方を配慮することなく、自らの見解を一方的に主張する性向が認められ(かかる性向は、本件訴訟の原告本人尋問における原告の発言状況〔反訳所9頁等〕にも表れているというべきである。)、上司の指導によってもその性向は改まらなかったものであって、沖縄拠点のみならず東京拠点の関連部署と連携を図りつつ部下職員の指導・監督に当たるべき管理職としての資質を欠くものというほかない。そして、被告においてかかる原告の性向を採用前に認識することは困難であったといえるから、本件解雇は、本件雇用契約の留保解約権の行使として客観的に合理性を欠き、社会通念上相当と認められない場合に当たるとはいえず、有効であると認められる。」
本件は、小規模の出版社において、経験者として採用された原告が、試用期間満了により本採用拒否(解雇)されたことにつき、解雇の有効性を争った事案です。
裁判所は以下のとおり述べ、本採用拒否(解雇)は有効と判断しました。
「3 争点(2)(本件解雇の有効性)について
(1)前記1で判示したとおり、原告は、経験者として採用されたにもかかわらず、書店担当者の不在を確認せずに訪問したり、電話営業で不在であった担当者に再度電話をかけないまま放置したりし、結果として被告が営業担当者に期待する売上を達成できない日が多くあるなどしたほか、被告代表者の指示や営業部会の決定に反し、Bに対して本件書籍の帯の制作を止めるよう連絡せず、あたかも使用する場合に備えて制作は進めておくかのような連絡をし、Bから帯のデザインが送られてきても営業部内で情報を共有せず、また、無断で書店に帯を送った後に営業部会で帯の活用を提案し、却下されてもなお帯を送ったことを報告しないなど、業務命令に違反し、注意や叱責を受けてもこれを不当と捉えて内省しなかったものであり、原告の妻と思しき人物による誹謗中傷や抗議の電話などと同時期に体調不良を理由に出社しなくなり、本件解雇の通知書を受けると、出社無用との指示どおり、欠勤の連絡もしなくなったものである。
かかる原告の勤務態度、業務成績、勤怠等を踏まえれば、原告は、小規模出版社である被告の営業職としての適性を有するとは認め難いところ、かかる事情は、被告が原告について本採用を拒絶し、試用期間満了をもって契約を終了させることにつき、やむを得ない事由に該当するというべきである。
よって、本件解雇は有効であり、本件契約は令和2年2月4日の満了をもって終了したから、争点(3)(本件契約の更新)については判断を要しない。」
本件は、要旨、外資系金融機関の従業員について、整理解雇の有効性が争点となった事例です。
整理解雇の4要素としては、一般に、①人員削減の必要性②解雇回避努力義務③人選の合理性④手続の相当性があるとされていますが、本件では、その判断枠組みについても争点となり、裁判所は以下のとおり判示しました。
(なお、結論としても、整理解雇の有効性は肯定されています。)
「(1)判断の枠組み
前記前提事実及び前記1の認定事実のとおり、本件解雇は、被告会社が経営上の必要性から行ったものであり、原告に帰責事由があることを理由とするものではない。したがって、本件解雇の効力については、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③被解雇者選定の妥当性及び④手続の相当性といった要素を総合的に考慮した上で、本件解雇が本件就業規則第42条第4号所定の「その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき」に該当し、客観的に合理的な理由が認められるかや、社会通念上相当であると認められるかを検討して判断するのが相当である。
この点に関し、被告会社は、本件解雇が整理解雇の範疇に入るとしても、原告の職位がなくなった原因が主に原告自身にあり、能力不足解雇の要素もあることや、原告が終身雇用で年功型賃金制度の適用を受ける労働者と異なり、高度専門職であり職種が特定され高待遇を受けている労働者であり、賃金が外部労働市場に適合し、転職によってキャリアアップを重ねてより高い待遇を得ることが想定された労働者であるという特色があるとして、本件解雇の効力については、上記のような特色を踏まえて判断すべきであり、従来のいわゆる整理解雇の四要素を形式的に当てはめて判断する手法はそぐわないと主張する。
しかしながら、被告会社の上記主張ないし指摘には傾聴に値するところがあるものの、被告会社が指摘する本件の特色は、本件解雇が会社側の経営上の必要性から行われたものであるという本件解雇の基本的性質を失わせるものではない。したがって、本件解雇についても、その有効性は上記四要素に照らして慎重に判断するのが相当である。なお、被告会社が指摘する原告の職位がなくなった経緯や労働者の性質等の本件の特色については、被告会社に信義則上求められる解雇回避努力の内容や程度等を検討するに当たっての考慮要素として斟酌することができるから、上記のようないわゆる整理解雇の四要素を総合考慮する判断枠組みを用いても、適切な解決を図ることはできるというべきである。」
本件は、設立時から被告法人に入社していた社員について、パワハラ的な言動を繰り返す等の理由による解雇の有効性が争われた事案です。裁判所は、以下のとおり述べ、解雇は有効と判断しました。
「 2 争点(1)(本件解雇の有効性)について
(1)解雇は、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効となり得るものと解される(労働契約法16条)。
(2)ア 前記第2の1の前提事実及び前記第3の1の認定事実(以下「前提事実等」という。)によれば、以下の事情を指摘することができる。
(ア)原告は、遅くとも平成29年以降、被告従業員らに対し、付箋に辛辣なコメントを付して書類を返戻する、他の従業員らの前で大声で叱責するなどの行為を繰り返し行った。原告のこうした行為により、C及びDは入職後早期の退職を余儀なくされた。これに対し、被告代表者は、原告に対し、指導の仕方が厳しすぎるなどの指導を行った。
(イ)上記指導にもかかわらず、原告の上記のような言動は止まず、平成30年10月には、他の従業員らの前でEを大声で叱責し、社内で問題となった。これを受けて、被告代表者は、同年12月、原告と話合いを持ち、原告を注意するとともに、原告の席を事務所の2階に移動させて、再発防止を図った。
(ウ)しかるに、原告は、事務所の2階に移動した後も、事務所内で他の従業員に聞こえるように大声で被告や被告代表者を批判する言動を繰り返す、担当の被告従業員が実施した社員旅行や忘年会のアンケートに他の従業員にも見える形で「参加するわけなかろうに。」などと記載する、夜遅くに被告従業員らに対し業務に関する不急のラインメッセージを送る、他の従業員の諌言を聞かず頻繁に休日出勤を行い、平日にその代休を取ることで平日の業務に支障を生じさせるなどの行為を行い、Fらに重ねて注意されてもこれを止めなかった。
(エ)原告のこれらの言動により、被告従業員らから被告代表者に対し、原告に退職してほしい旨の切実な要望が出されるようになり、主に原告に対応していたFも疲れ果てた様子であったことから、被告代表者は原告に退職してもらうことを決意し、退職勧奨を行った。
(オ)しかるに、原告が上記退職勧奨に応じなかった上、被告従業員らから原告の即時退任を強く求める旨の嘆願書及び原告の問題行動をまとめた本件報告書も提出されたことから、被告代表者は、やむなく、弁明の機会を設けた上で、就業規則第39条1項1号(心身の都合)、2号(能力低劣)、3号(業務成績不良)及び7号(業務上の都合によりやむを得ない事由)所定の解雇事由に該当するとして、原告を本件解雇とした。
イ 上記経過に照らせば、証拠等から認められる原告の上記問題行動は、少なくとも就業規則第39条1項7号(業務上の都合によりやむを得ない事由)に該当し、その態様も、職場環境を乱し、業務に支障を生じさせ、他の従業員への悪影響も懸念される悪質なものであったというべきである。さらに、原告は、被告代表者やFらの度重なる注意指導にもかかわらず、上記のような問題行動を継続し、特に自席が事務所の2階に移動した平成30年12月以降は、被告代表者に反発し、同人らの注意指導を受け入れる意思を欠いていたというべきである。
以上に照らせば、本件解雇は、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当と認められないものとは認められず、被告がその権利を濫用したものとはいえないから、これが無効であるとは認められない。
(3)ア これに対し、原告は、Cの件について、原告がCに関わったのは、入職当初に業務内容について20分程度の説明をしたのみであるから、Cの退職の原因が原告にあるとは考えられない旨主張し、その旨供述している(甲27、原告本人2、3頁)。
しかし、当時、原告の前の席であったIは、Cが頻繁に原告に質問に行っていたとしているところ(乙4、証人I3頁)、同供述は当時の被告における業務体制等に照らして合理的であり、他に同供述の信用性を疑うに足りる事情も認められないことからすれば、原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は、Dの件については、Dと令和元年11月頃に電話で話した際、Dが「ノイローゼになったと言っていたのは全部嘘でした。」と原告に謝罪したことから、原告の叱責等により退職を余儀なくされたという事実の前提を欠く旨主張し、その旨供述している(甲27、原告本人7頁)。
しかし、Dは、上記架電について、被告退職後も体調不良が続いていたものの、原告との関係を整理して自分自身が前を向きたいと考えて原告宛に電話し、仕事面では原告を尊敬していた旨伝えたが、ノイローゼは嘘だったと言ったことはないとしているところ(乙5、証人D4、5頁)、同供述は、在職当時のDの勤務状況等に関するI、Gの陳述書(乙4、15)の記載等と整合し、同供述の信用性を疑うに足りる事情は認められないこと、他に原告の上記主張事実を認めるに足りる的確な証拠も見当たらないことからすれば、原告の上記主張は採用することができない。
ウ 原告は、Eの件について、同人がスマートフォンを操作していたことから注意したものであり、正当であった旨主張する。
しかし、前提事実等、証拠(乙4等)及び弁論の全趣旨によれば、Eは、総務担当者として外出中の被告代表者と携帯電話で連絡を取ることが頻繁にあった上、当時、Eが私用でスマートフォンを操作していたことを認めるに足りる的確な証拠は見当たらないから、原告の上記主張は採用することができない。
エ 原告は、自身の報酬が平成30年1月に増額されたのは、それ以前の原告の勤務態度等に問題がなかったことを示す旨主張する。
しかし、前提事実等のとおり、原告のDらに対する具体的な叱責等の事実が証拠等により認められる上、被告代表者が原告に上記増額を提案し、原告がこれを承諾したのは平成29年の夏頃であったことが認められるから、原告の上記主張は採用することができない。
オ 原告は、嘆願書や本件報告書は、被告代表者が恣意的に作成したものである旨主張する。
しかし、前提事実等、証拠(甲12、乙3、乙4、6、7、15、証人I2頁、証人N1、2頁)及び弁論の全趣旨によれば、上記嘆願書は、被告代表者ではなく、Fが被告従業員らから署名を集めたものであり、I、Nらも自分の意思で署名したとしていること、本件報告書についても、Fらが被告従業員らから聴取を行って作成したものであり、I、Nらも自身の経験したことをそのまま報告したとしていること、上記嘆願書等の作成に対し被告代表者が不当な働きかけを行ったと認めるに足りる的確な証拠もないことからすれば、原告の上記主張は採用することができない。
カ 原告は、Fから被告や被告代表者を批判するのをやめるよう注意されたことはない旨主張し、その旨供述している(原告本人21頁)。
しかし、証拠(甲13)によれば、Fは、令和2年5月26日の社員総会後、原告に対し、被告代表者に対する悪口を公言するのは止めるよう注意した旨のラインメッセージを送付したことが認められるから、原告の上記供述は客観的証拠と整合せず、採用することができない。
キ その他、原告は、被告の主張するパワーハラスメント等に関する事実の多くが存在しない旨主張し、その旨供述している(原告本人15ないし22頁等)。
しかし、当該事実が存在したとするD、I、Nらの証言は、いずれも具体的で、終始一貫していて特段の変遷もみられず、客観的証拠等に照らして特段不自然な点も見当たらないのに対し、原告の供述は、上記カのとおりFからの注意の有無等の重要な点につき客観的証拠と整合せず、被告代表者からの注意の有無及びその回数等についても、主張、陳述書(甲27)の記載及び原告本人尋問の内容(原告本人51、52頁等)の間に変遷がみられること等を踏まえれば、Dらの証言と相容れない原告供述部分は採用することができない。
(4)以上により、本件解雇は、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当と認められないものとは認められず、有効である。」
本件は、要旨、中途採用された労働者が能力不足等を理由に解雇されたことについて、解雇の有効性が争われた事案です。
本件では、解雇の有効性を判断するうえで、採用に際して相応の能力等が前提とされていたかという点が一つのポイントですが、裁判所は以下のとおり述べてこれを肯定しました。
「 ア 原告の地位、役割について
(ア)前記認定事実によれば、原告は、本件雇用契約により、代表部の広報官として採用され、当初は、代表部のウェブサイト管理に関する業務に加え、テレビ等の電子メディアとの関係構築等の業務を担当していたが、平成23年2月以降は、テレビ等に関する業務が除かれ、主に代表部のウェブサイト管理に関する業務に従事していたものである。また、証拠(人証略)によれば、原告の業務のうち、ウェブサイトへの記事の掲載は、プレス担当者等がウェブサイト上に掲載すべき記事を選択して原告に伝え、原告が、広報部長やその他の職員に電子メールにより連絡して反対意見がないことを確認した上で、長文の場合には文章を要約、編集、内容のチェックを行い、日本語の翻訳担当者に翻訳を依頼し、広報部の職員が翻訳された日本語のチェックを行い、原告が記事に用いる写真等の画像を収
集してチェックされた文章と併せてウェブサイトに掲載するという方法により行われていたことが認められる。
上記の原告の業務内容及び業務遂行方法に照らせば、原告は、広報部長の指揮の下に、翻訳者や他の職員と連携しながら、協働して業務を遂行する必要があり、他の職員との適切な意思疎通を行う能力や、自らの業務の期限を遵守する能力が求められていたといえる。そして、前記認定のとおり、原告が採用申込時に閲覧した募集要項には、「日本語または英語の優れた文書作成と話す力、他の人との協働能力を持っている必要があります」、「チームで働く能力と厳しい締め切りに合わせられること」との記載があることからすれば、原告は、これらの能力が求められることを認識した上で本件雇用契約を締結したと認められる。
また、代表部において、広報部はスポークスマンの役割を果たし、被告やその政策に対する理解を日本に広める役割を有していたところ(書証略)、ウェブサイトやソーシャルメディアは重要な情報発信の手段であり、広報官としての原告の役割は当然に重要なものであることに加え、前記1(2)のとおり、募集要項において、2年以上のウェブサイト管理の経験を含む5年以上の実務経験がある旨の記載がされていたことや、原告の給与額(※注:月額約50万円)が一般的には高額なものといえること等の事情も考慮すれば、原告は、相当の実務経験を有する中途採用者として、主にウェブサイトに関する高度な専門性に加え、組織内の秩序に従い他の職員と協働して業務を行う高い能力が求められていたというべきである。」
本件は、3ヶ月の試用期間をもって被告会社に雇用された労働者が試用期間中に解雇の意思表示を受け、解雇の有効性が問題となった事案です。結論としては、解雇は有効と判断されましたが、本件では、試用期間中に解約権が行使され雇用契約の終了日は試用期間後だったことから、解約権の性質について、裁判所は以下のとおりの判示をしています。
「被告は、上記のとおり、本件解雇をした際に、原告に対する解雇の効力発生日を、試用期間満了後である令和元年5月末日とし、その後、前記前提事実(7)オのとおり、さらに1か月後である同年6月末日に変更したものであるが、留保された解約権を行使する旨の意思表示が、試用期間内に確定的にされた場合には、労働者の地位を不当に不安定にするものでない限り、解雇の効力発生日が試用期間満了日よりも後にされたとしても、なお上記留保された解約権の行使としての解雇と扱われることになるものと解される。
本件において、当初の解雇の効力発生日が同年5月末日とされたのは、上記本件解雇の意思表示の時期を前提に、解雇予告期間(労働基準法20条参照)を踏まえたものであることがうかがわれ、その後、同年6月末日とされたのは、前記認定事実(8)アによれば、原告に就職活動をする時間的猶予を与えて、円満に事態を収める目的であったことがうかがわれるものであり、いずれの効力発生日も、試用期間満了日から2か月以内であったことをも踏まえれば、原告の地位を不当に不安定にするものであったとはいえない。したがって、本件解雇は、本件雇用契約により留保された解約権の行使として、その有効性が検討されることとなる。」
本件は、日常的に他の従業員に対するセクハラ的言動を繰り返した従業員に対する、普通解雇の有効性が争点となった事案です。
裁判所は、要旨以下のとおり述べ、普通解雇を有効と判断しました。
1 解雇事由に該当する行為の有無について
「ア 本件解雇は、原告が、職員の人事を統括する次長職にありながら、別紙1の各行為のようなセクハラ行為を常態的に行い、職場環境を著しく害したことを解雇事由とするものである(前記前提事実(3)ウ)。
そして、前記認定事実(3)のとおり、原告は被告代表者及び事務長に次ぐ管理職として「次長」の肩書を用いてQ6診療所及びQ8診療所等の人事を始めとする現場の実務を統括していたこと、前記認定事実(4)ないし(6)のとおり、原告は、平成23年に職員3名が原告のセクハラ行為を訴えて退職したことから、被告代表者及び事務長の注意、指導を受けてきたにもかかわらず、平成29年以降に少なくともQ8診療所の3名及びQ6診療所の2名に対して別紙1の上記各行為をしたこと、その結果、前記認定事実(7)のとおり、上記各診療所の職員ら6名が被告代表者に対し上記各行為を含むセクハラ行為を申告し、泣きながらその説明をしたり退職を検討したりするに至ったことが認められることからすれば、原告のセクハラ行為は常態化し、職場環境を著しく害したものと認めるのが相当である。
したがって、本件解雇の解雇事由に該当する行為はあったものと認められる。」
なお、別紙1として認定されたセクハラ行為は以下のとおりです。
① 平成29年11月頃、バーにて、某女性職員に対し「自分に自信がないの?なんで?色も白いし、細いし、胸も普通にあるし80点くらいだと思うよ。うちに来ている患者さんと比べたら全然いいスタイルしてるでしよ。自信もっていいよ。」等と述べた。
② 平成30年4月頃、某女性職員を食事に誘った上、「俺が抱きたいと思うような女になれ。」「入ったときよりはいい女になっていると思うよ。」「1か月でも俺と一緒に住むとかできたら変わると思うんだよね。まあ、色々問題になっちゃうからできないけどね。」等と述べた。(※この類の発言はこの時に限らず、複数回あったとのことである。)
③ 平成30年5月頃、某女性職員に対し、「みんな入職した時より断然いい女になっているよ。XXさんもいい女だったでしよ?XXちゃんも人職した時よりいい女になってるよ。自分でも思うでしょ?俺はみんなにここに入っていい女になって欲しいと思っているんだ。」等と述べた。
④ 平成30年9月上旬、退職したチーフ職員の送別会にて、某女性職員に対し、「僕はXXさん(退職した職員)をすごく好きだった。好きはセックスをしたいという意味ではないよ。」と述べた上、「僕が初めてセックスしたのは○○歳だったんだよ。男はすぐにセックスをしたくなるから。」等と自身の性体験を語る等し、さらに、「カウンセリングは相手を好きだと思って話せ。僕もXXさんのことを口説くつもりで今話しているんだ。」と述べた。
⑤ 某職員が貧血で体調が悪い時に、「しんどいの?生理?」と尋ねることが複数回あった。
⑥ 「彼氏はどう?」「結婚は?」等と診療の合間に、女性職員に対しプライベートに踏み込んだ発言を行うことが多々あった。
⑦ 平成29年10月頃と平成30年1月頃、某女性職員に対し、「頑張ってね」と声を掛けながら、片手で頬に触れるという行為が2回あった。
⑧ 平成29年秋頃、某女性職員に対し、カウンセリングに入る心構えの例えとして、「マハラジャのお立ち台に立って踊れって言われたら踊れる?1回みんなで行きたいよね。XXさんがお立ち台に立ってる姿見たいよね。お立ち台立って踊れるくらいじゃないとカウンセリングはできない。」等と述べた。また、同じ頃、「例えばみんなでドライブに行って、すごくいいお湯で効能がめちゃめちゃ良い秘湯があって、車止めてせっかくだから入ろうってなったらみんなで入れる?混浴だよ?」等と述べた。
2 本件解雇の相当性について
「ア 原告は、被告の管理職として、率先して職場環境を改善すべき立場にありながら、平成23年に自らセクハラと受け止められる言動をし、Q6診療所の常勤職員からの信頼を失ってその全員が退職するという事態を招いたもので、その後、被告代表者及び事務長から注意、指導を受け、自己の言動の問題点を認識し、改善する機会はあったにもかかわらず、改善することなく、酒席の場のみならず、業務の指導という名目で診療所内においても、女性職員らが不快、苦痛に感じるセクハラ行為を繰り返したのであるから、原告の行為は、その職貴、態様等に照らして著しく不適切なものである。
また、原告は、平成30年に実施した本件ヒアリングの際、平成23年当時と同様に、セクハラの意図はなかったなどという弁明を繰り返し、自己の言動がセクハラに該当して不適切であることについての自覚を欠く姿勢を示していたことからすれば、原告の言動について改善を期待することは困難というべきである。
さらに、原告は理事長及び事務長に次ぐ管理職の立場にあり、その他の職員は医師、看護師、管理栄養士であることからすると、配置転換等により原告の解雇を回避する措置を講ずることも困難であると認められる。
そうすると、平成23年の被告代表者による注意、指導が口頭によるものにとどまっていたことや、原告が被告において長年にわたり相応の貢献をしてきこと認められることなどを考慮しても、被告が、職員への影響を考慮して、原告に対し厳正な態度で臨んだことはやむを得ないものと認められる。
以上によれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められるから、解雇権を濫用したものとはいえず、本件解雇は有効である。」
本件は、要旨、出張に際して経費の水増し請求を繰り返していた労働者が懲戒解雇された事案につき、その有効性が争点となった事案です。
第1審は、懲戒解雇を有効としていましたが、その控訴審である本件判決では、以下のとおり、要旨「被控訴人(会社)における同種の非違行為についての懲戒処分と比較して重すぎる」との理由から、懲戒解雇は無効と判断されました。
「また,控訴人と本件服務規律違反者らのうち最も重い処分である停職3か月を受けた者とを比較すると,不正請求の期間は控訴人が約1年6か月,本件服務規律違反者が約3年6か月,不正請求の回数は控訴人が100回,本件服務規律違反者が247回,非違行為による旅費の額は控訴人が194万9014円,本件服務規律違反者が41万2550円,正当な旅費との差額は控訴人が54万2400円,本件服務規律違反者が27万6820円であり,本件服務規律違反者より担当地域の広い広域インストラクターである控訴人の方が非違行為による旅費の額や正当な旅費との差額は大きいが,不正請求に及んでいた期間や回数はむしろ少ない。
オ 控訴人は,本件非違行為の動機や不正受給した旅費等の使途について,本来宿泊費が支給されない出張時に宿泊する際の宿泊費や訪問先の郵便局社員との懇親会あるいはその二次会などの飲食代に充てたものと説明しており,非違行為1回当たりの不正受給額が5000円程度にとどまっていることなどに照らし,この説明が不合理なものとは思われない。そして,宿泊費については,控訴人が,宿泊費が支給されない出張時に疲労や翌日の予定を考慮して宿泊していたこともうかがわれるところ,これらは全くの私用で宿泊する際の宿泊費というものではない。また,懇親会等の飲食代についても,控訴人が広域インストラクターという他の局員を指導する立場にあったこと,控訴人の出張先は広範囲に及んでおり,少なくとも控訴人が出張していた当時の慣行として,訪問先の郵便局で懇親会が多く開催されることがあったことからすれば,控訴人や訪問先の郵便局社員が全くの私的な会合として懇親会を開催していたとは考え難く,インストラクターによる指導についてその効果をより高めるためのものとして,被控訴人から具体的な指示がなかったとしても,業務の延長上という意味合いを含む会合といえるのであって,本件服務規律違反者らの過剰受給額の使途とされる「郵便局へのお茶,コーヒー,菓子等の差入代及び目標達成祝品の購入代」と同趣旨の使途に充てられたものも相当程度含まれていたと考えるのが自然である。
カ 以上のような事情等を総合すれば,本件非違行為の態様等は,本件服務規律違反者らの中で最も重い停職3か月の懲戒処分を受けた者と概ね同程度のものであるといえる。
(3)被控訴人は,懲戒解雇処分とされた控訴人を含む3名の広域インストラクターと本件服務規律違反者らとでは,非違行為の態様の悪質性,その回数,被害金額,その使途,動機等において大きな差異がある旨主張する。
確かに,控訴人と本件服務規律違反者らとの間で相違している点はあるものの,前記(2)のとおり,控訴人の本件非違行為は,本件服務規律違反者らの行為に比して悪質性が顕著であるとか,控訴人がもっぱら自己の利益を図るために非違行為に及んだとまではいえず,控訴人と本件服務規律違反者らとの間で,非違行為の態様等において質的に異なったり大きな差異があったりするものとは認められない。
他方,控訴人以外の広域インストラクター2名の非違行為の内容をみると,自ら懇意にしているホテル等から未記入の領収書を入手して,これに虚偽の宿泊日数や金額を記載するなどして偽造した領収書を用いて旅費請求を行うなどしたものである上,不正受給した金額は約149万円(不正請求回数57回)ないし約223万円(不正請求回数67回),1回当たりの不正受給額も数万円程度に達している(乙24)など,非違行為の態様が,控訴人と比べても格段に悪質であるといわざるを得ない。
したがって,非違行為の態様等について,控訴人と本件服務規律違反者らの中で最も重い停職3か月の懲戒処分を受けた者との間では大きな差異があるとはいえない一方で,控訴人と他の広域インストラクター2名との間では大きな差異があるといえるのであって,被控訴人の上記主張は理由がない。
(4)本件非違行為は,控訴人が,100回という非常に多数回にわたり,旅費の不正請求を繰り返したというもので,その不正受給額(クオカード代金を含む。)も合計約54万円にのぼっている上,控訴人が広域インストラクターという営業インストラクターの中でも特に模範となるべき立場にあったことなどを踏まえると,その非違の程度が軽いとはいえない。他方で,多数の営業インストラクターが控訴人と同様の不正受給を繰り返していたなど被控訴人の旅費支給事務に杜撰ともいえる面がみられることや,控訴人に懲戒歴がなく,営業成績は優秀で被控訴人に貢献してきたこと,本件非違行為を反省して始末書を提出し,利得額を全額返還していることなど酌むべき事情も認められる。
そして,前記(2)及び(3)のとおり,本件非違行為の態様等は,本件服務規律違反者らの中で最も重い停職3か月の懲戒処分を受けた者と概ね同程度のものであるといえ,本件非違行為に対する懲戒処分として懲戒解雇を選択すれば,本件非違行為に係る諸事情を踏まえても,前記停職3か月の懲戒処分を受けた者との均衡も失するといわざるを得ない。
これらを併せ考えると,本件非違行為は,雇用関係を終了させなければならないほどの非違行為とはいえず,懲戒標準の1(3)「服務規律違反」の9「虚偽の申告をなしあるいは故意に届出を怠る等して,諸手当,諸給与金を不正に利得し又は利得せしめた者」のうち「基本」に該当するものとして処分を決するのが相当というべきであって,懲戒解雇を選択とすることは不合理であり,かつ相当とはいえない。
したがって,本件懲戒解雇は,その余の手続面等について検討するまでもなく,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当なものとして是認することができないものであり,懲戒権を濫用するものとして無効と認められる。」
※一般論としては、金銭に対する不正(非違行為)については、懲戒解雇等の厳しい懲戒処分が有効とされるケースが多いですが、本件は、会社における同種(同程度)の非違行為についての過去の処分とのバランス、という点が重視され、懲戒解雇は過重な処分として無効、との結論に至っています(前例と本件の処分が「同種(同程度)」と評価できるか否かが判断のポイントと言えると思います。)。
本件は、要旨、売上げ低下を理由に事業継続が困難として全従業員に対する解雇の意思表示を行い、その後に臨時株主総会決議により会社を解散、清算した事案において、解雇の有効性等が問題となったものです。
裁判所は、以下の判断枠組みを示したうえ、解雇を有効と判断しました。
判断枠組みについて
「そして,会社の解散は,会社が自由に決定すべき事柄であり,会社が解散されれば,労働者の雇用を継続する基盤が存在しないことになるから,解散に伴って解雇がされた場合に,当該解雇が解雇権の濫用に当たるか否かを判断する際には,いわゆる整理解雇法理により判断するのは相当でない。もっとも,①手続的配慮を著しく欠いたまま解雇が行われたものと評価される場合や,②解雇の原因となった解散が仮装されたもの,又は既存の従業員を排除するなど不当な目的でなされたものと評価される場合は,当該解雇は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当であるとは認められず,解雇権を濫用したものとして無効になるというべきである(なお,仮に原告の主張するとおり,本件解雇が解散に伴うものではなく事業の廃止に伴うものと解したとしても,被告が全ての事業を廃止している以上,労働者の雇用を継続する基盤が存在しないことは会社が解散された場合と同様であり,解散に伴う解雇と同様の枠組みにより判断すべきこととなると解される。)。」
本件について(事実認定及びその評価)
「本件解雇は,新型コロナウイルス感染症の感染拡大や緊急事態宣言発出に伴う営業収入の急激な減少という予見困難な事態を契機としてなされたものであって,被告が原告に対し事前に有意な情報提供をすることは困難であった上,解雇後には一応の手続的配慮がされていたことからすれば,本件解雇が著しく手続的配慮を欠いたまま行われたということはできない。」
「被告は,経営状態の継続的な悪化を背景に,新型コロナウイルス感染症の感染の拡大,取り分け,令和2年4月7日の緊急事態宣言発出に伴う営業収入の急激な減少を契機として,事業の継続を断念し,解散を決断して本件解雇をしたものであり,本件解雇の目的は,以上によって十分に説明がつくものである。また,原告は,本件解雇に不当な目的があったことの根拠としては,「被告従業員の間で流れていた情報」しか挙げておらず,上記主張自体,「その情報が事実だとすれば」という仮定的なものにとどまっている。さらに,原告自身,陳述書(甲7)において,上記主張の裏付けとなる具体的な事実につき何らの供述をもしていないことにも照らせば,本件解雇は,事業譲渡に当たり従業員や労働組合を排除するといった不当な目的をもってなされたものとは認められない。」
本件は、ソフトウェアの販売及び顧客へのサポートを業とする外資系企業の子会社において、エンジニアとして中途採用された労働者の解雇について、その有効性が問題となりました。
裁判所は、以下の判断枠組みのもと、解雇通知書記載の理由に加え、それ以外の理由についても考慮の上、解雇は有効と判断しました。
判断枠組みについて
「前記前提事実(2)イのとおり,本件労働契約締結後本件解雇に至るまでの間,被告には就業規則が存在しなかったものの,就業規則が存在しない場合でも,民法627条1項本文に基づく解約の申入れとして普通解雇をすることが可能である。ただし,解雇が客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効となる(労働契約法16条)。
そして,解雇時に示された解雇理由に挙げられていない事実であっても,解雇の意思表示の時点までに客観的に存在した事実であれば,当該事実は解雇の理由となり得ると解するのが相当であるから,本件解雇通知書に記載された具体的な事情の有無及び程度に加えて,本件において被告が主張する本件解雇に至った経緯を総合的に考慮して,本件解雇が無効か否かを判断するのが相当である。」
具体的な解雇理由について
「(2)本件解雇通知書記載の点(テクニカルサポートの回答の質及び件数)について
ア 前記認定事実(1)のとおり,原告は被告の製品を含む光学を扱う業務について相当の知識と経験を有している旨の経歴を登録しており,被告はこれを受け,原告にテクニカルサポート業務等を行う相当の能力があると期待して原告を採用したものと認められ,原告が被告においてテクニカルサポート業務等を担当することは本件労働契約締結時に原告にとっても明らかにされていたといえるから,本件労働契約上,原告には,顧客からの相当数の質問について,少なくとも顧客から不満が出ない程度の内容の回答をする能力を有することが求められていたと認めるのが相当である。
そして,前記認定事実(6)のとおり,原告の顧客の質問に対する回答の中には,英語サイトのリンク先やマニュアルの該当箇所を示すだけのものがあり,一部の顧客から不満が出ていたこと,前記認定事実(12)のとおり,原告の回答件数が他国のエンジニアと比較して多くはないものであったことが認められ,原告のテクニカルサポート業務の能力は,一定程度,期待されていた能力を下回る状況であったことが認められる。
イ これに対し,原告は,A社はスクリーンショットの添付を禁止しており原告がスクリーンショットを添付しなかったことに問題はない旨主張するが,前記認定事実(6)アによれば,A社は「無駄な」スクリーンショットの添付をしない方針であったものの,スクリーンショット添付を全面的に禁止する方針であったことまでは認められない。また,原告はスクリーンショットを添付しても顧客が見ることが出来ず意味がなかったと述べるが,すべての顧客がそのような状況にあるとまで認めるに足りる証拠はなく,被告が顧客に分かりやすい回答を作成するよう求める趣旨で原告にスクリーンショットの添付を求めることがおよそ不相当であるとは認められない。そうすると,原告は被告の指示に従うべきであり,同指示に従わないのであればその理由を被告に説明すべきであったといえ,これに従わないことは能力不足を構成する一要素となるというべきである。
また,原告は,回答件数の計上方法に問題がある旨述べるところ,被告における質問の総数が他国のA社と比較してどのような状況であったのか明らかでないから,この点をことさら重視することはできない。しかしながら,原告がインストールに関する質問に対する回答を担当することに否定的な態度を示していたこともあって回答件数が少なかったとも考えられることから,この点については,被告は原告に対しインストールに関する回答を含めすべての質問に対する回答を行う能力を有することを求めていたが,原告がこれに応えられない旨述べていたという点で能力不足を構成する一要素となると考えるのが相当である。
(3)本件解雇通知書記載の点以外に被告が主張する点について
被告が24時間以内にまず1回目の回答を行うというルールを設けていたとする点については,いつ,誰から,どのような方法で,原告に対し当該ルールが伝えられていたのか本件各証拠によっても明らかでない(被告代表者本人12,13,24,25,33頁)。他方,前記認定事実(6)イによればA社は48時間以内に回答する方針であることが推認される。よって,原告が24時間以内に回答する姿勢を示していなかったとしても,それを直接解雇の理由とすることは相当ではないというべきである。
また,原告がセミナーにおいて講師を務めた翌日に何も仕事をしたくないと述べた点については,被告代表者の供述によってもいつのことかが明確でない(被告代表者本人12頁)。もっとも,前記認定事実(12)アのとおり被告代表者が訴外Bに送信したメールと併せ考えれば,少なくとも原告と被告代表者が面談をした際に,原告が被告代表者に対しセミナー講師の負担が大きくその前後にテクニカルサポートを休みたい旨申告し,被告代表者がそれを認めなかったことは推認される。よって,この点については,被告は原告に対しセミナー講師を担当する前後にもテクニカルサポート業務を行う能力を有することを求めていたが,原告がこれに応えられない旨述べていたという点で能力不足を構成する一要素となると考えるのが相当である。
そして,前記認定事実(8)によれば,原告が講師を担当した日のセミナー受講者のアンケートには原告に対する不満が記載されているものがあったことが認められ,改善が必要であったことが推認される。
また,英語については,前記認定事実(3)アのとおり少なくとも平成28年12月時点で原告も英語について能力の向上が必要であることを自認していたことが認められ,前記認定事実(4)のとおり体験グループレッスンに参加したことは認められる一方,原告自身が具体的にその改善策を検討していたとまではうかがえない。
(4)指導改善の機会の付与等について
このような能力不足を理由として解雇する場合,まずは使用者から労働者に対して,使用者が労働者に対して求めている能力と労働者の業務遂行状況からみた労働者の能力にどのような差異があるのかを説明し,改善すべき点の指摘及び改善のための指導をし,一定期間の猶予を与えて,当該能力不足を改善することができるか否か様子をみた上で,それでもなお能力不足の改善が難しい場合に解雇をするのが相当であると考えられる。
本件においても,前記認定事実(12)ウのとおり,被告代表者は訴外Bと相談の上,原告のための業務改善プランを準備していたのであるから,本来であれば,被告代表者から原告に対し同業務改善プランを示し,改善点の指摘及び改善のための指導をし,改善の機会を与えた上で解雇するか否か判断をするのが最も望ましい対応であったというべきである。
しかしながら,原告は,被告代表者が工面したバディを積極的に活用せず(前記認定事実(5)),被告代表者からテクニカルサポートの回答にスクリーンショットを添付するよう指示され了解した旨回答しながらスクリーンショットを添付した回答を自ら作成する姿勢を示さず(前記認定事実(6)ケ及びコ),被告代表者から,担当業務について調整するため何により忙しいのか説明を求められても,少なくとも訴外Bの認識とは異なる回答をし(同(9),(12)ア及びイ),あるいは忙しい理由の説明を拒否し(同(13)),被告代表者からの今後の業務に関する考えや被告での就労に関する考えを問われても回答せず(同(13)),勤務継続についてどちらでもいい旨の回答をし(同(13)),被告代表者から担当業務の詳細を確認するメールの送信を受けても返事をせず(同(14)),顧客の質問に対する回答を後回しにしながらその理由の説明も拒否し(同(15)),他方,被告代表者から対応をしなくてよいと指示を受けた質問について,改めて被告代表者の了解を得ることもなく勝手な判断で回答を送信する(同(16))などしており,これらの原告の言動からすれば,被告代表者が,およそ原告が被告代表者の指示に従って業務を行う意思を有していないものと判断し,業務改善プランを提示せずに解雇をする方針に至ったことにもやむを得ない面があったと認められる。
また,仮に原告本人の供述を前提に考えてみても,原告は,面談時に被告代表者に対して忙しい理由を説明したのに対し,被告代表者から過去1か月分のメールを転送するよう言われたが,何も答えず黙っており,転送しない理由を説明することもないまま転送しなかったというのであるから(原告本人41ないし43),被告代表者からすれば原告が被告代表者の指示に従わない態度を示し,従わない理由すら説明を拒否しているものと受け止めるのはやむを得ないものと考えられる。
なお,原告は解雇予告手当が一部未払となっている旨主張するが,どのような計算に基づき原告主張の金額が算出されるのか具体的な主張がなく,この一事により解雇が無効となることはないと考えられる。
(5)小括
前記(2)及び(3)によれば,原告のエンジニアリングサービス業務における回答の質及び件数並びにセミナー講師担当前後の回答担当の可否について,原告の能力又は能率が被告から求められていたものに比べて一定程度低かったとは認められるが,これらのみをもって直ちに労働能力又は能率が甚だしく低いとか甚だしく職務怠慢であるとまでは評価しがたい。
しかしながら,これらの原告の能力又は能率が一定程度低い点については,原告がこれを受け止め改善する意思及び姿勢を示していなければ改善の余地がないところ,前記(4)のとおり,原告は被告代表者から原告の業務環境等改善のために業務遂行状況を確認するための協力を求められても真摯な対応をせず,むしろ被告代表者に対しその指示に従わない姿勢を示し,被告で勤務を続けることについても積極的な姿勢を示さなかったのであるから,原告と被告の間においておよそ適切なコミュニケーションを図ることが困難な状況であったといえ,そうである以上改善可能性がなかったと認められる点を併せ考えると,「労働能力もしくは能率が甚だしく低く,または甚だしく職務怠慢であり勤務に耐えないと認められたとき」に該当するといえるというべきであり,本件解雇が客観的合理的理由を欠くものであるとは認められない。
そして,このような原告の態度に加え,本件労働契約は被告が原告を即戦力として中途採用したものであることに照らせば,被告が原告に対して何らかの処分等を経ず,比較的短い期間で解雇を選択したことについて,社会通念上不相当であったとはいえない。
以上によれば,本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないものとはいえず,その権利を濫用したものとして本件解雇が無効であるとの原告の主張には理由がなく,原告の請求に理由はない。」
本件は、要旨、部長職の地位にあった原告が、私的なゴルフ等の費用を業務上の経費として会社から受給した等の行為について懲戒解雇処分を受けたという事案であり、懲戒解雇の有効性等が争点となった事案です。
裁判所は、以下のとおり述べ、懲戒解雇は有効と判断しました。
「ア 前記前提事実及び前記1の認定事実のとおり,原告は,平成24年11月から平成31年1月までの間,私的なゴルフや家族旅行に関する費用,私的な飲食代を,業務上必要な経費と偽って申請するなどし,合計46万2456円を故意に不正受給したものである。不正受給の期間は6年以上と長期にわたり,その回数は合計34回(出張に伴うものは合計22回。出張を伴わないものは合計12回。)にも及び,到底,出来心で行ったものとは考えられず,常習的で悪質である。不正受給額も合計46万2456円と多額である。また,原告は,上記不正受給をしていた期間,A1社の国内宿泊部の部長,国内宿泊事業部の事業部長又はデジタルMDプロジェクトの統括部長の地位にあり,いずれの地位にあったときも,それぞれの事業部又はプロジェクトを統括し,事業部やプロジェクトに属する部下を管理・監督する責任と権限を与えられるなど,重大な職責を担う立場にありながら,自ら上記のような不正受給行為に手を染めていたものである。原告による上記経費の不正受給行為がA1社及び被告の企業組織秩序に与えた悪影響の程度が大きいことは明らかである。
以上によると,本件懲戒解雇が,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないとはいえず,解雇権の濫用に当たるとは認められない。
イ 原告は,飲食費の不正受給は,実際に打ち合わせを兼ねた飲食を予定していたものの,相手方の事情でキャンセルされるなどされたために結果的に一人で食事をすることになったものについて,経費として受給してしまったものであり,このような経緯に照らすと悪質性は小さいと主張する。
しかしながら,仮に原告主張のような経緯があったとしても,それは私的に飲食したものを経費として申請することを正当化できる理由にはならない。証拠(乙10の2,乙11の2,乙13の2,乙14の2,乙16の2,乙19の2)によれば,原告は,経費申請等の際に,実際には一緒に食事をしていない人物の所属と名前を記載するなどの工作を行っており,私的な飲食費が経費として承認されないことを承知の上で,あえて不正な経費申請を繰り返していたと言わざるを得ず,不正受給に至る経緯はむしろ悪質であるというべきである。
また,原告は,本件懲戒解雇処分の時点で既に5年が経過した非違行為を考慮することは不当であるとも主張するが,被告又はA1社が当該非違行為を認識していながら長期間放置をしていたような場合はともかく,そのような特段の事情がない本件において,考慮できる非違行為の発生時期を5年程度に限定すべき理由はない。原告は,原告が不正受給したのは経費であり,現金ではないから,背信性の程度は高くないとも主張するが,原告独自の見解であり,採用しない。
ウ 平等取扱い原則違反について
(ア)原告は,被告において過去に懲戒に処された事例では,事実と異なる立案を自ら又は部下に指示して作成させ,事実と異なる相手先・メンバーとの会食を繰り返して交際費を不正受給した事案において,当該従業員を3日間の停職処分に処しているが,部下にも事実と異なる立案をさせていた点で企業秩序に対する悪影響が大きい上記事案の処分が3日間の停職処分であるのに比較すると,本件で原告を懲戒解雇処分に処するのは重過ぎ,相当性を欠くと主張する。
しかしながら,証拠(甲10,乙78の2,84)によれば,原告が比較対象として挙げる事案において事故金額とされているのは1万0800円にとどまっており,問題とされている非違行為は「事実と異なる相手先・メンバーとの会食を繰り返していた」こととされている。当該事案においては,申告先とは異なるものの,取引先と飲食したこと自体は事実であったことが認められ(事故金額1万0800円についてのみ,私的な飲食を行ったものである。),取引先・関係者との飲食を偽った本件とは事案を異にする。また,処分対象者は課長職にあった者であり,非違行為の期間は平成29年3月から平成30年1月までの約13か月間であった。
上記事案は,部長,事業部長又は統括部長という従業員の中で最高の職位にあり,大きな権限と責任を負う立場の者が,6年以上の長期間にわたって,私的な飲食費を取引先や関係者と飲食した際の経費であると偽ったり,私的なゴルフや家族旅行に関する費用を経費と偽ったりして,合計46万2456円を不正受給した本件とは,行為者の地位も,不正受給の態様,金額,期間も大きく異なっており,上記事案における処分内容が停職3日間に留まっていたからといって,本件懲戒解雇処分が平等取扱い原則に違反し,不当に重すぎるとか,相当性を欠くと認めることはできない。
(イ)原告は,A1社の前々任の社長が私的な旅行の旅費や私的な交際費を経費として受給していたが,そのことについて何らの懲戒処分を受けていないとも主張するが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
エ 適正手続違反等について
(ア)原告は,平成31年3月29日の本件諭旨退職処分の際,退職届を出すか否かを判断するために与えられた猶予期間は,最終的に同年4月1日12時までという短期間であった上,退職に応じた場合の退職金の具体的な支給予定額を尋ねても回答してくれなかったことや,その際の被告の担当者の口調が命令口調で威圧的であったことからすると,本件懲戒解雇は適正手続の観点から問題があるとも主張する。
しかしながら,上記のとおりの本件における経費の不正受給行為の悪質さの程度や,原告がこれによってA1社や被告の企業秩序に与えた悪影響の程度に照らすと,諭旨退職に応じるか否かを決断するために与えられた猶予期間が数日しかなく,退職金の額も告げられなかったからといって,適正手続に反するということはできないというべきである。また,被告の担当者が原告に対し威圧的な言動をしたことを認めるに足りる証拠もない。前記1(4)及び(5)の認定事実のとおり,A1社及び被告は,原告による経費の不正受給の発覚後,数回にわたり原告のヒアリング調査を行い,その過程で,原告の言い分を考慮し,原告に対する経費の返還請求額を減額していることや,原告が,上記調査の間,ヒアリング担当者やA1社のE1社長に対し,口頭やメールで,不正受給と認められるべき範囲について自由に意見を述べていることからすると,原告の主張するような意思の抑圧があったとは考え難く,本件諭旨解雇処分及び本件懲戒解雇に至る手続に相当性が欠けるところがあったと認めることはできない。
(イ)原告は,本件懲戒解雇は,数年間に及ぶ不正行為について,戒告や減給等のより軽い処分を経ることなく行われた点でも相当性を欠くと主張する。
しかしながら,前記1の認定事実のとおり,A1社及び被告が原告による長期間にわたる経費不正受給行為に気付いたのは,これらの不正行為がすべて行われた後のことであって,それ以前に戒告や減給等のより軽い処分を行うことは不可能であった。また,発覚するまでの間に原告がした経費の不正受給行為は,上述したとおり,原告の地位,不正行為の期間,態様,不正受給額等に照らすと,悪質で,企業組織秩序に与えた悪影響の程度が大きく,その責任は重大であって,ただちに懲戒解雇処分に処されてもやむを得ないものである。
この点に関する原告の主張も採用しない。
(ウ)原告は,本件出勤停止命令及びこれに伴う平成31年2月分から同年4月分までの給与の一部不支給は,実質的な減給処分であり,これに加えてされた本件懲戒解雇処分は実質的に二重処罰禁止原則に違反しているとも主張する。
しかしながら,前記前提事実のとおり,本件出勤停止命令は,本件就業規則118条に基づき,本件における経費の不正受給の調査やこれに関する懲戒審査の円滑な遂行のために業務命令として出されたものであって,懲戒処分ではないし,これに引き続いてされた賃金の一部不払いも,後述するとおり,正当な理由が認められない賃金の不払いであって問題はあるものの,懲戒処分としてされたものではない。したがって,本件懲戒解雇は,実質的にも二重処罰に当たるものではなく,この点に関する原告の主張も採用しない。
(エ)原告は,本件懲戒解雇は原告の給与をカットするために原告を狙い撃ちにした可能性が高いなどとも主張するが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
オ 以上のとおり,本件における経費の不正受給行為は,私的なゴルフや家族旅行に関する費用,私的な飲食代を,長期間・多数回にわたって業務上必要な経費と偽って不正受給したというものであって,不正受給額も合計46万2456円と相当額に上り,悪質である。原告は,このような経費の不正受給行為を,国内宿泊部の部長,国内宿泊事業部の事業部長又はデジタルMDプロジェクトの統括部長という,いずれも事業部あるいはこれに準じる部署を統括し,大きな権限と責任が課された立場にありながら行ったものであり,A1社及び被告の企業秩序を大きく乱したと言わざるを得ない。そうすると,原告が,被告に入社以来,約36年間にわたり勤務を続け,その間,懲戒処分を受けたことはなかったことや,本件で不正受給した経費のうち44万9898円は返還していることのほか,原告が主張するその他の事情を考慮したとしても,被告が原告を懲戒解雇したことが,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合に当たるということはできない。」
本件は、複数の事由を理由とする懲戒解雇処分について、労働者がその無効を主張して争った事案です。
裁判所は、3つ主張された懲戒解雇理由のうち、懲戒理由③(以下)のみを認定しました。
「(ウ)前記(イ)の事情に鑑みて,被告は,原告に対し,平成31年1月1日付けでC営業所への異動を命じたが,原告はこれに従わない姿勢を示し,平成30年11月28日に上記異動を内示したD Y1’南関東支店長(以下「D支店長」という。)及び同年12月25日に面談したE所長(以下「E所長」という。)に対し「あんたをつぶす。」などと発言した上,平成31年1月9日以降,正当な理由なく会社を欠勤し始め,同日の被告からの電話に出て「納得できないので業務命令に従わない。」と述べた以降は会社からの電話にも出なくなり,何の連絡もなく欠勤している状況が1か月にわたって継続した(以下「懲戒理由③」という。)」※前記(イ)の事情とは、要旨「協力会社の社員とトラブルを起こし、同社からクレームを受けたこと」を指します。
そのうえで、裁判所は以下のとおり述べ、懲戒解雇は有効と判断しました。
「エ 本件解雇の有効性
以上によれば,懲戒理由①,②は認められないものの,懲戒理由③は本件就業規則の懲戒解雇事由に該当すると認められるところ,原告は,本件配転命令の内示を受けた直後から,E所長やD支店長に対して本件配転命令を拒否する姿勢を示した上(1(5)ア),C営業所での初出勤日である平成31年1月9日,Qマネージャーに対して電話で業務命令に納得できないから従わない旨告げて以降,2か月近くにわたって被告からの連絡を無視し続けており(1(5)イ),業務命令違反の程度は著しく,懲戒解雇処分となることもやむを得ないと考えられることに加えて,原告が,平成29年4月に本件譴責処分を受けていること(1(2)イ)や,K氏とのトラブルにおいても鉄の棒を持ったことにつき厳重注意されたことがあること(1(3)ア)のほか,配車担当者に対して配車に関する不満を継続的に述べ,上長から複数回にわたり公平に配車をしていること等の説明を受け(1(3)イ),業務に支障を生じさせていたこと等原告のこれまでの勤務状況等にも鑑みれば,本件解雇は客観的合理的理由があり,社会通念上相当であるといえ,権利の濫用には当たらず,有効である。」
本件は、大学の准教授として就労していた労働者が、通勤手当の不正受給により懲戒解雇された事案について、懲戒解雇の有効性が問題となったものです。
原告労働者は、懲戒事由該当性及び懲戒解雇の相当性のいずれも争いましたが、結論として、裁判所は懲戒事由該当性を認めたうえ、以下のとおり述べて懲戒解雇が相当であると判断しました。
「(2)本件懲戒処分の相当性
ア 使用者が労働者に対して懲戒処分をするに当たっては,使用者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の動機,態様,結果,影響等のほか,当該行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の労働者に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有していると解すべきであり,使用者の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められる場合に限り,無効と判断すべきものである。
イ これを本件についてみるに,本件通勤手当受給及び本件無届通勤は,採用当初より,支給される通勤手当と実際に通勤に係る費用との間の差額を利得する目的で,かつ,届け出た公共交通機関ではなくバイク通勤をする意図でありながら,その目的,意図及び実際にバイク通勤を継続した事実を被告に秘匿するため,あえて被告大学の構内の職員用無料駐車場ではなく,本件店舗に駐輪し,しかも,公共交通機関による通勤手当とバイク通勤による実費との差額を利得するにとどまらず,あえて遠回りの通勤経路を届け出ることにより,公共交通機関による通勤手当を受給していた場合に本来得られる金額より更に高額の通勤手当を6年以上の長期にわたり受給し続けたものであり,被告に採用後一度も通勤定期券を購入したことがないことも踏まえると,受給額全額について詐欺と評価し得る悪質な行為であって,その経緯や動機には酌むべき事情は見当たらない。本件通勤手当受給によって被告が被った損害は,合計約200万円と多額であり,仮に原告がバイク通勤ではなく被告指摘経路によって通勤していた場合であっても,原告届出経路との差額が100万円以上生じることとなり,生じた結果は重大である。原告は,本人尋問において反省している旨供述するものの,本件懲戒処分の前に行われた被告調査委員会及び被告懲罰委員会においては,具体的な反省の弁を述べることがないばかりか,大学の玄関においてバイク,タクシー,自家用車で通勤している者をそれぞれ確認して通勤届出と照合して指導するのが被告の事務職員の職責であるのに,自分は注意されたことはなく,被告の方で注意すべきであったなどと被告に責任を転嫁する言動に及んだ上,不正受給の金額を明示されたにもかかわらず,本件懲戒処分以前に自主的に受給した通勤手当を返還もすることなく,本件懲戒処分後に被告からの訴訟提起を受けてこれを返還したにすぎないことも踏まえると,本件懲戒処分時において本件通勤手当受給及び本件無届通勤につき真摯に反省していたものとは到底認められない。以上に判示した本件通勤手当受給の悪質性,これに係る経緯及び動機に酌むべき事情が見当たらないこと,結果の重大性,真摯な反省が見られないことに加え,被告において他の教職員が同様の不正受給を行うことを抑止する現実的な必要性が高いことも踏まえると,上記懲戒事由該当行為のみでも,戒告やけん責にとどまらず,免職を含む重い懲戒処分が相当である。
本件研究費請求は,請求に当たってルールを遵守するように注意され,原告も教員便覧記載の当該ルールを守るべきであった旨述べたわずか11日後に,全て3か月を経過した領収書等を添付したものであり,規範無視の態度が顕著である。研究費出金願書の提出に関するルールが定められ,自らの責任において領収書等を整理して提出することが求められる研究費請求の手続において,被告職員の事務負担を徒に増加させた結果を軽視することはできない。加えて,原告が,本件研究費請求において,上記のとおり3か月を超えた領収書等を提出しただけでなく,教育や研究に直接関わる研究目的以外の私的利用を兼ねる書籍や物品等の購入費用は研究費として請求できないことが具体例と共に教員便覧に定められ各教員にも周知されており,平成26年度及び平成28年度の研究費請求において,教員便覧で請求不可とされる具体例に該当する物品等の研究費について請求を却下され,このことについても被告調査委員会において注意され,当該研究費請求に関するルールを認識していたにもかかわらず,当該ルールに反し,教員便覧で請求不可とされている書籍,物品等の購入費用を多数請求したことも,原告が大学教員として有すべき基本的な規範意識を欠いていることを裏付けるものである。
そして,本件誤記載は,原告が故意に事実とは異なる経歴等の情報を教員紹介に記載したとまで認めることはできないものの,被告大学としてはもとより,教員である原告自身にとっても重要な経歴等の情報を正確に記載しなければならないことを認識していたにもかかわらず,情報が誤った状態のまま漫然と確認,更新せずに放置し,さらに,被告懲罰委員会において指摘を受けたにもかかわらず,自らこれを修正しなかったものであるから,原告は,被告大学における教員紹介の重要性を軽視していたものと見ざるを得ず,教員としてのみならず一般社会人として要求される基本的な注意力を欠いていたものであるというべきである。
以上に判示した本件各行為の内容やその程度等に関する事情を総合すると,原告は,悪質な詐欺と評価すべき行為により重大な結果を生じさせた上,全体的に規範意識の欠如が顕著であるだけでなく,自己の行為を隠蔽する行動に出るとともに,自己の責任を自覚せず,他者に責任を転嫁するような言動を繰り返すなどしたものであり,被告大学の教員として,学生を指導育成するとともに,その研究を指導する職責を担うにふさわしいとは到底いえないと評価せざるを得ない。
そうすると,過去に懲戒処分歴がないことに加え,本件懲戒処分による現実的な不利益を含む原告に有利な事情を最大限考慮しても,懲戒処分のうち最も重い懲戒解雇ではなく,退職届を提出した場合には退職と扱って一定の退職金が支給される免職を選択した被告の判断は,社会通念上相当なものであり,裁量権の逸脱又は濫用があったということはできない。
ウ この点,原告は,原告には今後の規則遵守の期待可能性が認められるのであるから,反省を促し,通勤手当を返還させ,二度と遵守事項に違反しないよう注意又は戒告を与えるなど,より軽い懲戒処分を行うべきであった旨主張する。
しかしながら,本件通勤手当受給が注意や戒告にとどまるような悪質性の低い非違行為ではないことは,既に判示したとおりである。また,届け出た通勤経路のとおりに通勤することは当然のことであり,発覚後に通勤経路のとおり通勤したからといって,原告について宥恕すべき事情があるとはいえない。そして,原告が,被告調査委員会や被告懲罰委員会において,遵守すべき各ルールを知らなかった,職員が通勤届に従って通勤しているかを実際に確認すべきである,原告の研究費請求が適切でない場合には,被告において当該請求が不相当であるとして認めなければよいだけであるなどと自己の責任を被告に転嫁する発言を繰り返し,本件懲戒処分時に,本件通勤手当請求のみならず本件各行為についても真摯に反省していた様子がうかがえないことに加え,上記のとおり本件通勤手当受給及び本件研究費請求の経緯や規範意識の欠如が顕著であることも踏まえると,原告に対し注意を促しても,今後,その注意に応じて規範を遵守するように改善されるとの期待は乏しいと判断して免職とした被告の判断が不当であるとはいえない。
また,原告は,学生が落としたスマートフォンを原告が拾ったことから調査が開始されたという経緯,被告調査委員会での質問の仕方,調査が行われた時系列等に照らすと,本件通勤手当受給に係る調査は,本件降格処分における訴訟の第1審において形勢が不利になった被告が,原告を懲戒解雇とするために行ったものであり,これに基づく本件懲戒処分は,動機において不当である旨主張する。
しかし,原告の自宅,被告大学の八王子校舎及び高尾警察署の位置関係,原告が学生のスマートフォンを高尾警察署に届けた時間帯やその経緯からすると,原告がどのように高尾警察署に当該スマートフォンを届けたのか疑問に思うのは自然なことであるから,Kが原告の通勤経路を確認しようとした経緯が不自然であるとはいえず,原告と被告との間で本件降格処分に関する訴訟が第1審において係属中であったことを考慮しても,同調査の開始経緯について原告主張に係る不可解な事情をうかがわせるに足りる事情は見当たらない。また,被告調査委員会で,調査委員は,まず,原告が被告に実際に提出したものであり,当事者間に争いがないと考えられる客観的な書面である通勤届の内容について確認し,その確認中に原告がバイク通勤をしている旨発言したことから,そのことについては後から確認すると原告に伝えた上で,通勤届に関する確認を終えた後に,原告の上記発言も踏まえて,原告のバイク通勤の状況について質問をしているのであるから,被告調査委員会での質問方法や内容が,殊更不自然なものとも認められない。以上のとおり,本件懲戒処分が,被告による不当な動機に基づいて行われたことをうかがわせるに足りる事情を裏付ける証拠はなく,この点の原告の主張は採用することができない。
(3)小括
したがって,本件懲戒処分は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当であると認められるから,有効である。」
本件は、医師である原告が、被告の運営する病院での着任挨拶に際して防塵マスク及びディスポーザブルグローブを着用した状態(本件装備)であいさつ回り等をしたことが懲戒解雇理由として有効か否か等が争点となった事案です。
裁判所は、以下のとおり述べ、懲戒解雇は無効と判断しました。
「原告が令和2年4月1日に本件装備を着用してQ1及びQ2内であいさつ回りなどをしたことが、被告和栄会Q1の就業規則84条所定の懲戒解雇事由に該当すると認めることはできない。以下、順に述べる。
まず、同条ト(故意又は過失によりクリニックに重大な損害を与えたとき)及びチ(患者の個人的秘密を他に漏らしまた、患者に対し不自由・不都合な行為をしたと認められたとき)についてみるに、被告和栄会の主張する損害や不都合は、原告の姿が奇異であったことから、数名の来訪者から職員に対して新型コロナウイルス感染者が出たのかといった問い合わせがあったというようなものであるが、このような問い合わせがあったことを客観的に裏付ける証拠はないばかりか、仮にかかる問い合わせがあったとしても、クリニックに重大な損害が生じたというには足りないし、本件装備の着用自体が患者に対する不都合な行為に当たるということもできない。その他、本件全証拠をもっても、原告の上記行為によって、Q1に具体的な損害が生じたこと、同クリニックの患者に対して何らかの不自由、不都合が生じたことを認めるに足りる証拠はない。
次に、同条ヌ「破廉恥行為によりクリニックの名誉を汚したとき」についてみると、この懲戒事由が、「また刑事訴追を受け有罪と判決確定したとき」と並列に挙げられていることからすれば、ここにいう「破廉恥行為」は、倫理上、道義上負うべき義務に違反する行為で、かつその違反の程度が重大なものをいうと解するのが相当である。そして、原告の着用していたマスクは医療現場向けでない大仰な形状のもので、奇異に感じる者がいるかもしれないが、被告和英会において職員の服装に関する特段の規則はないこと、原告は白衣を着用しており、マスクの点を除いて特段奇異な服装をしていたとはいえないことに加え、当時、未知のウイルス感染が拡大傾向にあり、マスクが入手困難な状況であったことは公知といえること、被告和栄会において代替のマスクを提供する等の対応をしなかったこと等を併せ考えれば、本件装備が上記の「破廉恥行為」に当たるということはできない。
そして、既に判示したところによれば、原告の行為が、同条カ(その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき)に当たるということもできない。
したがって、被告和栄会が原告を懲戒解雇したことは、就業規則上の根拠を欠くものであり、無効である。」
本件は、派遣先であるA社で就労していた原告労働者について、A社から派遣元(被告)に対し、原告の派遣を止めるよう申し入れがなされたこと等を受け、被告は原告に示談金として給与約3か月分を支払う内容で雇用契約の解消を提案しましたが、原告がこれに応じなかったため、被告が原告を解雇した事案であり、解雇の有効性が争点となりました。
裁判所は、要旨、以下のとおり述べ、解雇は有効と判断しました。
※なお、以下において、Bは被告(派遣元)の担当者を指します。
「上記(1)のとおり,原告には就業規則30条1号ないし3号に該当する事実があったことが認められるところ,本件解雇の違法性について検討する。
前記1(3)ウないしオによれば,Bは,平成30年6月25日,AのF氏から呼び出され,原告の派遣を即刻中止してほしい旨伝えられた際に,1か月のチャンスをもらえるように依頼し,原告の職場環境を調整するため,同月26日,原告,B,G氏及びF氏の4者での面談を設定したが,原告は面談の意味が分からないなどとしてこれに従わなかった結果,当該面談はキャンセルとなり,同月27日にはAから被告に対して原告の派遣を辞めるように申入れがなされるに至ったほか,原告のためにAとの関係を調整しようとするBに対し,苦情を述べたり(前記1(3)ウ),「日本語の対応が困難であれば,貴社の日本人の方にご対応をお願いします。」といった侮辱的な言動(前記1(3)エ)をするなど,原告の担当者であるBに対して極めて反抗的な態度をとっていた。また,Eが同月28日に面談した際にも,自宅待機命令にすぐには従おうとはせず,長時間にわたり理由を尋ねるなど食い下がっており(前記1(3)キ),Eへの態度も反抗的なものであった。
上記のとおり,被告としては,原告のAでの就業を継続するため,原告の業務環境を改善する機会を作ろうとしていたといえるが,原告が自らこれを断り,また,担当者であるBやEに対しても反抗的な態度を取っていたことからすると,被告としてAはもちろん,他の顧客に対しても原告を派遣することは難しいと判断することも不合理であるとはいえない。そして,前記1(3)キないしケによれば,被告は,原告に対して本件解雇前に残期間の給与を補償する内容で退職を勧奨しているところ,原告が同意できない旨伝え,さらに被告からの再提案に対しても原告が期限までに回答をしなかったことからすれば,被告として一定の解雇回避措置はとっていたと評価できる。
以上によれば,被告による本件解雇にはやむを得ない事由(労働契約法17条)があったことは否定できず,また,本件解雇が原告の苦情申出を理由とするもの(派遣元指針第2の3)ともいえないから,無効かつ違法であるとは評価できず,本件解雇が不法行為に当たるとは認められない。」
本件は、要旨、外資系木々用の日本支社において、リーガルカウンセルとして年収1600万円で採用された労働者(ニューヨーク州の弁護士資格保有)が、適格性の不足等を理由に解雇された件で、当該解雇の有効性が争点となった事案です。
裁判所は、要旨以下のとおり述べ、解雇を有効と判断しました。
「原告がリーガルカウンセルとしての職務を遂行する十分な能力と適格性があることが本件雇用契約の内容となっていたことは当事者間に争いがなく,前提事実(2)イのとおり,本件雇用契約におけるリーガルカウンセルの業務内容には法的アドバイス,分析を提供することのみならず,被告日本支社のビジネスゴール達成をサポートするビジネスパートナーとしての役割を果たすことも含まれていたのであるから,本件雇用契約上,原告には法的助言等を必要とする他の部門に対して法的リスクを述べるのみならず,同部門のニーズを汲み取った上で上記リスクを踏まえた解決策の提案等をすることが求められていたものであり,かつ,原告はこのことを認識してしかるべきであったというべきである。
そして,上記(ア)ないし(エ)に説示のとおり,原告は,法的リスクを踏まえた解決策を提案することなく,自己の見解に固執して,外部の弁護士の見解が自己の見解に合致するよう誘導したり,外部の弁護士の見解が自己の見解と異なるにもかかわらず自己の見解と同じであるとの報告をしたりして,被告日本支社の法的リスクに対する判断を誤らせる危険を生じさせ,さらに,Bからこの点につき具体的かつ明確な指導を受けた後も,不十分かつ法的リスクを指摘するにとどまる助言をしたり,行政機関への申請書類の確認を怠ったりしたものであって,原告には,本件雇用契約で求められるリーガルカウンセルとしての能力と適格性が不足していたものと認められる。
(カ)さらに,原告は,前記(1)アに認定のとおり,被告日本支社におけるレポートラインがBのみであることを否定し,Bとの打合せでその旨確認した後も,表向きには理解した旨述べながら結局上記レポートラインを前提とした目標設定を行わず,前記(1)ウ及びクに認定のとおり,在宅勤務にこだわって書類中の法務承認欄への押印を適時に行えないとの弊害を生じさせるなど,自己の見解に固執する傾向が顕著であった。原告のこの傾向は,証拠(乙8,16)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,Bから上記指導等を受けた後,Iから本件公聴会の案件について法律上のリスクを把握してもらった上でどのようなことをすることが可能かのアドバイスがほしかったと申し入れられたのを受けて,I及びEに対し,ビジネス部門に同調していてはビジネス部門が異なる意見を議論する機会がなく成長がない,リーガルの見解を検討した上でリスクをとるというビジネス判断するのは部門の力量であるなどの旨記載した電子メールを送信したことが認められ,ここに及んでもなお,自己の問題点を把握しようとしていなかったことからもうかがわれる。
(キ)以上に述べたところによれば,原告には,被告におけるリーガルカウンセルとしての能力や適格性が不足し,その改善の可能性がなく,就業規則44条(c)号の定める解雇事由(勤務成績又は能率が不良で改善の見込みがない)に該当する事実があったものと認められる。」
「前記ア(オ)に説示した本件雇用契約において求められるリーガルカウンセルとしての業務を遂行するため,他の従業員との協調が重要であることは明らかである。そして,前記(ア)に説示のとおり,原告は自己の見解に固執し,他者の意見を尊重して協調しようという姿勢が欠けていたというべきであり,この姿勢が,結果として,前記アに説示した不適切な助言に結びつくなどして,被告の業務に支障を生じさせたことが認められる。
さらに,前記(1)オに認定のとおり,原告は,Bらと面談において,他の従業員と積極的にコミュニケーションをとるよう指導され,自身だけが正しいという考え方への強い執着を捨てて他人の考え方や他の選択肢を受け入れる努力をするよう指摘されていたのに,具体的な悪いところの指摘がなければどうやって改善するのかが分からないと述べるなどして,改善する姿勢を示そうしなかったものであって,上記協調性の欠如について,改善の可能性はなかったというほかない。
(ウ)以上に述べたところによれば,原告は,被告において他の従業員らとの協調性を欠き,その改善の可能性がなく,就業規則44条(d)号の定める解雇事由(他の社員との協調性を欠き,円滑な業務の遂行を阻害し,改善の見込みがない)に該当する事実があったものと認められる。」
「前記(1)及び(2)に認定,説示のとおり,原告は,Bらから複数回面談を実施され,書面による業務改善指導をされて,改善が求められる点を具体的かつ明確に指摘されて指導を受けたにもかかわらず,指導内容が具体的でないなどとしてこれに真摯に向き合わなかったものというべきである。そして,原告がリーガルカウンセルとしての職務を遂行する十分な能力と適格性があることが本件雇用契約の内容となっていたことに照らせば,原告に懲戒処分歴がなく,原告の再就職が困難であることを考慮しても,このような原告に対して被告が解雇を選択したことについて,社会通念上不相当であったとはいえない。」
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