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労働災害(労災)の裁判例②

労働災害(労災)に関する裁判例②

労働災害(労災)に関する最新の裁判例について、争点(何が問題となったのか)及び裁判所の判断のポイントをご紹介いたします(随時更新予定)。

なお、労働災害(労災)に関する裁判例のバックナンバーは,をご参照ください(番号をクリック)。

業務変更を伴う配置転換がなされた労働者について、業務起因性が肯定された事例(岡山地裁令和4年3月30日判決)

本件は、被告会社において、配送業務(トラック運転手)から同社が経営する飲食店の店長候補として配置転換された労働者が傷病を発症した事案について、業務起因性の有無等が争点となった事案です。

裁判所は以下のとおり述べ、業務起因性を肯定しました。

3 争点(業務起因性の有無)について
(1)判断枠組み
ア 労災保険法に基づく保険給付(休業補償給付)は、労働者の業務上の負傷又は疾病(による療養のため労働することができないために賃金を受けない場合)について行われるものであり(労災保険法2条の2、7条1項1号、12条の8第1項2項、14条、労働基準法75条、76条)、労働者が発症した当該疾病が「業務上の疾病」であるというためには、業務と当該疾病の発病との間に相当因果関係があること(業務起因性)が必要であると解される(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・集民119号189頁等参照)。原告の本件疾病は、ストレス反応性うつ病にないし適応障害(精神障害)であるから、これが「業務上の疾病」であるというためには、業務による心理的負荷と本件疾病の発病との間に相当因果関係があることが必要である。
イ 前提事実(6)のとおり、厚生労働省は、精神障害の業務起因性判断の基準として認定基準を策定しているところ、認定基準は、行政庁内部の通達であるから、裁判所を直接拘束するものではない。しかし、証拠(乙23~25)及び弁論の全趣旨によれば、認定基準の依拠する「ストレス-脆弱性理論」(環境由来のストレスと個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという考え方)は、今日の精神医学的・心理学的知見として広く受け入れられていることが認められることや、認定基準が精神医学、心理学及び法律学等の専門家により作成された「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」の専門的知見を踏まえて策定されたという策定経緯及びその内容等に照らせば、認定基準は十分な合理性を有するものといえる。したがって、精神障害に係る業務起因性(相当因果関係)の有無を判断するに当たっては、認定基準を参考にしつつ、本件における個別具体的な事情を総合的に考慮して判断することとするのが相当である。
ウ 認定基準の認定要件①~③(前提事実(6)イ)のうち、認定要件①を満たすこと(原告が平成28年4月下旬(遅くとも同月30日)に対象疾病(本件疾病。ICD-10のF43に該当する疾病)を発病したこと)は、争いがないので、以下、その余の認定要件等を踏まえて、業務起因性の有無について検討する。
(2)業務起因性の有無について
ア 特別な出来事について
 前記認定事実によれば、原告の時間外労働は最大でも月102時間程である。本件において、認定基準別表1の特別な出来事は存在しない。
イ 本件店舗への異動等について
(ア)前記認定事実のとおり、原告は、本件会社に入社後、配送業務に従事していたところ、平成27年8月以降、本件店舗の店長候補として勤務することになったものである。これは、認定基準別表1の項目15、21に該当する出来事といえる。
(イ)本件店舗への異動(配置転換)は、それまでの基本的には個人で指示された業務をこなしていれば足りた配送業務から、飲食店業務という調理や接客を伴い、他の従業員と協力しながら成果を上げる集団(チーム)での業務へと大きな変化を伴うものであり、内容的にも質的にも従前の業務ないし過去に経験した業務と全く異なる質の業務への異動であったといえる。また、それまで、原告は、配送業務を担当している複数の従業員(正社員)の中の1人として勤務していたところから、本件店舗の店長候補、唯一の正社員として、いずれは同店の他のアルバイト従業員らの指導監督や業績の維持向上を含めたマネジメントも行うことを期待されて異動したものであり、客観的には相応に重い責任を負うべき立場となったものである。
 しかも、上記の異動は、本件会社において、本件店舗の店長不在(正社員不在)の状態が数か月続き、代わりの店長が見つからなかった(要するに人材不足であった。)ため、原告のことをコミュニケーション能力がない、半人前などと評価していたにもかかわらず、行われたものである。上記異動は、本件店舗の店長候補として原告が適任だとして行われたものではなく、他に適当な選択肢がなかったから行われたものといわざるを得ないのであり、もともと、原告の従前の経験・能力と、原告に期待された本件店舗での店長候補としての業務とは、大きなギャップがあったというべきである。実際、上記異動後、原告なりに一生懸命に業務に取り組んでいたものの、効率的に仕事ができず、同じようなミスを繰り返し、Hから指導された内容も十分実行することができず、Gから同じような注意を何度もされていたり、フライパンマイスターの資格も通常の時期には取得できなかったりしたほか、事実上本件店舗のマネジメントを行っていたGや、他のアルバイト従業員らとの関係も良好とはいえないものであったのであり、原告自身、本件店舗での業務は向いていないと感じ、原告の指導を担当していたHも、本件店舗の店長には向いていないと感じていたものである。
 さらに、上記異動後、原告は、効率的に仕事ができないことや要領が悪いことなどもあり、おおむね月80時間程度(多いときには月100時間程度)もの時間外労働が生じるようになったものである。
 これらの諸事情に照らせば、原告の本件店舗への異動(配置転換)ないしそれに伴う仕事の内容・質・量の変化は、原告に大きな心理的負荷を生じさせるものであったといえ、その心理的負荷の強度は「強」ないし「強に近い中」であったものというべきである。
(ウ)この点につき、被告は、配置転換(本件店舗への異動)は、原告の本件疾病発病の約8か月以上前の出来事であり、そもそも心理的負荷の評価の対象となる出来事ではない旨主張する。
 確かに、認定基準は、心理的負荷の評価の対象を、発病前おおむね6か月の間に生じた出来事としている。
 しかし、本件店舗への異動から本件疾病の発病までの期間は、8か月半程であり、上記の対象期間と大きく乖離しているとまではいえない。
 また、前記認定事実によれば、本件店舗への異動は、とりあえず4~5か月働いてみて、無理なら配送業務に戻ってもいいという話で行われたものであり、当初の異動(平成27年8月の異動)は、いわば試行的な側面を有するものであったといえる。実際に本件店舗での勤務を開始した後、上記のとおり、原告の従前の経験・能力と飲食店業務ないし店長候補として原告に期待される業務とのギャップが顕在化し、原告は、同年10月頃には、本件店舗での勤務を続けられないと感じて、D社長に配送業務に戻してほしいと訴えたものの、まだ2か月しか経っていないなどと説得されて、結局、本件店舗での勤務を続けることなったものである。原告は、その後も、様々な指導・注意を受けることが続き、当初に言われた4~5か月を経過した後の平成28年2月下旬にも、D社長に、本件店舗での業務は自分には向いていないので配送業務に戻してほしいと訴えたものの、D社長の考えは、原告に店長になってほしいというもので、結局、配送業務には戻れず本件店舗での勤務を続けることになり、同年3月9日にはオーナー総会に参加することになり、これにより、配送業務に戻れる可能性が事実上なくなり、本件店舗で店長候補として勤務して頑張って店長になるしかない状況になったものである。原告は、それまでは、自己の経験・能力とギャップのある本件店舗での業務を、向いていない、うまくできなくて情けないなどといった大きな心理的負担を感じながらも、無理なら配送業務に戻ってもいいという話(約束ないし期待、逃げ道)がある中で、とりあえず頑張ってみていたところ、上記のとおり、同年2月下旬から3月上旬にかけて、配送業務に戻ってもいいという話(約束ないし期待)が反故にされ、本件店舗での勤務を頑張って店長になるしかない状況に追い込まれたものといえる。この出来事は、大きな心理的負担のある本件店舗での勤務から離れるという期待を砕かれ(逃げ道を断たれ)、大きな心理的負担のある本件店舗での勤務を続けた上、店長という重い責任のある立場になっていかなければならないことを明確に認識・覚悟させるものであり、それ自体、当初の異動の際の心理的負荷に劣らない大きな心理的負荷を生じさせる出来事であったというべきである。この出来事は、D社長から配送業務に戻ってもいいという話(約束ないし期待)を反故にされたという点では、友人・先輩の裏切り(認定基準別表2の類型⑥では「Ⅱ(中)」とされているが、上記は、会社の社長による業務上での裏切りといえるものである。)よりも大きな心理的負荷を生じさせるものといえるし、経験も能力も不足していて適性があるとはいえないのに店長になれるように頑張るしかなくなったという点では、相当な努力をしても達成困難なノルマが課された(認定基準別表1の項目8)のと類似の大きな心理的負荷を生じさせるものといえるのであり、その心理的負荷の強度は「強」ないし「強に近い中」というべきである。
 上記の同年2月下旬から3月上旬にかけての出来事は、本件疾病の発病から6か月以内のものであり、これを独立の出来事として評価する余地もあるが、とりあえず4~5か月働いてみて、無理なら配送業務に戻ってもいいという話で行われた当初の異動と密接に関連するもので、向いていない本件店舗での勤務という不快な境遇ないしそれによるストレスが持続する中で起こったものであることや、本件疾病の発病に至る経過や期間(当初の異動から1度目の配送業務への復帰要望の不実現まで約2か月、それから上記出来事(配送業務復帰の断念と店長になるしかないという達成困難なノルマ賦課)まで約4か月、それから発病まで約2か月)などに照らせば、当初の出来事(本件店舗への異動)と上記の出来事とは、一連の出来事としてその全体を一つの出来事として評価するのが相当であり、その心理的負荷の強度は「強」あるいは「強に近い中」であると評価するのが相当である。
 被告の上記主張は、本件店舗への異動に係る心理的負荷、すなわち当初の異動による心理的負荷も、その後の上記出来事による心理的負荷も無視するものであって、不適切である(認定基準が、関連する出来事が複数ある場合は全体評価を行うこととした趣旨にも沿わない。)といわざるを得ず、採用できない。
(エ)被告は、配置転換(本件店舗への異動)を心理的負荷の評価対象となる出来事として評価したとしても、配置転換後の原告の業務内容はアルバイト従業員と同様のものであったことなどからすれば、その心理的負荷の強度は「弱」にとどまると主張する。
 しかし、前記認定事実のとおり、原告は、店長候補として異動した唯一の正社員で、H(Fのスーパーバイザー)から指導を受けたり、同社の直営店で研修を受けたり、シフト表を作成してみたりもしていたのであり、原告の業務内容がアルバイト従業員と同様のものであったとはいえない。多くの場面で、原告が実際に行っていたあるいは行うことができていた業務は、アルバイト従業員が行っていた業務と同様のものであったことはうかがわれるが、本来原告が行うべき業務あるいは行うことが期待されていた業務は、それだけではないのであり、店長候補(唯一の正社員)として、本件店舗のマネジメントもできるようになることが期待されていたものである。原告とアルバイト従業員とでは、立場・役割が大きく異なるのであり、肉体的負荷には大きな相違はなかったとしても、心理的負荷には大きな相違があったというべきである。したがって、被告の上記主張も採用できない。
ウ Gの言動等について
(ア)前記認定事実によれば、Gは、本件会社のパート従業員であったものの、本件店舗の店長が不在となった後、本件店舗のマネジメントを事実上行っており、原告が本件店舗に異動した後も、原告に飲食店業務の経験がない等の事情もあって、引き続き、本件店舗のマネジメントを事実上行い、本件店舗に関する種々の報告を受けて本件会社との連絡役となっていたもので、原告に対しても種々の指導・注意をしていたものである。本件の当時は、Gは、実質的に原告の上司的立場にあったものといえる。
(イ)前記認定事実によれば、Gは、原告に対し、身だしなみを整えよう、報告をきちんとしよう、使ったものは元に戻そう、片付けようなどといった指導・注意を、しばしば行っていたものであるが、それらは、業務指導の範囲内のものといえる(認定基準別表1の項目30)。
 平成27年11月頃の原告が玉野店から大型ラック等を持ち帰った際のGと原告とのやり取りも、個別の作業における方針ないし考え方の相違があったというに止まる(同項目30)。Gが、激怒したなどという事実を認めるに足りる証拠はない。
 同年11月終わり頃の**が売れ残っていた際のGと原告とのやり取りも、ノルマではない業績目標が示されたというに止まる(同項目8)。Gが、原告に対し、売れ残りの買い取りを要求したなどという事実を認めるに足りる証拠はない。
 平成28年2月下旬、Gは、原告に、勤務中に店を飛び出すのは無責任だと言ったものであるが、これも、業務指導の範囲内のものといえる(同項目30)。Gが、次に逃げ出したら辞表を出しなさいなどと、退職を要求するかのような言動をした事実を認めるに足りる証拠はない。
 これらの各出来事による心理的負荷の強度は、いすれも「弱」というべきである。
(ウ)前記認定事実によれば、平成28年3月中旬頃、原告がアルバイト従業員間でストーカーまがいのトラブルが生じていることを、大したことではないと考えて、Gに報告していなかったために、Gが当該従業員同士を同じシフトに入れてしまう事態が発生し、原告は、Gから、何かあったら責任が取れたのかなどと強く注意され、Hからも重大な報告漏れだと厳重注意されたもの(その後、Hらが対応して、Bに退職してもらったもの)である。そして、後日、原告が、Gに、反省した旨のラインメッセージを送信したところ、Gから、今の考え方の原告に協力していけるか不安であるなどのラインメッセージ(本件ライン①)の送信を受けたものである。
 原告の上記報告漏れは、重大な被害・事故を招きかねないもので相応に大きな仕事上のミスであったといえる(同項目4ないし5)。そのため、原告は、Gらから、強い指導・叱責を受けるなどしたものであり、それらは業務指導の範囲内のものといえる(同項目30)。
 これらの出来事による心理的負荷の強度は「中」というべきである。
(エ)なお、原告は、以上のほかにも、Gに種々の不適切な言動があった旨を主張する。
 しかし、Gが、原告に対して、以上のほかにも種々の業務上の指導・注意をしていたことはうかがわれるものの、パワハラというべき言動をしていたことを認めるに足りる証拠はないし、タイムカードを押さずに雑務をするようにといった不適切な発言や、あなたより仕事ができて優れているなどといった原告を見下すような発言をしたこと、ノンアルコールビールが多く売れ残ったことについて原告に責任転嫁する発言をしたことを認めるに足りる証拠もない。
(オ)以上によれば、Gの原告に対する言動(指導・注意等)は、いずれも業務指導の範囲内あるいは業績目標といえるものであり、ほとんどの出来事は心理的負荷の強度が「弱」にすぎないものであるが、中には「中」の出来事もあったものである。
エ Hの言動等について
(ア)前記認定事実のとおり、Hは、Fのスーパーバイザーとして原告を指導する立場にあり、月に6回程度、本件店舗を訪れて、原告の指導等を行っていたものである。
(イ)原告は、平成27年10月頃から、Hが「X1君が変わって苦手意識を克服しなければならない」「店長になるのに10年かかるぞ」「言いたいことは我慢して謝れ」などと厳しく指導するようになったと主張する。前記認定事実によれば、Hは、原告にいろいろ問題があると感じながらも、早く一人前になってもらいたいと思って指導していたのであり、Hが原告が主張するような発言をしたことがあった可能性もあり得るが、仮にそうだとしても、原告を叱咤激励するためのもので、特に不合理な内容ともいえないのであり、業務指導の範囲内のものといえる(認定基準別表1の項目30)。
 前記認定事実によれば、平成27年12月頃、Hは、原告に、調理の練習をきちんとやり直すよう言ったものであるが、これも業務指導の範囲内のものといえる(同項目30)。
 平成28年4月4日、Hは、原告に、Gに随時連絡をするように、Gに評価してもらえるように、報連相を早く正確になどというラインメッセージ(本件ライン③)を送信したものであるが、これも業務指導の範囲内のものといえる(同項目30)。
 これらの各出来事による心理的負荷の強度は、いすれも「弱」というべきである。
(ウ)前記認定事実によれば、平成28年3月下旬から4月初め頃、原告は、閉店時間の1時間以上前に閉店していたことがあり、そのことについて、Hから、D社長の考え方と大きく違うと強く叱責され、逆らう時は退社を覚悟した時のみなどとのラインメッセージ(本件ライン②)の送信を受けたものである。
 原告が閉店時間の1時間以上前に閉店していたことは、本件店舗を経営する本件会社(D社長)の方針に沿わないものといえ、相応に大きな仕事上のミスであったといえる(同項目4)。そのため、原告は、Hから、強い叱責を受けるなどしたものであり、それらは業務指導の範囲内のものといえる(同項目30)。
 これらの出来事による心理的負荷の強度は「中」というべきである。
(エ)なお、原告は、Hから、オーナー総会への参加を説得された旨を主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
(オ)以上によれば、Hの原告に対する言動(指導・注意等)は、いずれも業務指導の範囲内といえるものであり、ほとんどの出来事は心理的負荷の強度が「弱」にすぎないものであるが、中には「中」の出来事もあったものである。
オ 総合評価
 前記イのとおり、平成27年8月の本件店舗への異動や平成28年3月上旬の配送業務復帰の断念といった出来事は、原告に大きな心理的負荷を生じさせるものであり、その強度は「強」ないし「強に近い中」と評価できるものである。また、前記ウ、エのとおり、GやHからの指導・注意等は、いずれも業務指導の範囲内のもので、その心理的負荷の強度はほとんどは「弱」にすぎないものであるが、同年3月中旬以降、心理的負荷の強度が「中」の出来事も複数生じていたものである。加えて、それらの間を通して、毎月80時間程度の時間外労働があるような長時間労働が続いていたものである。これらの諸点を総合勘案すれば、原告の業務による心理的負荷の強度は、本件店舗への異動後、少なくとも「強に近い中」の状態が続き、遅くとも同年3月中旬から4月頃には「強」に至っていたものというべきである。
 したがって、原告の本件疾病は、認定基準の認定要件②も満たしているといえる。
カ 業務以外の要因の有無
 前記認定事実によれば、平成28年3月に原告に子供が生まれたものであるが、その心理的負荷の強度は「Ⅰ(弱)」にすぎないといえる(認定基準別表2の類型②)。本件証拠上、原告に、本件疾病を発病させるような業務以外の要因があった形跡はない。
 したがって、原告の本件疾病は、認定基準の認定要件③も満たしているといえる。
キ 小括
 上記のとおり、原告の業務による心理的負荷の強度は、少なくとも「強に近い中」の状態が続き、遅くとも平成28年3月中旬から4月頃には「強」に至っていたものである。これは、本件店舗での業務について、原告が、向いていない、うまくできなくて情けないなどと思いながらも、自分なりに頑張っていた中で、同年3月上旬に配送業務復帰を断念し、本件店舗で店長として重い責任を果たせるようになるしかないと覚悟を決めて、いったんは前向きに、責任をもって仕事を行おうとしたものの、その後も強く注意・叱責されたり、うまくできないことやミスが続いたりする中で、情けないなどという思いを募らせ、自信を失って希死念慮等も生じるようになり、本件疾病を発症するに至ったという経緯とも、整合的なものである。他方、業務以外に、本件疾病を発病する要因は見当たらない。
 以上によれば、原告の本件店舗における業務と本件疾病の発病との間には相当因果関係(業務起因性)があると認めるのが相当である。

症状悪化の場合の業務起因性の判断において、裁判所が労基署と異なる基準を採用した事例(福岡地裁令和4年3月18日判決)

本件では、精神疾患発症から4年後に症状が悪化した事案について、悪化後についても業務起因性を肯定することができるか、が争点となりました。

この点、裁判所は以下のとおり述べ、労基署の認定基準と異なる考え方を採用し、結論として悪化後についても業務起因性を認めました。

1 業務起因性の判断枠組みについて
 そもそも,本件悪化時点で,本件発病に係る不安障害などが寛解に至っていたかにつき争いがあるところであるが,既に発病している疾病が悪化した場合の業務起因性の判断枠組みについても争いがあることから,まずは後者の点について検討する。
 専門検討会報告書(乙6)によれば,一般に,既に精神障害を発病して治療が必要な状態にある者は,病的状態に起因した思考から自責的・自罰的になり,些細な心理的負荷に過大に反応するのであり,悪化の原因は必ずしも大きな心理的負荷によるものとは限らないこと,自然経過によって悪化する過程においてたまたま業務による心理的負荷が重なっていたにすぎない場合もあることなど,精神障害の特性を考慮すると,悪化の前に強い心理的負荷となる業務による出来事が認められたことをもって,直ちにそれが精神障害の悪化の原因とまで判断することは医学上困難であるとして,悪化の場合について業務起因性が認められるのは,既に精神障害を発症している労働者本人の要因が業務起因性の判断に影響することが非常に少ない極めて強い心理的負荷があるケース,具体的には評価表上の「特別な出来事」に該当する出来事があり,その後概ね6か月以内に精神障害が自然経過を超えて著しく悪化したと認められる場合であるとされ,認定基準上も,これと同様の要件を要求するものとされている。
 かかる判断基準は,ストレス-脆弱性理論の考え方と整合的であり,行政処分の迅速かつ画一的な処理という認定基準の趣旨からしても一定程度の合理性を有するものといえる。しかし,認定基準に裁判所の判断が拘束されるものではないことは上述のとおりであり,専門検討会報告書上も,精神障害で長期間にわたり通院を継続している者の,症状がなく(寛解状態にあり),または安定していた状態で,通常の勤務を行っていた者の事案については,「発病後の悪化」の問題としてではなく,治ゆ(症状固定)後の新たな発病として判断すべきものが少なくないことや,発病時期の特定が難しい事案について,些細な言動の変化をとらえて発病していたと判断し,それを理由にその後の出来事を発病後のものと捉えることは適当でない場合があることに留意する必要があるとされており,そもそも当該事案が「発病後の悪化」であるかの特定自体に一定程度の困難が伴うことがうかがわれ,かかる事情如何によって判断基準が大きく異なるのは,業務を要因とする労働者の疾病等に対して公正な保護を実現するという労災保険法の趣旨(同法1条)に悖るというべきであるから,裁判所としては,上記の専門検討会報告書の考え方を踏まえた上で,当該労働者の具体的な病状の推移や具体的な出来事の内容等を総合考慮し,相当因果関係の認定を行えば足りるものと解される。
 したがって,一旦業務外の要因によって精神障害を発病したと認められる労働者がその後精神障害を発病ないし悪化した事案の相当因果関係判断についても,後者の発病ないし悪化の時点で前者の発病が寛解に至っていたか否かで形式的に異なった基準を適用するのではなく,発病ないし悪化時点での当該労働者の具体的な病状の推移,個別具体的な出来事の内容等を総合考慮した上で,業務による心理的負荷が,平均的労働者を基準として,社会通念上客観的にみて,精神障害を発病させる程度に強度であるといえ,業務に内在する危険が現実化したと認められる場合には,当該発病ないし悪化についても業務との相当因果関係を認めて差し支えないものと解される。

業務が過重とまでは言えないこと、通勤時間は労働時間に含めないこと等を理由に、発症の業務起因性が否定された事例(東京地裁令和2年7月10日判決)

本件は、店舗にて鮮魚担当として商品加工、アルバイトへの指示等に従事する労働者が、くも膜下出血を発症したことについて、これが労災に当たるか否かが争点となりました。

裁判所は以下のとおり述べ、結論として、労災該当性を否定しました。

(1)業務の過重性について
 まず,認定基準に即して検討すると,発症直前から前日まで,発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したとは認められず(要件①),また,発症に近接した時期に,特に過重な業務(短期間の過重業務)に就労したと認めることはできない(要件②)。そこで,原告が本件疾病発症前の長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労した(要件③)ことによって,明らかな過重負荷を受けたといえるか否かについて検討する。
ア 労働時間について
 労働時間の長短は,業務量の大きさを示す指標であるとともに,疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因であるから,業務の過重性の評価に当たっては,まず労働時間について検討する。
(ア)原告の本件疾病発症前1か月間ないし6か月間における時間外労働時間数(前記2(5))は,別紙4「労働時間集計表」の「1日の労働時間数」記載のとおりであり,1か月当たりの平均時間数は,発症前1か月で60時間27分,発症前2か月平均で66時間39分,3か月平均で70時間50分,4か月平均で69時間59分,5か月平均で71時間50分,6か月平均で70時間34分である。運用上の留意点によれば,一般に業務の過重性が発症との関連性が強いと評価することができるとされているのは,発症前1か月間におおむね100時間,又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働であるが,それには達していない。
(イ)労働時間に関し,原告は,往復約2時間以上をかけて自動車で通勤していたところ,業務の過重性を評価する上での労働時間は,賃金支払の対象となる労働時間よりも広く解すべきであり,往復の通勤に要する時間を労働時間に含めるべきである旨主張する。
 しかしながら,労災補償制度は,使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を填補するいわゆる危険責任の法理に基づく制度であり,このような労災補償制度の趣旨に照らせば,業務の過重性を評価する上での労働時間については,使用者の指揮命令下に置かれていた時間をいうと解することが相当である。前記認定(前記2(7))のとおり,原告は,自宅から自動車を運転し,片道約1時間をかけて通勤していたところ,本件会社から通勤方法や経路について指示を受けていたとは認められず,また,通勤中にコンビニエンスストアに立ち寄るなどしていたことが認められる。これらの事情に照らせば,原告の通勤時間について本件会社の指揮命令下に置かれていたということはできず,通勤時間を労働時間に含めて算定することは相当ではない。したがって,原告の主張は失当であり採用することができない。
イ 通勤による精神的負荷について
 また,原告は,通勤のために相当な精神的緊張を強いられていたことからすれば,仮に通勤時間が労働時間に含まれないとしても,業務の過重性を判断する上での重要な独立した判断要素とすべきである旨主張する。しかしながら,前記認定(前記2(7))に係る原告の通勤経路やその状態等に照らせば,通勤における精神的緊張の程度が特に大きなものということはできず,通勤による精神的緊張を特段に大きな独立の業務の過重要因として評価することはできない。原告の主張は失当であり採用することができない。
ウ 作業環境について
(ア)原告は,鮮魚作業場は,冬季であっても暖房を使用しておらず,一般的な事務作業場に比べて身体や血管に負担がかかりやすい環境にあり,また,原告は冷蔵庫及び冷凍庫内での作業を行っていたが,冷蔵庫及び冷凍庫内での作業は,短時間であっても血管の収縮,血圧の上昇が繰り返され,血管が脆弱化してくも膜下出血の発症につながる旨主張する。
(イ)しかしながら,鮮魚作業場は本件店舗の屋内にある(乙1〔407,415頁〕)ところ,同作業場の室温は,他の店舗内の場所に比べて低温になることがあるとしても,著しく寒冷な環境であって,特段に脳・心臓疾患を増悪させるとまでは考えにくい。
 また,専門検討会報告書には,「温度環境の過重性については,①寒冷のため手足の痛みや極度に激しい震えが生じる程度の作業であったか,②作業強度や気温に応じた適切な保温力を有する防寒衣類を着用していたか,③一連続作業時間中に,暖を採れる状況であったか,④暑熱と寒冷との交互のばく露の繰り返しや激しい温度差がある場所への出入りの頻度はどうであったか等の観点から検討し,評価することが妥当と考える」との記載があり(乙2〔100頁〕),前記第2の1(2)において説示した同報告書の作成経緯に照らせば,その記載内容は十分に信用することができるところ,前記認定事実(前記2(6))によれば,原告が冷蔵庫(0度ないし4度)又は冷凍庫(零下18度以下)に商品を出し入れする回数は1回当たり数秒ないし10秒程度であり,冷蔵庫又は冷凍庫内に身体全部を入れないで行う場合もあったのであるから,これら原告が従事していた環境は,寒冷のため手足の痛みや極度に激しい震えを生じさせる程度のものであるとまではいえない。また,商品の出し入れに要する時間が1回当たり数秒ないし10秒程度であり,その回数も冷蔵庫に入る回数が約20回,冷凍庫に入る回数が約10回程度であることや上記冷蔵庫及び冷凍庫の各温度を踏まえると,上記原告が業務に従事していた環境は,防寒衣類を着用する必要があるものであるとか,一連続作業中に暖を採る必要があるようなものということはできない。以上のとおり,原告の鮮魚作業場での業務環境は,著しく寒冷な環境であって,温度環境の過重性の観点からして脳・心臓疾患を増悪させるようなものということはできない。
 したがって,原告の主張は失当であり採用することができない。
エ 業務内容について
 原告は,本件店舗において午後6時から午後8時までスーパーマーケット店員として通常の業務に従事していたところ,当該業務は通常の身体的,精神的負担がかかるものである旨主張する。
 しかしながら,前記認定事実(前記2(4))によれば,原告が午後6時以降に従事していた作業に要する時間は短く,業務内容も比較的軽微な作業にすぎない。また,原告の業務全般を通じてみても,原告は,本件店舗において,1日当たり約20回の喫煙をしており,1日当たり約1時間(約3分×20回)は喫煙のために作業に従事していない時間があった(乙1〔110,116,127,130,138,139,156頁〕)。他方,原告の業務内容や業務量につき上記認定を左右する事情を認めるに足りる証拠はない。そうすると,原告が従事していた午後6時以降の業務の身体及び精神にかかる負荷の程度は,通常業務の負荷よりは軽いものであったということができる。原告の主張は採用することができない。
オ 小括
 以上のとおり,原告の本件疾病発症前1か月間ないし6か月間の時間外労働時間数を見ると,通勤時間は労働時間として評価することはできず,原告の本件疾病発症前1か月間の時間外労働時間数は60時間27分であり,本件疾病発症前2か月間ないし6か月間における1か月間当たりの平均時間外労働時間数は,発症前5か月間平均の71時間50分が最長であって,一般に業務の過重性が発症との関連性が強いと評価することができるとされているところの(運用上の留意点),発症前1か月間におおむね100時間,または発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働には達していない。そうすると,時間外労働の時間数自体から直ちに,本件疾病の発症と業務との関連性が強いと評価することはできない。また,原告が主張する作業環境や通勤について見ても,前記イ及びウのとおり,それらを特段に大きな業務負荷を基礎付けるものであるとまでは認められない。しかも,原告の業務のうち午後6時以降の業務の負荷の程度は通常のものよりも軽いか,少なくともそれよりも重いものということはできず,加えて原告は1週当たり2日の休日を与えられており休日が十分に確保されていたことからすれば,原告が従事していた業務と本件疾病発症との関連性が強いと評価することはできない。
 そうすると,原告については,その従事する業務の負荷に着目する長期間の過重業務に係る認定要件に照らしてみた場合,本件疾病発症前の長期間にわたって著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務(長期間の過重業務)に就労したことによって明らかな過重負荷を受けたとまでいうことはできず,その要件を充足していないといわざるを得ない。

脳幹部出血発症について、発症の公務起因性が肯定された事例(福岡高裁令和2年9月25日判決)

本件は、小学校教諭として就労していた公務員が脳幹部出血を発症したことにつき、業務起因性(公務起因性)が争点となった事案です。一審判決は、公務起因性を否定しましたが、本判決は以下のとおり述べ、公務起因性を認めました。ポイントは、自宅での業務の負荷をどの程度のものと評価するか(自宅なので負荷の程度は低い、と見るか否か)という点だと思います。

(2) 前記のとおり補正の上引用した前提事実,認定事実,校内労働時間に関する認定及び判断(原判決「事実及び理由」第3の2(2))並びに自宅作業時間に関する認定及び判断(同第3の2(3))によれば,以下の事情が認められる。
ア 控訴人は,平成23年度の2学期において,本件小学校のクラス担任は担当していなかったものの,算数TT教員として授業を受け持ち,水曜日の5校時に「あいあいたいむ」のない週以外は原則として1校時から5校時までの全ての時間に授業を担当していた。また,控訴人は,研究主任として毎週水曜日に実施される校内研修の企画,立案,資料の作成,研究発表会に向けての提案や資料作成をするとともに,本件小学校がモデル校及び推進校に指定されたことにより必要となった研究紀要の作成の業務,関連する取組としての「チャレンジよみもの」のプリントの作成及び返却されたプリントへのコメント記入,思考力プリントの作成,計算大会の問題の作成等の業務を行っていた。さらに,控訴人は,部活動の指導を担当し,休日に試合の引率を担当することもあった。
 上記各業務の内容は,認定事実(3)から(7)まで(前記補正後のもの)に記載のとおりであり,その内容を検討すると,個々の業務自体が過重であるとまではいえないものの,控訴人は,これらの業務を同時期に並行して処理していたのであるから,控訴人の業務上の負荷については,控訴人の業務を全体として評価する必要がある。
イ 本件発症前1か月間における控訴人の週40時間(1日当たり平均8時間)を超える校内時間外労働時間は51時間06分,自宅での時間外労働時間は41時間55分であり,時間外労働時間の合計は93時間01分にのぼる。この時間は,認定基準において「通常の日常の職務に比較して特に過重な職務に従事したこと」に該当する場合の一つとして挙げられている,発症前1か月における月100時間(週当たり平均25時間)の時間外労働には達していないものの,これに近い時間数であるということができる。
 また,控訴人の本件発症前2週間の時間外労働時間は,本件発症前1週目につき28時間38分(別紙12の1枚目⑥欄及び別紙13の1枚目⑮欄の合計),本件発症前2週目につき33時間34分(別紙12の1枚目⑦欄及び別紙13の1枚目⑭欄の合計)であって,いずれも週当たり25時間を超えている。
 さらに,控訴人の本件発症前2か月目の時間外労働時間は40時間09分(校内時間外労働時間31時間45分,自宅での時間外労働時間8時間24分)であり,本件発症前3か月目から6か月目までの校内時間外労働時間は別紙14のとおりである。上記期間において,認定基準で「通常の日常の職務に比較して特に過重な職務に従事したこと」に該当する場合の一つとして挙げられている,発症前1か月を超える月平均80時間(週当たり20時間)の時間外労働をしたと認められる期間はないものの,本件発症前6か月目の校内時間外労働時間がほぼ80時間となるなど,長期間にわたって恒常的に長時間の時間外労働をしていたということができる。
ウ 前記のとおり,控訴人の時間外労働時間には,自宅での作業時間が含まれているところ,自宅での作業は,職場における労働に比して緊張の程度が低いということができる。しかし,前記認定の控訴人の業務内容に加え,別紙12及び13のとおり認められる時間外労働の状況からすれば,控訴人は,本件発症前1か月間において,通常の出勤日は午後7時ころまで本件小学校で時間外労働をした上で,仕事を持ち帰り,自宅で公務に該当する業務を行っていたと認められ,これらの事情によれば,控訴人は,職場で時間外労働をした後,そこで終了させることのできなかった文書やプリント類の作成の業務を自宅で行うことを余儀なくされていたものと認められる。また,その自宅作業の時間及び時刻からすれば,控訴人は,自宅作業を行うことを余儀なくされた結果,睡眠時間が減ったものと認められる。
 本件発症の前日である12月13日においても,控訴人は,本件小学校から帰宅後,午後8時44分から午後11時37分まで自宅で業務を行っていたことが認められ,12月14日は午前7時40分に本件小学校に出勤している(甲1・53頁)から,本件発症の前日の夜から朝にかけての睡眠時間も短いものであったと認められる。
エ 前記のとおり,控訴人は,本件小学校での授業のない土曜日や日曜日に,部活動の試合の引率を担当することもあり,本件発症前1か月間では3回(11月20日,同月26日,12月10日)行っていた。この部活動の試合の引率は,本来休日である土曜日又は日曜日に,午前の早い時間に自宅を出て対応することを余儀なくされていたものであって,睡眠時間及び休日の休息の時間を減少させ,控訴人の疲労の回復を遅らせる要因となったものということができる。
オ 長時間労働の継続による睡眠不足と疲労の蓄積が脳血管疾患の発症の基礎となる血管病変等を増悪させ得る因子となることは医学的経験則となっているところ(乙30),上記アからエまでの事情を総合考慮すれば,控訴人の本件発症前における業務は,その身体的及び精神的負荷により,脳血管疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて増悪させ得ることが客観的に認められる負荷であったということができる。
(3)ア 控訴人については,高血圧症を有していたことが認められ(認定事実(9)[前記補正後のもの]),高血圧症は脳出血の危険因子であると認められる(乙47,48)。
 しかし,控訴人は,高血圧症につき,平成20年5月に病院で診察を受けたが,経過観察として薬の処方はされず,平成22年2月に受けた人間ドックでも,軽症高血圧と指摘されたものの,治療や精密検査の指示は受けていない(甲1・203頁)。その後,本件発症に至るまで,控訴人が健康診断等において高血圧症の治療や精密検査の受診を指示されたことがあるとは認められない。
 また,控訴人について,他に脳幹部出血の要因となり得る既往症があったとは認められない。
 そうすると,本件発症の時点で,控訴人の基礎疾患により,血管病変等が自然経過の中で本件発症を生じさせる寸前の状態にまで増悪していたとは認められない。
イ 被控訴人は,控訴人の本件発症の原因は,身体的な素因としての高血圧症に加え,長男及び二男の入院や自宅療養に伴い,生活リズム及び睡眠リズムが大きく乱れたことによる可能性が高いと主張する。
 しかし,控訴人は,長男及び二男がマイコプラズマ肺炎にり患した際,休暇を取得して対応している(認定事実(8)ウ[前記補正後のもの])。また,控訴人の長男が入院した際に,控訴人とその妻が病院で夜間の付添いをすることがあり,その時には病院の簡易ベッドで寝たものであるが(認定事実(8)ウ[前記補正後のもの]),このような付添いをしたのは控訴人よりも妻の方が多かったのであり(証人D23,24頁),控訴人が頻繁に病院の簡易ベッドで寝たとは認められない。これらの事情を考慮すれば,長男及び二男の入院や自宅療養に対応したことによって,控訴人に身体的な負荷がかかったことは否定できないが,これにより控訴人の血管病変等が本件発症を生じさせるような状態にまで増悪していたとは認められない。
ウ 被控訴人は,控訴人が,深夜や早朝に自宅作業を行う必要がなかったにもかかわらず,あえて自らこのような作業を行い,睡眠時間を削っていたと主張する。
 しかし,前記(2)ウのとおり,控訴人は,職場での時間外労働において終了させることのできなかった文書やプリント類の作成の業務を自宅で行うことを余儀なくされていたものと認められ,必要がないのに夜遅くまで起き,又は早朝に起床していたものとは認められない。
エ 以上のとおり,被控訴人の主張はいずれも採用することができない。
(4) 前記(2)のとおり,控訴人の本件発症前における業務は,その身体的及び精神的負荷により,脳血管疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて増悪させ得ることが客観的に認められる負荷であったと認められ,かつ,前記(3)のとおり,本件発症の時点で,控訴人の基礎疾患により,血管病変等が自然経過の中で本件発症を生じさせる寸前の状態にまで増悪していたとは認められないことからすれば,控訴人の本件発症前の過重な業務による身体的及び精神的負荷が控訴人の血管病変等をその自然経過を超えて増悪させ,本件発症に至ったと認められる。
 したがって,本件発症は,公務に内在する危険が現実化したものと評価することができ,本件発症と公務との間に相当因果関係を認めることができる。

公務災害に関する事案において,自宅での作業時間が公務従事時間とされたものの,公務上の災害とは認められなかった事例(熊本地裁令和2年1月27日判決)

本件は,小学校教諭として就労していた公務員が脳幹部出血を発症した事案について,その公務災害性が争点となった事案です。

結論として,裁判所は公務災害性を認めませんでしたが,ここでは,自宅での作業時間が公務従事時間と認められた部分を取り上げたいと思います。

原告は,自宅で作業したPCのログから認められるPCの起動時間をもって,公務従事時間を算定する旨の主張をしていました。この点,裁判所は,以下のとおり述べ,自宅でのPC起動時間のうち一定時間を公務従事時間と認めました。文書ファイルの作成,更新時間を目安としている点で,参考になるものと思われます。

(3)自宅作業時間
ア 本件において,原告の自宅作業時間を明確に示す証拠は見当たらないところ,原告は,PC1又はPC2のログ情報から認められるパソコンの作動時間をもって,原告の自宅作業時間を計算すべき旨主張する。
(ア)しかし,パソコンのログの記録は,あくまでパソコンが起動していることを意味するものにとどまり,直ちにパソコンの操作の存在を示すものではない(甲2・542頁)。そうすると,仮にPC1又はPC2のログ情報から,原告が自宅においてパソコンを起動又は終了等したことが認められるとしても,原告が,当該パソコン起動時間中に休憩を取ったり,公務と関係のない作業等を行っていた可能性を否定できないから(むしろ,原告の当時の職務内容・状況からすれば,原告が行っていた作業の多くはパソコンを利用した文書等の作成であったといえ,パソコン利用時間中に文書ファイル等の新規作成や更新がない場合には,原告が公務と関連性のない作業をしていた可能性が高いともいえる。),PC1又はPC2のログ情報のみをもって,原告の自宅作業時間を推認することはできない。
(イ)この点,原告は,パソコンを操作していない場合にはスリープモードとなるから,スリープモードになっていない場合には原告が何らかの作業を行っていたことが認められる旨主張する。
 しかし,スリープモードは基本的には,一定時間パソコンが操作されない場合に自動的に生じるか,ユーザーの操作(ノートパソコンでは画面カバー部分を閉じることを含む。)によって生じると考えられるところ,一般的なパソコンにおいては,自動的にスリープモードになるまでの時間は,ユーザーが一定の範囲において自由に設定できると考えられる(一般的には数分から数時間程度までの時間が設定可能と考えられる。)。
 そして,証拠(甲6)によれば,原告が使用していたPC1は,校内労働時間中においても,ほとんどスリープ状態となっていないことが認められるが,原告は算数TT教員としてほとんどの時間に授業が入っていたため(認定事実(3)ア(ウ)),勤務時間中にパソコンを一定時間以上操作しない時間帯があったと認められる。そうすると,少なくともPC1については,スリープモードに入るまでの時間がかなり長く設定されていた可能性が高く,PC2についても,本件発症前1か月間についてはPC1と同じく主に原告が使用していたことに照らせば,PC1と同様にスリープモードになるまでの時間がかなり長く設定されていた可能性を否定できない。
 そうすると,PC1又はPC2がスリープモードになっていないことをもって,原告がこれらのパソコンの起動中に何らかの公務に従事していたと認めることはできない。
(ウ)したがって,PC1又はPC2のログ情報から,直ちに原告の労働時間を認定することはできない。
イ 次に,原告は,PC1及びPC2のプロパティ情報を根拠に,原告が自宅において公務に係るファイル等を作成しているとして,原告が自宅において過重な公務に従事していたと主張する。
(ア)そこで検討するに,証拠(乙21)から認められるプロパティ上のファイルの作成・更新時刻は,ファイルを新規作成した時刻又はパソコン上で開いた時刻から名前を付けて保存又は上書き保存する時刻までの時間を意味するにとどまり,実際に作業していた時間を直接的に意味しないから,PC1及びPC2のプロパティ情報のみを根拠として,原告の自宅作業時間を算定することは相当ではない。
(イ)一方,証拠(甲21)から認められる文書ファイル(一太郎〈ワープロソフト〉ファイルやエクセル〈表計算ソフト〉ファイルによるもの)の作成又は更新は,基本的にはユーザー(原告)の操作によって生じるものと考えられる。そして,前記ア(ア)のとおり,原告が自宅で行っていた作業の多くは,原告の当時の職務内容・状況等からすれば,パソコンを利用した文書等の作成であったといえる。
 この点,原告は,自宅においてパソコン操作を要しない採点等を行っていた旨主張するが,これを認めるに足りる客観的証拠はない。むしろ,例えば,ゆうチャレンジの採点に関しては,証拠(甲1・92頁,乙3,32)によれば,12月6日及び同月7日に校内において採点が行われたとされていることなどからすれば,採点を自宅で行ったとは考えにくい。
 したがって,パソコン起動時間のうち,複数の文書ファイルの作成又は更新が連続的に行われている時間については,原告がPC1又はPC2を使用して,当該文書ファイルの作成などの作業をしていた可能性が高いというべきである。
 そして,本件発症前1か月間に原告が作成した文書の内容(なお,原告は,作成に一定の時間を要すると考えられる文書については,1つの文書を作成するに当たって,複数回の更新作業を行っている場合があることが認められる。)等からすれば,パソコンの起動から1時間以上にわたって,何らのファイルも作成されていない場合について,原告がパソコンを起動してすぐに何らかの公務を開始したとは認め難い。また,パソコンの起動から1時間以上経過した後にファイルの更新が行われていた場合についても,原告がパソコンの起動後すぐに公務を開始していない可能性が高いというべきである。これらを踏まえると,証拠から認められるプロパティ情報に基づき,原告の自宅作業時間,すなわち公務に従事した時間については,次のとおり考えることができる。
 まず,文書ファイルが校内労働時間外に作成又は更新されている場合には,原告が自宅で作成作業を行ったものと考える。そして,①公務開始時刻については,Ⅰ.パソコンの起動又はスリープモードの終了時刻と当該ファイルの作成又は更新時刻との差が1時間未満である場合には,パソコンの起動又はスリープモードの終了時点を公務開始時刻とし,Ⅱ.これらの差が1時間以上である場合には,当該ファイルの作成時刻又は更新時刻の1時間前を公務開始時刻と考え,②公務終了時刻については,一定程度連続して更新等が行われている最後のファイルの更新又は作成時点を公務終了時刻とする。
 このように考えると,別紙13のとおり,原告の自宅作業時間は合計39時間55分となる。

うつ病の発症について,業務起因性を否定した労基署の判断が是認された事例(東京地裁令和元年10月30日判決)

本件は,自死に至った労働者Aの配偶者が,「Aの自死は,勤務先での業務によってうつ病を発症したことが理由である」と主張し,三田労働基準監督署に労災申請(労災保険法に基づく遺族補償給付)をしたところ,労基署が労災認定を否定(不支給決定)したことから,労基署の当該不支給決定の取り消しを求めた事案です。

本件では,原告側は,亡Aが勤務先でメセナ(芸術文化支援活動)担当課長の任にあり,当該業務でのトラブルが疾病の原因である旨の主張をしていました。

裁判所は,業務起因性の判断枠組みとしては,基本的に労災と同様の認定基準に依拠することを前提に,要旨,以下のとおり述べ,原告の請求を棄却しました。

本件疾病発病前おおむね6か月の間である平成20年7月中旬から平成21年1月中旬までの間,従前のメセナ活動支援を今後とも継続していきたいと考える亡A1とその費用対効果等を重視してこれを選別・修正等しようとするD1との間で,今後のメセナ活動に関する考え方に対立が生じていたといえる。これは「上司とのトラブルがあった」(別表1「具体的出来事」の項目30)に該当するといえるものの,その心理的負荷の程度は,その対立が大きなものでありその後の業務に大きな影響を及ぼしたとみるべき事実関係を認めるに足りる証拠はなく,「業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような対立が上司との間に生じた。」とみることができるにすぎないから,「中」に止まるものといわざるを得ない。
 また,仮に本件疾病発病を原告主張の平成21年5月下旬として,その前おおむね6か月の間である平成20年11月下旬から平成21年5月下旬までの間の出来事を考慮したとして,同年1月にメセナ活動の大幅縮小が決定され,同年4月には亡A1の担当業務が変更され,亡A1が障害者用トイレ地図掲載プロジェクトを放置し,D1に気づかれないように被支援者側と連絡をとるなどしてメセナ活動をしていた事情が加わるとしても,これらは亡A1とD1との間で「大きな対立」に至ったとみるべき事情ともいえないし,ほかに「業務に大きな支障を来した」とみるべき事情の存在も認められない。

本件疾病の発病時期が平成21年1月中旬であっても同年5月下旬であっても,本件疾病の発病前おおむね6か月の間における業務による強い心理的負荷(認定要件②)は認められない。また,認定基準を離れて,本件全証拠により認められる事実を総合的に考慮しても,本件疾病の発病と業務との間に相当因果関係が存することを示す事情を認めることはできないから,本件疾病の発病につき業務起因性は認められないこととなる。
 したがって,本件疾病の発病は,労災保険法7条1項1号及び労基法75条所定の業務上の疾病(労基則別表第1の2第9号所定の疾病)に該当しないから,本件処分は適法である。

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